第85話 嘘なんてついてないにゃ

ニーゾ「てんめぇ、やりやがったな! ぶち殺してやる!」


俺の後ろ蹴りで床に転がったニーゾが立ち上がって吠える。だが…


『やめとけ』


ニーゾの肩に手を置き止める者が居た。凶悪な顔つきをした大男である。


ニーゾ「ラルゴの兄貴?! 止めねぇでくれ、舐められたら冒険者としてやっていけねぇ!」


兄貴ラルゴ「まぁ待て。そのチビはまだ登録前の一般人だ。正当な理由もなく一般人に暴力をふるえば冒険者資格剥奪だぞ?」


ニーゾ「理由ならあるっすよ! こいつ俺を蹴りやがったんですよ!」


ラルゴ「お前が先にちょっかい出したからだろうが」


ニーゾ「だけど、兄貴だっていつも言ってるじゃねぇか、冒険者は舐められたら終わりだって!」


ラルゴ「まぁ、待て。俺も舐められたままでいいとは言ってねぇ。だが、コイツは冒険者登録するって言ってるんだ。ならば少し待てばいいだろ?」


ニーゾ「待つとどうなるんだ?」


ラルゴ「おめぇは相変わらず頭わりぃな。冒険者同士となりゃあ、先輩として色々と指導・・してやりゃぁいいじゃねぇか?」


だが、ニーゾはまだキョトン顔である。


ニーゾ「…おれがコイツに親切にしてやらなけりゃいけねぇのか?」


ラルゴ「だぁかぁらぁよぉ! 一般人と揉めたら問題が大きくなるだろ? だがコイツが冒険者になっちまえば、冒険者同士の喧嘩なんてよくある話だ、大した問題にもならねぇって言ってるのさ!」


受付嬢「ちょっとーアタナたちー、新人苛めはダメって言われてるでしょー?」


ラルゴ「イジメじゃねぇ、指導だよ。先輩冒険者への礼儀を教えてやるっていってるだけさ。まぁ、そのチビがビビって登録をやめて逃げ出さなければ、だがな? どうするチビ猫?」


「登録するにゃ」


受付嬢「ちょ、大丈夫ー? 意地張って無理しないほうがいいよー?」


「別に…問題ないにゃ。馬鹿は後で教育しておくにゃ」


ラルゴ「ちっ、生意気な奴だな。さぁノア、本人が登録するって言ってるんだからやってやれよ」

ラルゴ「みんなも順番譲ってくれるだろう?」


周囲の冒険者はヤレヤレという顔をしている者もいるが、何も言わない。


「順番待ちしてたなら俺も順番待つにゃ」


ラルゴ「先でいいからさっさと登録しやがれっての」


『何を騒いでるの?!』


受付嬢「やべっ主任が戻ってきた…」


主任「ノア、何がヤバいってぇ?」


受付嬢ノア「何でもありませ~ん」


主任「何の騒ぎだい? この子は?」


ノア「ええっとー、冒険者登録希望者が来てましてー。こちらの猫ちゃん」


「よろしくお願いするにゃ」


主任「喋る猫?! …分かったわ、コレはアタシが処理するから、あんたは仕事に戻りな」


ノア「ええ~猫ちゃんは私が~」


主任は食い下がるノアを無視して振り返り、休憩中の職員に発破を掛ける。


主任「ほぉらアンタ達も休憩の時間は終わりだよ! さっさと仕事に戻んな!」


机でダラダラしていた受付嬢達が立ち上がり、カウンターに向かう。


主任「ノア、あんたもさっさと自分の仕事に戻んな!」


ノア「ちぇー、またねー猫ちゃん!」


ノアもカウンターの別の窓口について受付業務を再開した。


そして主任と呼ばれたキツそうな顔のオバサンが俺をじろりと見る。


主任「で? お前、名前は?」


「カイトにゃ。オバサンは?」


主任「オバサン?!?!」


「人に名前を訊く時は自分も名乗るもんにゃ」


主任「この……


……まぁいいわ、猫に怒ってもしょうがない。アタシはモルメルだよ。冒険者登録希望だって? まぁルール上は登録は誰でもできる事にはなってるけどね。最近は事故・・も多いから、審査は厳しいよ?」


「審査があるにゃ?」


モルメル「あんた、冒険者の仕事を分かってるかい? 魔物と戦うんだよ? 命がけなんだ。あんたみたいな弱そうな猫の子じゃぁ…


「魔物を狩るのは得意にゃ! 十年以上森の中で魔物を狩りながら生きてたにゃ」


モルメル「分かってないねぇ、森ネズミを狩る程度の話じゃないんだよ。街を脅かすような、時にはドラゴンとだって戦うかも知れないんだよ?」


「ドラゴンなら狩った事あるにゃ」


モルメル「はぁ?! ……なるほど、分かった。どうやらアンタは息を吐くように嘘を吐くタイプか。そういう奴は登録は認められないよ」


「なんでにゃ。誰でも登録できるってさっき自分でも言ってたにゃろ」


モルメル「審査があるって言ったにゃろ?」


「そうだ! 紹介状持ってるにゃ!」


モルメル「紹介状? 誰の?」


「メイヴィスにゃ」


モルメル「誰だって? そんな人知らないね」


「賢者にゃ」


モルメル「賢者?! メイヴィスってまさか、賢者メイヴィス・アダラール師の事じゃないだろうね!?」


「ああ、フルネームはそんな感じだったにゃ」


俺は紹介状を出して見せる。紹介状はメイヴィスの紋章で蝋封されている。


モルメル「まさか……嘘だよね……?」


「ギルドマスターに渡せって言われてたにゃ…


…あ!」


だが、モルメルは紹介状を受け取ると、いきなりその場で封を切ってしまった。


「もしかしてオバサンがギルドマスターにゃ?」


モルメル「違うけど、ギルドマスターは忙しいんだよ! 書類はアタシがチェックして、必要なモノだけ渡す事になってるんだよ!」


「そうなんにゃ…」


モルメル「どれどれ……」


紹介状に目を通すモルメル。だがすぐに呆れたような顔で言った。


モルメル「ダメだね、なんだいこりゃ?」


「?」


モルメル「騙されないよ? 嘘をつくならもう少し現実的な内容にすべきだったね。賢者アダラールがこんな手紙書くはずないじゃないか。何だい、Sランクでスタートさせろって。いくら実力者でもコレはないよ? 偽造の紹介状まで作るなんて……思ったより悪質だねぇアンタ」


「まぁメイヴィスもさすがにSランクは認められないかもとは言っていたけどにゃ」


メイヴィスは、Sランクは無理でもCランクスタートくらいは認めてくれるだろうと言っていた。そう、これはメイヴィスの交渉のテクニックの一つ、“ドア・イン・ザ・フェイス”である。最初に高い値段を提示しておいて、それより低い本来の値段を飲ませるという営業テクニックだ。


だが、確かに、あまりに突拍子もない条件を出すと帰って逆効果な気はする…。


「偽造なんかじゃないにゃ。ちゃんと賢者の紋章が着いているにゃろ?」


(※手紙の末尾には魔力紋による捺印がされている。)


モルメル「隣国の騎士団と戦って勝ったとか書いてあるけど?」


「ああ、不幸な出来事だったにゃ」


モルメル「……大ボラもいい加減にしな! 今なら見逃してやってもいい、というか馬鹿らし過ぎてまともに相手する気にならないよ。嘘吐きはさっさと退散しな、二度と来るんじゃないよ!」


「嘘はひとつもついてないにゃ!」


モルメル「強情だね。大臣(※)の紋章を偽造するなんて本当は重罪なんだよ?! 衛兵を呼ぶよ?!」


(※メイヴィスは賢者庁のトップなので地位としては大臣となる。)


「やれやれにゃ…。呼びたければ呼べばいいにゃ。俺は嘘はついていないからにゃ」


モルメル「あら……ビビらない? 嘘ついている奴はたいてい衛兵を呼ぶって言えば逃げてくんだけどね…。まさか、本物とか……?」


「ハッタリだったにゃ?」


モルメル「…だからって、信じられる内容じゃないんだよねぇ…」


「そういえば、紋章には魔力が込められているから、本物か偽物かそれで分かるってメイヴィスが言ってたにゃ」


モルメル「そのための魔道具が今ないんだよ、ギルドマスターが壊しちまってね。いま修理中なのさ」


ニーゾ「…おい! さっきから何ごちゃごちゃ言ってやがんだよ! 冒険者登録は誰でもできるはずだろ?! さっさと登録してやれ! 嘘については俺達が後でコッテリ絞ってやるからよ!」


ラルゴ「モルメル、じゃぁこうしようじゃないか。そいつの冒険者登録を認めるにあたって試験をしよう。俺達が試験官をやってやる。模擬戦で俺達に勝てたら登録を認める。どうだ?」


モルメル「ほう、それはいいアイデアだね。勝てたらってのはちょっと厳しすぎる気がするから、ちゃんと実力を~


「コイツラを殺せばいいにゃ? それなら楽勝にゃ」


むやみに鑑定するもんじゃないと言われたのでしていないが、魔力の雰囲気である程度相手の強さは分かる。長い間森の奥で生きてきた野生の勘だ。


実力を隠している者は居るかも知れないが、そうであっても、実力者はそれなりの雰囲気があるものだ。だが、こいつらから……ここに居る冒険者達から強者の雰囲気はひとつも感じない。


ラルゴ「……舐めやがって。本当にぶっ殺されてぇようだな」


モルメル「ちょ、殺すのはなしだよ! 半殺し程度にしといて。怪我なら治療薬ポーションはギルドで持つからね」


「分かった、じゃぁ半殺しで止めとくにゃ」


モルメル「あんたに言ったんじゃないんだけどね…まぁいいわ」


そして、俺はギルドの裏にある訓練場にと案内された。



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