第110話 俺は常識的な人間(猫)にゃ
俺はチビ猫の、死んだ冒険者の遺体に敬意を払わない態度に怒りを抑えきれず、気がついたら爪を振り上げていた。だが……
…その爪が振り下ろされる事はなかった。
俺が手を振り上げた瞬間、猫が俺を睨んだ。その眼光に俺の体は硬直し、動けなくなってしまったのだ。
この鋭い眼光…この威圧感は一体なんだ…?! 体はチビなのに……まるでドラゴンを前にしたかのようなプレッシャーだった。
『おい、何をしている?!』
その時、後ろから振り上げた俺の手首を掴む奴が居た。ギルマスのスティングだった。
+ + + +
■カイト
酒場で飲んでいたモルメルに呼ばれた。どうやらモルメルは降格され主任でなくなったらしい。俺のせいだって言うが、自業自得だろ。ちゃんと対応していれば問題は何も起きなかったはずだからな。
そうしたら、同じく酒場に居た熊人が俺に絡んできた。ちょっと煽ったら爪を振り上げてきたので睨みつけてやった。もちろんただ睨んだだけじゃない。【ドラゴンの威圧】を込めた……まぁ九割引きバージョンだが。それでも効果は十分だったようで、熊は硬直し、その後一~二歩後退った。
と思ったらギルマスのスティングに手首を掴まれ止められていた。後ろに下がったのはギルマスに引っ張られたからか?
熊「止めるなギルマス! コイツ、モブ達の死体を森に捨ててくるとか言いやがったんだ」
スティング「なんだと? おいカイト! 【決闘】は仕方がなかったとしても、死んだ冒険者は愚弄せず敬意を持って扱え!」
「冗談にゃよ」
(本当は本気だったのは内緒だ。確かに、死体を捨てるってのは乱暴過ぎる話だったか。どうも、
スティング「冗談にしても悪質だぞ」
「悪かったにゃ。そこの熊男が死体を引き取るなら渡すにゃ。その気がないにゃら家族の居場所を教えてくれれば届けてやるにゃ」
熊「……モブ達に家族は居ねぇ。俺が引き取る」
「そうにゃ? じゃぁ…ってここに出すわけにもいかんにゃ、どうする?」
スティング「訓練場の隅に出して……寝かせてやれ。遺体をいれる袋を用意してやる」
なんでも、遺体を入れる専用のマジックバッグがギルドにはあるのだそうだ。遺体を袋に入れて運ぶというのもどうなんだ? とも思わなくもないが、命を落とす事もある冒険者稼業、いちいち棺を用意すると大変だし、霊安室をギルド内に設けるのも縁起が悪い。とは言え、活動中に冒険者が死んだ場合、遺体はできるだけ回収してやりたいという事で、専用のマジックバッグが用意されるようになったらしい。
帝都の冒険者ギルドの場合は帝国が補助金を出してくれるお陰で、時間停止とまでは行かないが、時間遅延のマジックバッグが用意されているそうだ。だが、貧しい冒険者ギルドの場合は通常通り時間が進むものしか用意できないため、持ち帰ったはいいが出すのが躊躇われる状態になっている事も多いらしい。
俺は言われた通り、訓練場に行って隅にモブ三兄弟の死体を並べてやった。(ただし血は出さないようにした。血はそれこそ、どこかで捨てるしかないだろうな…。どこかに吸血鬼でも居たらやるんだが…。)
後はギルドマスターと熊男に任せる事にして、俺は酒場に戻り、食事を再開したのだが…
モルメル「アンタ…、死体を見た後でよくまた食事が続けられるわねぇ…」
「なんでにゃ? みんな魔物や動物の死体を食べてるにゃ? 人間だって魔物からすればただの食料だし。気にする事もないにゃろ」
モルメル「図太い神経だね…。いや、人間じゃないから、かねぇ?」
「そうかもにゃ。人間を見て同族意識はあまり湧かないからにゃ。まぁ…人間の街に居る間は、あまり簡単に人間を殺さないように気をつけないといけないかにゃぁ」
モルメルがそれを聞いて絶句していた。
モルメル「アンタ……今まで何人くらい、人間を殺したのさ?」
「さぁ、数えてないから分からんにゃ」
モルメル「殺人鬼? いや、殺人猫か? 夜中に通り魔殺人とかしてたりして」
「なんでにゃ。別に人を殺して楽しむ趣味なんてないにゃ」
その時、急にモルメルが真顔になって言った。
モルメル「もしかして……戦争?」
「戦争ではないにゃ。獣人を差別する騎士団に襲われたから反撃しただけにゃよ」
モルメル「獣人差別と言えばマニブール王国……今は帝国内マニブール地方だけど。この間マニブール王国の国王が死んで、帝国軍が侵攻して併合したけど、もしかしてあんた、その件と関わってる、とか…!?」
「まあ…直接は関わってにゃいが、微妙に関わっていると言えなくもにゃいかも?」
(別に国王を殺したのが俺だって事は言わなくてもいいよにゃ。)
モルメル「……なるほどね。賢者様がマニブール王国からスカウトしてきた人材ってわけか、道理で…。しかもアンタ、人を殺すのは慣れてるってわけね……つまり、Dランクの昇級試験の条件も余裕でクリアしているってわけだ。ってその前に、モブ達を殺してるんだから言うまでもないか」
「そう言えば、Dランクの合格条件には、人間を殺せる事ってガイドブックに書いてあったにゃ」
モルメル「新人冒険者は、魔物は殺せても、人間を殺した事がない、殺せないっていう子も意外と多いからね」
「Dランクの試験では、冒険者同士で殺しあいでもさせるにゃ?」
モルメル「そんなわけないでしょ! 盗賊狩りとかに参加させるんだよ。どうしても盗賊も居ないって時は、死刑囚を処刑させたりなんて事も昔はあったって聞いたけど」
「俺からすれば魔物も人間も大差ないけどにゃ。魔物や動物は平気で殺して食ってるのに、人間が殺せないってのもおかしな話にゃ」
モルメル「同族を殺すとなると話が違うのさ…」
「俺は、俺以外の同族にあった事がないから分からんにゃ」
モルメル「獣人は同族じゃないの? ってそうか、アンタは獣人族じゃないんだっけ。それでも、人間よりは獣人族のほうにやっぱり親近感を感じるんだろう?」
「獣人族に対して親近感は特にないにゃ。妖精族にはあった事がないから分からんにゃ」
モルメル「へぇ、そんなもんかねぇ…」
「食ったからもう帰るにゃ。てかもうここでは食事はしないにゃ。不味かったにゃ」
モルメル「アンタ、大声でそんな事……あっちでマスターが睨んでるよ」
「……すまんにゃ。また常識外れな事をしてしまったかにゃ…」
おかしいな、俺は、昔、前世ではかなり常識的な人間だったはずなんだが…? こちらの世界に来て、そうとう種族特性に引っ張られているのかもしれないにゃ。気をつけよう……。
+ + + +
翌日は、朝から冒険者ギルドにやってきた。すると、今日中に昇級試験を受けさせてくれると言う。
早く来た甲斐があった。
と思ったら……
試験官が昨日の熊男だった。
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