第86話 早く参ったって言いなさい

訓練場に移動した俺とラルゴとニーゾとモルメル。


さらにその後、ギルドに居た冒険者達がゾロゾロ野次馬しに入ってくる。


「にゃにゃにゃ、これがギルドの訓練場かぁ…」


俺は思わずギルドの訓練場を見回し、壁に触ってみたりしてしまう。ラノベの知識では知っていたが、見るのは初めてだからな。


壁に触れると魔力を感じる。なるほど、強化の魔法が掛けられているわけか。


ラルゴ「…おいおい、訓練場に入ったのも初めてか? そんなんで本当に戦えるのかよ?」


「訓練場は初めてにゃ。戦いはいつも屋外だったからにゃ。だいたい、森の中の実戦でこんな平らな場所はありえないにゃよ?」


ラルゴ「言うじゃねぇか。ルールはどうする? 何でもありでいいか。武器も木剣なんかじゃなくモノホンでな」


モルメル「え? だ、大丈夫?」


ラルゴ「そのほうがそいつに有利だろ? より実戦に近い形式のほうがいいんだろ?」


「そうだにゃ」


モルメル「そ、そう…」


ラルゴ「意識を失うか、参ったと言ったら終了だ」


俺は中央に移動した。


「模擬戦? ってのは初めてにゃ。…殺しちゃいけない戦いは初めてにゃけど、なるべく殺さないように手加減はするにゃ。でも失敗したらごめんにゃ」


ニーゾ「それはこっちのセリフだぜ。死んだら事故って事で許してくれや」


ニーゾが中央に出てきたが、ラルゴは壁際に下がった。


「ん? 二人一緒でいいにゃよ? 時間の無駄にゃ」


ニーゾ「てんめぇ! 舐めんじゃねぇ!」


ラルゴ「とことん舐めたチビだな…。まずはニーゾが相手だ。それでお前が実力がある事を示せたら俺が相手をしてやるよ」


ニーゾ「てか、お前、武器は?」


「俺にはコレがあるしにゃ」


爪を出して見せてやる。


ニーゾ「…後悔するなよ?」


モルメル「それじゃぁ開――


だが、モルメルが開始の合図を言う前にニーゾは既に斬り掛かってきていた。


だが…遅い。


森の魔獣達の反応速度からしたら、遅すぎて虫が止まりそうだ。虫が止まるぞ。


俺はギリギリまで待ってやってから、横に飛ぶ。そして横に空間属性で作り出した見えない壁に着地、そのままジャンプしてニーゾの背後に着地する。猫がよくやる三角飛びである。


そして…


…ニーゾはバタリと倒れた。


着地と同時に俺がニーゾの足を爪で斬り裂いていたからである。


ニーゾ「ぶげっ! っなんだ、何が……っ」


顔面を床に打ち付けて鼻を赤くしたニーゾが立ち上がろうとするが、アキレス腱が切断されているため踏ん張りが効かずまた倒れてしまう。


ニーゾ「なんだ? 足がうまく動かねぇ…」


ラルゴ「踵を斬られたんだよ」


ニーゾ「え…? ……あ! 痛ぇ~!!」


「鈍いにゃ」


ラルゴ「興奮状態で痛みに気づかなかったんだろ。てか、少しはやるようだな…」


モルメル「ちょっと、相手はもう戦闘不能よ! 勝負はついたわ!」


痛いと騒いで転げ回っているニーゾに近づいて行く俺を見て慌ててモルメルが止めた。


「まだにゃ。気絶もしてないし参ったとも言ってないにゃ。戦闘不能は試合終了のルールに入ってないにゃ。後で負け惜しみで難癖つけられても困るからキッチリやるにゃ」


モルメル「そっ…ニーゾ、早く参ったって言いなさい!」


「その必要はないにゃ…ほれ、もう痛くないにゃろ?」


ニーゾ「痛い……あれ? 痛くない」


治癒魔法でニーゾの足を治してやったのだ。


「さぁ、もう一度、仕切り直しにゃ。あれで終わりじゃお前も納得行かないにゃろ? もう一度と言わず、何度でも気が済むまでやるにゃよ。メイヴィスにも徹底的にやっていいって言われてるしにゃ」


   ・

   ・

   ・


そして半刻ほどが過ぎ、訓練場には土下座で許しを請うニーゾが居た。


ニーゾの剣を躱しては体を爪で斬り裂き、そして動けなくなったら治してやるという事を何十回も繰り返した結果である。


特に身体強化魔法も使わず、素の能力だけで戦ったのだが、それでもニーゾの動きは遅すぎてあくびが出るようだった。


これは、ケットシーとしての能力というよりも、猫と人間の能力差のような気がする。地球の猫も、その神経の反応速度は人間の四倍速いと聞いた事がある。鎌首をもたげたガラガラ蛇が噛みつこうをするのを猫パンチで往なす猫の動画をネットチューブで見た事がある。人間ではとでも反応できない速度だろうが、猫にとっては片手間のようであった。猫は人間の四分の一しか寿命がないが、人間の四倍の速度の世界で生きているのかも知れないと思ったものだ。(地球の猫の話なので、この世界の猫がどうか走らないが。)


ニーゾ「許して下さい、もう無理です、痛いのはもう嫌だぁ~」


「大の大人がそんな事で泣くんじゃないにゃ」


モルメル「そんな事って…」


モルメルも青い顔をしているな。だがこちらも冒険者登録が掛かっている試験だからな。ここで辞めるわけにもいかない。


「まだ参ったって聞いてないから終わるに終われないにゃ」


ニーゾ「参りました、参りました、参りました~!!」


そう言うとニーゾは走って逃げていった。


「……次はお前にゃ?」


ラルゴ「……す、すばしこさはなかなかのようだな。お前の実力は十分に分かった。俺が戦うまでもないだろう」


「そうはいかんにゃ。冒険者登録が掛かった試験なんにゃ。お前が戦ってくれないと登録できないにゃ」


ラルゴ「だから合格でいいってんだよ!」


「さっき実力を証明したら相手してくれるって言ってたにゃ。約束を違えるのはよくないにゃ、せっかくだから相手してほしいにゃ」


ラルゴ「なっ、だからそんな必要は……」


「あんだけ偉そうな事言っといて? 逃げるにゃ?」


ラルゴ「てんめぇ~」


周囲のギャラリーからも、“普段偉そうな事言ってんのに逃げんのか?” とヤジが飛ぶ。


ラルゴ「…っ、ちっ、後悔すんなよ!」



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