第92話 訓練場…? いや…
■ラルゴ
俺は今、死刑台に登っていく気分を味わっていた。
俺が(平静を装いながらも)ゆっくりと向かっている先―――冒険者ギルドの訓練場の中央には、化け物が待っているからだ。
やべぇ……
マヌケなチビ猫だと思って絡んだら、とんでもねぇ奴だった…。
俺は冒険者という仕事を長く続ける中で、相手の強さをなんとなく見抜く事ができるようになった。
だが、その俺の“勘”は何故か今回怠けていやがった。ようやく仕事を始めたのは、奴が訓練場に立って、ニーゾと
最初は、本当に、何の力もないただのチビネコにしか見えなかったんだが…もしかしてわざとか? 力が無いフリをして敵を誘い込むタイプの魔物がいるが、その類だったのか? まんまと騙されちまった…。世間知らずの無邪気な田舎者に見えたもんだから、つい、都会の厳しさを教えてやろうと思っちまったんだ。
だが奴は、ニーゾと訓練場で対峙した瞬間、獰猛に笑ったんだ…。
…その笑顔を見た瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。
あれは…強者の目。
戦闘に嬉々として臨む戦士の目……いや違うな。あれは、一方的に獲物を狩るだけの、獰猛な捕食者の目、
ニーゾも何か感じ取ったのか、不意打ちを仕掛けたが、一瞬で足を切られて動けなくされてしまった。そして奴は倒れてもがいているニーゾに近づいていく。傷を負わせて動けなくした獲物を仕留めに行くのだろう…
…と思ったのだが、奴は俺の想像を越える行動をした。なんと、ニーゾの足を治してやったのだ。
一瞬で足が元通りに治る。…って、ちょ待て! 治癒魔法が使えるだと?! しかも、斬ったはずのブーツまで直っている。どんな治癒魔法だよ! そんな治癒魔法が使えるなら、冒険者になどならなくても稼げるだろうに…。
だが、恐怖のショーはそこからが始まりだった。再び仕切り直して再戦したニーゾだったが、どれだけ全速力で奴に斬りかかろうとも、その剣が奴に掠る事すらなく。すれ違う度に奴の爪で皮膚を切り裂かれ、ニーゾは悲鳴をあげる事になる。ニーゾの奴は痛がりだからな…。
小さな猫の爪だからか致命傷にはなっていないが、何度も斬られて傷だらけになるとさすがに動けなくなる。すると奴は再び傷を治し、またやり直しを要求するのだ。
そんな事を十数回繰り返しただろうか。痛いのが嫌いなニーゾの心は折れ、ついに土下座して許しを請い始めた…。
そして…奴は、次は俺だと言う。
まずい…。戦って勝てるビジョンが浮かばねぇ……。
ここは、奴に合格を言い渡し、なんとか戦わずに済ませたほうがいいと俺の勘が(今更になって)必死に訴えてきている。それは奴に絡む前に主張してほしかった…。
なんとか断ろうとしたが、奴が煽ってくる。
それに釣られて野次馬共が煽ってくる。
俺はギルド内で兄貴などと呼ばれて一目置かれている。俺がひと睨みすれば大抵の奴が震え上がって黙る。だがもしここで引いたら、その威厳もなくなり、誰にも相手にされなくなるだろう…。
俺は表面上はいつも冷静を装い強がりを言っているが、実は内心はめっちゃビビリの小心者だ。それを誤魔化すために虚勢を張っていたらいつのまにか周囲から一目置かれるようになっただけなのだ。
まぁ、実力はそこそこあるつもりだが。ビビリな分、努力も必死でしたからな。自分で言うのもなんだが、アホのニーゾなんぞよりははるかに強い。
…そうだよ。もしかして俺の実力なら、奴とも勝てないまでもある程度は互角に戦れるんじゃないか? 何度か適当に付き合った後、実力を認めて合格という事にして終わりにしてしまえばいい。うん、そうしよう。
などと考えながら、俺はついに訓練場の中央に到着したのだが…。着いてみれば、そこはやはり死刑台だった。奴と対峙した瞬間、再び奴が獰猛な狩人の目をし、それを見た俺の勘が絶望を訴えた。
……ダメだ、奴に“付き合う”どころか、指一本触れられる気がしねぇ……。
一瞬勝手に体が回れ右して逃げ出しそうになるのをなんとか歯を食いしばって堪えた。剣を抜き、構える。
真剣で戦ろうなどと提案した自分を呪った。
そして結果は……俺の勘は外れる事はなく、ニーゾより酷い事になってしまったのだった。というか、先程までの奴は、まったく本気じゃなかったのか…。
俺がニーゾよりは
…後悔した。
こうなったら…奥の手だ!
「アレは何だ?!」
と明後日の方向を見る。釣られて奴もそちらを見る。
チャンス!! その隙を逃さす俺は斬り掛かった。まだ開始の合図も掛かっていない不意打ちだが、もうなりふりかまってはいられねぇ。
奴は余所見したままだ。
斬った。
水平に振った俺の剣の軌跡の上下に奴の体が
やったか?!
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