第95話 耳だけでよかったらしいにゃ

「おっかしいなぁ、見当たらない……」


アタシは仕事をするふりをしながら先程の猫が置いていった賢者の紹介状を探していたのだが、どうしても見つからない。


ノア「何か探してる? 手伝いましょーかー?」


「え? ああ、いや、何でもないよ…」


ノア「そうですかー」


あまり大っぴらに探せないのがもどかしい。今日の夜、みんなが帰った後本格的に探してみるか…


とその時、さっき出て行った猫人がギルドに戻ってきた。


「戻ってくると思ったよ、ゴブリンの居場所も聞かずに飛び出して、存外そそっかしい奴だね」


猫「居場所なんて聞かなくとも森で魔力を探ればすぐに分かるにゃ。言われた通りゴブリン狩ってきたにゃ。ここに出せばいいにゃ?」


「狩ってきたって、誂うのもいい加減におしよ。さっき出ていったばっかりじゃないか。ゴブリンが出るような森は近くても街から1~2時間はかかるんだよ?」


猫「別に嘘はついてないにゃ。出すから見れば分かるにゃ」


「ああ、もう何でもいい。何を持ってきたのか知らないけど、納品ならそっちの納品カウンターで出しな。ちなみにゴブリン討伐は三匹で銅貨一枚の報酬が貰えるよ、本当に狩ってきたならだけどね」


猫「分かったにゃ」


猫は素直に納品カウンターに向かったが…


…しばらくして叫び声が聞こえてきた。


『ばっかやろーゴブリン丸ごともってくるんじゃねーよ!!』


叫んだのは納品担当の職員である。そして、異臭が漂ってきた。


「は? ゴブリンまるごと???」


見ると、受付カウンターの前にゴブリンの死体が山積みにされている。異臭の正体はこれか!


猫「ゴブリンを五十体狩ってこいと……モンモンに言われたにゃ」


「モルメルよ!」


慌てて受付カウンターに駆けつけると受付の職員にジト目で見られる。


納品担当職員タイラー「モルメル? これはどういうこった?!」


「いや、どうって……アンタ! 何の真似だいこれは?!」


猫「言われた通りゴブリンを狩ってきたにゃ。森の奥に集落があったんで皆殺しにしてきたにゃ。百体以上あるにゃよ?」


「だれがゴブリンの死体を持って来いと言ったのよバカ! ゴブリンの討伐証明は耳よ耳! 耳だけ切り取って持ってくればいいんだよ!」


猫「にゃんだ、そうなら最初からそう言ってくれれば…」


「大体、どっから出したんだこんな大量のゴブリンの死体?!」


猫「収納魔法で全部まるごと持ってきたにゃ」


「収納魔法だって? 嘘つくんじゃないよ? 本当に使えるってのなら、このゴブリンをさっさと片付けとくれ! 臭くてたまらないよ!」


すると、一瞬にして山積みだったゴブリンが消える。


アタシは思わず絶句してしまった。

納品窓口担当のタイラーも固まってる。


「……アンタ…【収納魔法】が使えるって本当なんだね……」


収納魔法が使える者は運び屋ポーターとして多方面から重宝される。特に、これだけのゴブリンを収納できる容量となれば、引く手数多だろう。なんで冒険者なんてなろうとしてるんだこの猫は???


猫「じゃぁ、耳だけ出すにゃ」


「え?」


次の瞬間、受付カウンターにゴブリンの耳が大量に積み上げられた。


「耳だけ持ってたのか? ……アンタねぇ! 耳が討伐証明部位だって知ってて、嫌がらせのためにゴブリンの死体を出したのか?」


猫「違うにゃ。今収納したゴブリンの耳だけ切り取って取り出しただけにゃ」


「ちょっと、収納の中に入ってる物を中に入れたまま加工できるの? そんな事できるって聞いたことないんだけど???」


猫「普通できるにゃろ? え? できない? みんな不器用なんにゃね」


タイラー「耳は片方でいいんだよ。両耳出しても一匹分としかカウントしねぇぞ? どっちでもいいんだが、普通は左耳だ」


猫「ああ、そうなんにゃ。じゃぁ次からは片側だけにするにゃ」


タイラー「おい、冒険者登録時にちゃんと説明きかなかったのか? モルメル、ちゃんと教育しとけよ…」


「話をロクに聞かずに飛び出していっちゃったのよ!」


猫「確かに、説明は…あんまり聞いてなかったかにゃ。じゃぁ今から聞くにゃ。説明するにゃ」


「まったくもう、しょうがないねぇ。こっちに来な!


…そうだ、ちょっとノア? アレ持ってきて! ほら、アンタが作った奴、初心冒険者のための説明書ガイドブックとかいうやつ?」


ノア「えー、主任、『こんなの必要ない、口頭で説明するのが受付嬢の仕事ダー! サボろうとするんじゃないー!』 とか言って却下したじゃないですかー」


「そっ、それは……そう、配布は問題があるって言っただけさ。これ、作ったとしても複製するのにも結構な金が掛かるだろ。でも有料にしたら初心の冒険者なんて貧乏人が多いんだから買えないしね」


ノア「まぁ、そうかも知れないけど…。じゃぁ、貸し出しって事にすれば…」


「それでもいいかも知れないけど、その前に。一番の問題は内容だよ。アンタが思いつきで作った説明書を使えるわけないだろ?」


ノア「思いつきって…。受付嬢として説明しろって主任に指導された内容は全部ちゃんと書いたつもりですー」


モルメル「だってアンタ、随時書き加えられていくとか言ってたじゃないか?」


ノア「だからそれは。まだ草案段階なので、書き忘れてる内容もあるかも知れないから、みんなで内容をチェックして完成度をあげていきましょうって意味だったんですー。でも、主任、内容も見てくれなかったじゃん…」


「それは…だって…」


ノア「?」


(面倒だったから…)


「だっ、だいたい、字が読めない者だってたくさん居るんだよ? 賢者様が“学校”を作ってくれたから帝都民は今はほとんど字が読めるけど、地方に行けばまだまだ字が読めない者も多いんだよ」


ノア「それはまぁ、読めない場合は私達が説明してあげるって事でぇ。そこは今までと一緒でいいのではー?」


「字が読めないのに、見え張って読めるって言っちゃう奴だって居る可能性があるだろ? てか絶対そういう奴出てくるよ?」


ノア「なるほど…確かに…」


「いいかい? こういうのはねぇ、書類として残ってしまったら、後で内容に問題があった場合に責任問題になっちまうんだよ。もし公式にするなら、内容を徹底的に吟味精査して、ギルド本部のお偉方の承認を得ないといけないんだ。どんなに内容を精査して完成度をあげたとしても、多分通らないよ」


ノア「そんなぁ」


モルメル「後で都合が悪い内容が判明したら修正する必要があるからね。かえって大変になっちまうかも知れない。


でもまぁ、職員用の覚書としては悪くないかも知れないからね。どれ、アタシが、内容をチェックしてやるから貸しな」


ノア「じゃぁよろしくお願いしますけどー、手柄横取りしないで下さいよー?」


「そんな事するわけないだろ!!」


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