第107話 扱いにくい奴

「Sランクの冒険者証をくれにゃ」


スティング「悪いが、いきなりSランクなど認められんよ。Sランクというのはいちギルドマスターが認定できるものじゃないんだ」


「メイヴィスの推薦なのに駄目にゃ?」


スティング「たとえ皇帝陛下の命令でも駄目だ。そもそも冒険者ギルドは国から独立した国際的組織なんだ。もちろん犯罪防止という点についてはその国の法律を守る必要があるが、それ以外は国の権力者であっても強制はできない。だからこそ、国を跨いで移動することも可能になるのだ」


「…やっぱり無理か。まぁ俺もそう思ってたけどにゃ」


スティング「分かってて無茶を言ったのか」


「メイヴィスが要求するだけはしてみろって言ったにゃよ。ただ、スティングは堅物だからきっと認めないだろうけど、とは言ってたけどにゃ」


スティング「賢者様が……? ……ったく、師匠にも困ったものだ」


「師匠? ギルマスはメイヴィスの弟子だったにゃ?」


スティング「ああ。俺がまだ駆け出しの冒険者だった頃、俺は魔法がからきしでな。そんな時、師匠と知り合ってな、指導を受けたんだ。結局魔法は大して使えるようにはならなかったが、身体強化の魔法の才能を見出され、鍛えてもらってな。お陰で俺はAランクまで上り詰めることができたんだよ」


「そうなんにゃ。まぁメイヴィスも、多分交渉術的な意味で言ってたと思うけどにゃ。堅物のスティングでも、Sで推しておけばCくらいにはしてもらえるかも? と言ってたにゃ」


スティング「それを聞いてしまったらCも認定するわけにはいかんなぁ」


「しまったにゃ」


スティング「ふーむ……お前、分かっててわざと言ったな? 推薦など不要と言うわけか」


「いや? くれるならありがたく貰っておくにゃよ? まぁ人間の世界の交渉とか駆け引きとかはもう・・面倒だから積極的にしたいとは思わんにゃ」


スティング「たしかに“交渉術”とはあの人らしい表現だな…。


…だがしかし、わざわざ賢者庁の大臣の肩書を使って推薦状を書いて持たせたというのは、何か裏の理由がありそうだな。何故そんなに昇格を急ぐ?」 


「まぁメイヴィスにも色々思惑はあるみたいだけどにゃ。ただ、俺がAランク以上の冒険者証が欲しいのは、外国に渡って自由に取引をするためにゃ。実は、スパイスを取りに行く依頼をメイヴィスから受けたにゃ」


スティング「なるほどな、現在帝国と交流のない国へ行ってスパイをするために、冒険者の身分と通行手形が欲しいというわけか…。高ランクの冒険者証をそういう事に利用されるのは困るんだがな…」


「スパイじゃにゃ、スパイスにゃ。カレーを作るにゃ。カレーは俺のソウルフードにゃ」


スティング「スパイじゃなくてスパイス、ね……。カレーのために大臣が推薦状を出すとは思えないが。まぁその辺は国家機密だろうから、そういう事にしておこうか…」


「本当にゃよ。賢者庁から俺宛に指名依頼を出しとくって言ってたにゃよ? 来てないにゃ?」


スティングは机に詰んであった書類の束を取ってパラパラと捲った。


スティング「いや、それらしいものはまだ来ていないな。まぁランクアップに時間が掛かるだろから、少し待ってから出すつもりなのかも知れんが……ああなるほど。“賢者様”も本気で(いきなり高ランク認定を)要求してないんだな…」


「?」


スティング「本気ならギルド本部に圧力を掛けてトップダウンで指示を出させるはずだ。師匠ならそれくらいの根回しはできるはず。それをしていないと言うことは、お前なら実力で高ランクを獲得する力があると考えているのだろう」


「そういえば、ランクアップ最速記録に挑戦してみろとか言ってたにゃ」


スティング「最速記録は、若き日の皇帝陛下と賢者様が作った二ヶ月でAランク、半年でSランクというものだが、お前にはそれを超えられる力があると賢者様は認めているということか」


「記録とかどうでもいいけどにゃ。ただ、Bランクの冒険者と模擬戦して勝ってるにゃ。それも野試合じゃなく、正式な冒険者登録の資格認定試験としてにゃ。それに圧勝してるんだから、それなりの評価があってしかるべきにゃろ? 最低でもCくらいは認めてくれてもいいのでは?」


スティング「悪いがルールでな。たとえ戦闘力が高くともFランクからスタートしてもらう事になっているんだよ。冒険者のランクは戦闘力だけでは決められんからな。ルールを破れば俺が本部から叱られてしまう。ただ、まぁそうだな、ランクアップ試験については職員に協力するよう伝えておくよ」


「……それって、普通の冒険者と大して扱いは変わらん気がするけどにゃ」


スティング「うん、まぁ、気持ちの問題? 他の冒険者との兼ね合いもあるから、あまりアカラサマな依怙贔屓もできんのだよ」


「まぁいいにゃ。話が終わりなら、早速試験を受けるにゃ」


スティング「まぁ待て。お前にはもう一つ、言っておかなければならない重要な話がある」


「なんにゃ?」


スティング「お前……」


「?」


スティング「初日から……随分暴れてくれたようじゃないか?」


「何の話にゃ?」


スティング「昨日の決闘の事だよ……! 三人も有望な冒険者を殺してくれたそうじゃないか?! まったく、よくもやってくれたもんだ……」


「【決闘】なら殺しても問題ないって聞いたにゃ?」


スティング「そういう事言ってるんじゃない。そう簡単に所属冒険者を殺されては困るんだよ。あの三人は確かに素行はあまり良くはなかったが、それでもギルドではそれなりに稼いでる連中だったんだ。冒険者が減れば、ギルドの売上も落ちるんだぞ? どうしてくれるんだ?」


「法律上は問題ないんにゃろ?」


スティング「道義上は問題がある。まぁ、賠償金を払えとまでは言わんが、お前が原因で売上が落ちた事については、少しは悪いと思わんか?」


「新人に絡まないように冒険者達をちゃんと教育しておかなかったお前が悪いとは思わんにゃ?」


スティング「お前…交渉は嫌いとか言ってたくせに……。


扱いにくい奴だなぁ」


「そうでありたいと思っているにゃ」


スティング「ちっ…。いいか? 法的に問題がなくとも、冒険者を殺された事では、冒険者達もお前に腹を立てている。もちろん俺もな。賢者がバックに居るからって調子に乗ってるんじゃないぞ?」


「嘘つき呼ばわりして絡んできた奴らに俺も腹を立てているにゃ」


スティング「そりゃ、突拍子もない話をいきなり持ってこられても信じられないのは仕方ないだろ。そんな規格外な者なら、ちゃんと話を通しておいてくれないと」


「だから、紹介状を持ってきたにゃ。でもそれを偽造ニセモノ扱いされたにゃ」


スティング「……ああ、そうだったな。その点については悪かった、職員にはキツく言っておく。だが…それだけの実力があるなら、殺さずに手加減してくれてもよかったんじゃないのか…? 賢者の推薦だからこそ、だぞ。なんなら、出るところに出てもいいんだぞ?」


「別に。出るとこ出ればいいにゃ。【決闘】は殺しても罪には問われないと聞いているにゃ。挑まれて受けた側の俺が責任を問われるのはおかしいにゃ」


スティング「罪には問われないとしても、やった事に対する損害を請求する事はできる。裁判になって認められた事例はあるぞ」


ああ、日本でもあった、刑事事件では無罪でも民事訴訟では負けるみたいな話か……?


スティング「皇宮に訴え出て正式に賠償を要求するぞ? そうなればお前を推薦した賢者の立場もまずくなるぞ? いいのか?」


「お前……性格悪いにゃ」


スティング「お前ほどじゃないさ」


スティングは、付け入る隙を見つけたとでも思ったのだろうか、口角を上げた。


スティング「賢者様に迷惑をかけたくないと思うのならば――


『別に構わんよ。訴え出てみるが良いぞ』


スティング「――!!」



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