1.夜の学校と人影

 それから長い長い年月が経ったある日の夜。彰人はコンビニからの帰り道の途中、偶然にも母校である小学校の前を通り掛かった。

 生い茂った植木と背の高いネットフェンス越しに見える懐かしき母校。そんな学校を眺めて彰人はふと思う。

「あれから、もう15年か……」

 夜の学校はしんと静まり返っている。昼間の子供達によるうるさいほどの喧騒は今はもうどこにも無い。人気の無いグラウンドはがらんとしていて冷たささえ感じる。建ち並んだ角ばった校舎はまるで廃墟のようだ。校舎の中は墨汁のように真っ黒な暗闇で充ち満ちている。そんな校舎を、屋外に設けられた街灯の明かりが淡く黄ばんだ光でぼんやりと照らしている。とても不気味で、とても異質で、街中だというのにまるでそこだけが別世界のようにさえ感じてしまう、そんな雰囲気の空間がそこに広がっている。

 そんな夜の学校を目の当たりにして、苦笑が零れた。

「当時はまだ子供だったとはいえ、よくこんな場所に忍び込んだものだ」

 本当に怖いもの知らずだったとつくづく思う。無茶と無謀の塊だったのだと、自分の事ながら呆れてしまうほどだ。

 どこか気恥ずかしく、どこか懐かしい、過去の思い出だ。

 そして、脳裏にあの日の出来事が思い出される。

 あの夜いなくなった深谷美月のことが、思い浮かぶ。



 あの後、警察も加わって美月の捜索が行われた。街角の掲示板には「この人を探しています」という顔写真付きの貼り紙もされ、駅前ではビラ配りも行われた。それでも美月は見つからなかった。何の手掛かりも得られなかったと聞く。

 そして今に至るも、美月が見付かったという話は耳にしていない。



 目の前に広がる夜の学校の風景を眺めつつ思う。

「美月の奴、本当にどこに行っちまったんだろうなぁ……」

 自分の耳に入っていないだけで、実はもうとっくの昔に見付かっていて、今はどこかで普通に幸せに暮らしているのかもしれない。そうであることを願うばかりだ。

 夜の学校をどこという訳でもなく眺めながら、彰人はそんな思いを巡らせた。



 その時だった。彰人は校舎の中に人影があることに気が付いた。

「こんな時間に人がいる?」

 眉を潜ませ、目を凝らす。

 置き忘れられた人体模型などではない。動いている。移動している。間違いなく生きた人間だ。警備会社の見回りの人だろうか? それにしては懐中電灯の明かりひとつ点けていないのはおかしい。宿直の用務員がいるなどという話は自分が在学していた時から聞いたことも無い。幽霊やお化けという可能性ははなから除外する、それらを信じるほど自分はもう子供ではない。可能性があるとすれば、泥棒だろうか……。常識的に考えたなら、それが最も妥当なところだろう。

 彰人はマジマジと人影を見詰めた。

 するとその人影も彰人に見られていることに気付いたのか、突然走り出した。

 校舎の外に設けられた街灯の明かりに照らされて、一瞬だけ暗闇の中から人影の姿が浮かび上がる。

「!?」

 彰人は目を見張った。その姿には見覚えがった。

 その姿は深谷美月だった。

 そう見えた。

 美月らしき人影は街灯の明かりが届く範囲を通り過ぎ、そのまま暗闇の中へと走り去っていった。

 何事も無かったように校舎の中には真っ黒な暗闇だけが満ち続ける。

「そんな、どうして……」

 彰人は唖然とした様子でその場に立ち尽くした。そして、しばらくの間、校舎の中に満ちる暗闇を見詰め続けた。

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