第105話 お前がカイトか?!

■カイト


翌日、の夕方。例によって日中は寝ていて、その後冒険者にギルドにやってきた。猫は夜行性なので仕方がない。昨晩は夜ふかししてしまったしな。え? 夜中ににどこに行ってたって?……それは、俺のこの世界での最初の地である森の深奥の泉に行っていたのだよ。


かなり遠い場所になるはずだが、一度行った場所には【転移】で移動できる。距離が遠いと消費魔力が多くなるのが難点だが、日に二~三度往復するくらいなら何とかなる距離であった。


泉に行ったのは、ランクアップ試験に必要な条件の最後の一つ、薬草の採集のためである。


ノアのガイドブックによると、初心者は最初は帝都から近い森で薬草がよく生えている地域を教えてもらい、そこで探すのが普通らしい。(と言っても帝都の周辺は開拓されていて森はなく、一番近い森でも半日以上歩く距離なのだが。)それはそうか、なんの情報もなく初心者が闇雲に歩き回っても薬草を見つけるのは大変だろう。


ただ、そこでふと思い出したのだ。薬草と言えば、俺がこの世界に最初に来た場所、森の深奥にある泉の周辺にも生えていたじゃないかと。


当時俺は【鑑定】の能力を試すため周囲の草木や岩などなんでも片端から鑑定していて、薬草に該当する植物も発見していたのだ。まぁ俺には【治癒魔法】があったし、そもそも怪我などしなかったので薬草としては使った事はなかったのだが、実はその後、食事の薬味に使えないかと試した事があった。まぁ結論は薬臭くて薬味には使えなかった…。地球に、何と言ったか名前は忘れたが、シップのような匂いがする飲み物があったが、アレみたいな味になるのだ。俺には無理だったが、アレを好む人間も居たので、好きな人間には良いかも知れない。


ノアのガイドブックの別冊『植物図鑑』に乗っていた薬草のイラストとは違うが、【鑑定】で薬草と出ているので、試しに何本か採集して戻ってきたというわけである。どの部分を使うか分からないので花から根まで土ごとそっくり掘り出して亜空間収納に入れた。時間停止の収納なので鮮度が落ちる事もない。


余談だが、植物図鑑、魔物図鑑はすべてイラスト入りである。これ全部ノアが書いたのだとしたらノアはかなり多才だと思う。ギルド職員より向いている仕事があるのではなかろうか? と思うのだが…


…まぁ余計なお世話だな。本人の能力と、本人がやりたい仕事は必ずしも一致しているとは限らない。それは俺も前世の日本でよく知っている。実際にそういう人間がいたのだ。


その人間は、とある方面の素晴らしい才能を持っていた。だが、当人はその方面にはまったく興味がなく、まったく違う業界に就職してしまった。だが、残念な事に、その知人には就職した業界の才能は皆無だったのだ…。そのため、ずっと仕事で成果を出せず苦労していた。


前世で有名だった某塾講師、『今やるの?!』のキャッチフレーズで有名だった小林先生が言っていたのを思い出す。


「自分が得意な事―――不得意な事」

「自分の好きな事―――嫌いな事」


という二種類の軸で考えた場合、組み合わせは四通り。


1、得意で好きな事

2、得意だが好きではない事

3、不得意だが好きな事

4、不得意で嫌いな事


「得意で好きな事」を仕事にできればべスト。

好きでなくとも、自分が得意な事を仕事にすれば人生はイージーモードだと小林先生は言う。


だが、それを聞いてもその知人は、好きでもない事を仕事にしたくないと言っていたそうだ。たとえ才能がなかろうが、自分のやりたくない仕事はしたくない、という事らしい。


仕事なんて、食っていける金が稼げるのであれば、どんな仕事でもいい、できるだけ楽な仕事がいいと言う俺とは対極の生き方だが……好きな事を仕事にできる、選択肢があるのは少し羨ましくは思う。


そんな事を考えながら歩いていると、冒険者ギルドについていた。


受付カウンターは少し混んでいたので、俺は納品カウンターに向かった。そこには昨日と同じ、納品担当職員のタイラーが居た。


「薬草の納品に来たにゃ」


タイラー「…おう、そこに出して見せ…!」


タイラーは俺と目が合うと一瞬ビクンとしたが、昨日と違い平静を保っていた。


タイラー「カイト……さん…」


「カイトでいいにゃ。それで、薬草ってこれでもいいにゃろ?」


タイラー「ああ…なんだこれ?」


タイラーは何かレンズのようなモノを片目に当てて見た。魔力が動くのを感じる。ん? それってもしかして、鑑定の魔道具か?

 

タイラー「……ってこれ聖月露草じゃねぇか! しかも花がついている?!」


「お、タイラーも【鑑定】使えるんだにゃ」


タイラー「まぁな。と言ってもこれ・・の助けがあっての事だが」


「鑑定の魔道具にゃ?」


タイラー「ああ、それでも鑑定の才能のない奴には使いこなせないんだけどな。じゃなくて! お前コレどこで採ってきたんだ?!」


「森の奥にゃ。場所は秘密にゃ。でもちゃんと【鑑定】で薬草って出てたからいいにゃろ?」


タイラー「そりゃ、薬草には違いないがな…」


「もしかしてコレではダメだったかにゃ?」


タイラー「ダメ? 逆だ逆! これはものすごい価値が高い薬草なんだよ! 薬草はそのまま使う事もできるが、主にポーションの原料として使われるんだ。だがこれを使えば、上級ハイポーションが作れるんだよ! さらに、この草の花ビラを使えば、その上のエクスポーションが作れる」


「へぇ」


タイラー「へぇじゃないっつーの、またとんでもないもの持ち込みやがって…。この聖月露草は、澄んだ魔力が豊富ば場所でしか育たないんだ。花はさらに希少で、数年に一度、満月の夜にしか咲かないという、とんでもなく希少なものなんだ。しかも鮮度が落ちやすいのに、こんなに新鮮な状態とは…」


俺も、花が一番薬効が高いが、数年に一度満月の夜にしか咲かないという事も知っていた。【鑑定】に出ていたし、アルラウネも教えてくれたからな。


だが、実は俺はいつでもこの花を収穫できる。満月の夜を待たなくとも、昼間でも。植物魔法で咲かせてしまう事ができるからだ。


冒険者を続けるなら今後も必要になるかもと思い、泉の周辺で栽培して増やしておく事にした。


ただ、いくら植物魔法があるとは言え、植物を長期的に栽培するとなると管理する者が必要になる。だが、俺がつきっきりで見ているわけにも行かない。どうしようかと思ったが、それはアルラウネが喜んで引き受けてくれたので、アルラウネにも泉の周辺に近づく許可を与えておいた。(泉の周辺には魔物は近づけないようなのだが、俺が許可した者は近づけるようになるようだ。)希少な花は、花の妖精であるアルラウネも好きらしく、大事に増やしてくれると言っていた。今後は、必要な時に言えば花を咲かせてくれるそうだ。(来ないなら来ないでそれでもいいそうだが。)


タイラー「やれやれ…またギルマスに報告が必要な案件だな。そう言えばギルマスには会ったか?」


「ギルマス? ギルドマスターって奴だにゃ? 会ってないにゃ」


タイラー「受付で言われなかったか?」


「直接ここに来たからにゃ」


タイラー「じゃぁ行って来い。ああコレは受け取るが、査定結果は例によってすぐには出せん…」


「仕事遅いにゃ」


タイラー「お前が希少なモノ持ち込むからだっての!」


   ・

   ・

   ・


受付カウンターに行くと、ちょうど空いていたので、また箱を出して上に乗って声を掛ける。納品カウンターはかなり低めにになっているのだが、何故か受付カウンターは妙に高く作られているので俺の身長では顔がでないのだ。空間魔法で足場を作ってもいいのだが、宙に浮いているとなんか目立つ。目立ってまた絡まれても面倒臭いだけだしな。


「来たにゃ」


受付嬢「…猫?!」


「ノアは居ないにゃ?」


受付嬢「あの娘は今日は早番だからもう帰ったわよ」


「じゃぁモルメルは?」


受付嬢「主任…じゃなかった、モルメルさんはどっか裏でサボってる…もとい何か仕事してるんじゃない? 何か御用?」


「用があるのはそっちでは? ギルマスは居るにゃ?」


受付嬢「ギルマス? 居るけど…アポはあるの?」


「アポなんてないにゃ。タイラーに行けって言われたから来たにゃ」


受付嬢「そう、ちょっと待っててね」


受付嬢が奥の部屋に入っていくと、すぐに扉が勢いよく開いてハゲの大男が飛び出してきた。その男がジロリと俺を睨む。


ハゲ大男「お前がカイトか?! ……って本当に猫だな…」



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