第84話 冒険者ギルド

冒険者など興味なかった。むしろ人と関わる事を嫌っていたのだから、質の悪い荒くれ者が多数集まっていそうな冒険者ギルドで活動するなど、俺的にはありえなかった話なのだが。カレーライスと天秤に掛けた結果……


…カレーライスが勝った。


子供っぽいと言われるかも知れないが、カレーライスは俺にとっての一番の好物、いわばソウルフードなのだ。


前世では、あまり高級な料理など食べた事はなかった。特に幼少時はネグレクトにあっていたため、まともな食事は与えられておらず。食い物はあるにはあったがカップ麺が主食だったのだ。(そんな育ち方してたらそりゃ突然死するわな。)


そんな中、そんな状況を薄々察していたのだろう、隣の家のオバサンが時々持ってきてくれたカレーライスは、俺にとっては豪華なご馳走だった。隣のおばさんのカレーは絶品だったしな。(凝ったカレーを作るのは趣味だったらしい。『趣味なので~』と俺の親にお裾分けの言い訳をして、わざと多めに作ってくれていたようだ。)


俺には本当にありがたい存在だった。カレーを初めて食べた時は泣いたね。隣の家の子に生まれたかった。


だが結局、親切なオバサンは俺の毒親と(原因は分からないが)揉めて、家と隣家は険悪になってしまい、お裾分けもなくなってしまった。たまにオバサンの姿を見かけたが、俺と目が合うと気まずそうな表情をしていた。分かってる、まぁオバサンが悪いわけじゃないからそんな顔しないで…と俺は心の中で思っていたが、やがて気がついたら隣家は引っ越して居なくなっていた…。


高校生になってバイトを始めてからは自分でコンビニ弁当くらいは買って食べられるようになった。オバサンのカレーに匹敵するカレーには出会えなかったが。ただ、代わりに新しい食べ方? を見つけた。カツをカレーライスに乗せて、はちみつとソースを掛けて食べるのだ。いわゆるカツカレーである。


それから、金に余裕がある時や特別な時にはカツカレーにコーラをつけるのが、俺にとってのご馳走になったのだった。


余談だが、この世界でカレーの次はコーラを再現してやるというのが密かな俺の野望である。


メイヴィスに訊いてみたが、コーラは再現しようとは思わなかったので作っていないそうだ。ただ、おそらくハーブを入れた飲み物を作っている時に似たような風味になる事があったので、ハーブの調合次第だろうと言う。世界中のハーブを集めて試行錯誤していれば、いつか再現できるんじゃないかと思っている。


というわけで、スパイスとハーブを集め、カレーとコーラを再現するというのが俺の目標になった。まぁカレーは俺が冒険者になって材料を取ってくれさえすれば達成できそうだが。ついでに各地でハーブを集めれば、コーラにも近づく事ができるだろう。


さて、冒険者ギルドだが。中に入り、受付カウンターに向かう。何人か冒険者が周囲に居たが、カウンターの前には誰も居ない。


空いてる、ラッキーと思った俺はカウンターに直行する。ただ、カウンターが俺の身長に対して少し高かったので、亜空間収納にたまたま入っていた木箱を取り出して床に置き、その上に登って声を掛けた。


「冒険者登録に来たにゃ!」


だが…


カウンターの奥の部屋に並べてある机のところには女性職員が2人座って居るのだが、対応に出てこようとはしない。


「…受付はここじゃにゃいのか?」


すると、周囲に居た冒険者が教えてくれた。


『今は休憩時間中だよ。受付嬢だって休みは必要だろ? みんな休ませてやろうと気を使って待ってるんだよ。お前も気を使え』


「そうにゃのか。じゃぁ待つにゃ」


だが、カウンターの奥の扉から出てきた若い女が俺を見つけて近寄ってきた。


女「おお?! 喋る猫ちゃん? かわいー!」


「休憩時間は終わったにゃ?」


受付嬢「まだだけどいいよー、かわいいし。お話しましょー」


「かわいいとか言われたのは初めてにゃ」


受付嬢「それでー、猫さんはどんな御用なのかなー?」


「冒険者登録に来たにゃ!」


受付嬢「猫さんが?」


「誰でも登録できると聞いたにゃ」


受付嬢「うん、まぁ、そうなんだけどねー」


『おい!』


だが、その時、俺の後ろから声を掛けてきた奴が居た。


受付嬢「なんですかぁ……ニーゾさんだっけ?」


ニーゾ「業務を再開するなら俺のほうが先だろ! さっきからずっと待ってたんだぞ?」


そうだそうだと周囲の冒険者達から声が上がる。


「先に待ってた人が居るならそっちを先にやるにゃ。俺も順番を待つにゃ」


受付嬢「まだ休憩時間は終わってませんー。私が個人的に猫ちゃんとお話してるだけよ~」


ニーゾ「ちっ…! …おいチビ猫! 冒険者登録だと? やめとけやめとけ! お前みたいなチビ猫が冒険者など務まるわけねぇだろうが! 冒険者舐めてんじゃねぇぞ?」


「別に舐めてはいないにゃ」


受付嬢「ちょ、やめてよ! 私が猫ちゃんと話してるんだからー。あっち行ってぇ!」


ニーゾ「このくそチビ猫! 覚えてろよ?!」


「なんで俺にゃ!?」


だがニーゾは去り際、俺の足の下の箱を蹴り飛ばしてくれた。


ニーゾ「おっと悪い、足が引っかかっちまった」


だるま落としのように床に落下した俺は、即座に床を蹴り飛び上がる。そして、ニーゾの腹に蹴りを入れてやった。


俺の後ろ蹴りで吹き飛ばされニーゾが床に転がる。


小柄な猫の蹴りとは思えない威力に一瞬、ギョッとした顔をしたが、ニーゾはすぐに立ち上がって吠えた。


ニーゾ「てんめぇ、やりやがったな! ぶち殺してやる!」



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