32.『つま先評論家』ひでまるさん

「痺れた一文」

常に映されているのは足先だけで、世間では誰も私のことは知らない。(『つま先評論家』ひでまるさん)


 パーツモデルという職業を思い浮かべ、その本質は「無記名性」にあると考える。このお話の「つま先評論家」は、パーツモデルに重なる部分もあるが、自らの声を持つという点が異なっている。「声」を提供するパーツモデルも存在するのだろうが、「評論」は「無記名性」に相容れない。たとえ匿名による評論であったとしても、評論自体がある種の記名性を帯びるからである。パーツモデルが提供する「パーツ」は意見を持たず、顔を持たない。ここで興味深いのは「顔」を提供するパーツモデルは成立するのか否か、という問題である。「顔」は「記名性」を帯びている。ではなぜ「手」は無記名でありえ「顔」は無記名のままではいられないのか?

 この疑問は実は本末転倒である。「名」とは「顔」を区別するための記号であり、我々は「顔」と「名」を紐づけているからである。

 ニュース映像などでよく目にする「街の人に聞いてみる」シーンで、顔を映さずに胸元やひざ下や靴だけを映し、その映像の状態で話している声を流す、というものがある。これは「パーツモデル」としてではなく、プライバシー保護の観点から「顔」を映さないという配慮をしつつ、同時に、実際、このような意見や感想をもつ人間が存在する、ということを印象付けようとする技法だ。「つま先評論家」である「私」のマスメディアへの露出はこれに近い。「私」が申し入れた結果なのか、TV局側が「足先だけで十分」と判断したのか、明確には描かれていないが、世間にとって「私」は「足先」だけの存在であり「足先」の評論によってのみ存在するパーソナリテイーなのだ。

 「足先が冷たいと一日そればかり考えるからいやだ」と「私」はいい、「足先のことを考えて早十年」だというが、そのことと「つま先評論家」として「今も、」「人気テレビ番組」に呼ばれる」こととの間には論理的飛躍がある。「今も、」ということは、過去に何かで大いに話題となったということだ。それは例えば「足先気温予報」だったのではないか、と思う。

 「私」は「足先」を「僕」という別人格を与えている節がある。「足先」を他者としてとらえ、その「足先」の気分に人生を左右されることに飽きており、「私」より足先である「僕」の方が知名度があることを自虐的に認めている。

 冷たい足先のせいで交際が破局したことがあったのかのかとにおわせる箇所もあるが、その記述方法にもどことなく飛躍を感じる。

「男は女を抱くのに底知れない温かい心で接するとか心温かい人が良いとか言うけれど、心温かくても足先が冷たい人は世の中にはいっぱいいると言いたい」がその部分なのだが、「私はりっぱな成人男性だ。」という記述がその直前にあることも、不思議な気がする。「靴下を何重にしても、足は重たくなるばかりで一向に温まらない。」の直後である。ここにも飛躍がある。

 あし先の冷えは女性に多いという前提があるが「私は成人男性」だと断った後、「男は女を抱くのに…」の部分がくる。この文はダブルミーニングだと感じる。

「底知れない温かい心で接する」「心温かい人が良い」が、「男は(女を抱くのに)」という主語に並列する構造、ととらえると、これは男のあるべき姿を記しているものととらえることができるのだが、「(男は)女を抱くのに」とくくりを変えてみると、女性に対する要望になる。そしてその後「心温かくても足先が冷たい人は世の中にいっぱいいると言いたい」と続く。この「足先が冷たいが心は温かい」は「私」自身の弁明だということは間違いがないので、先ほどの文章構造が後者であった場合、「男性は女性に「温かさ」を求めるが、私は足先が冷たくても心は温かい」と主張しているという点から「私」が「女性」もしくは「女性的立場」にあると思われる。念を押すように「私はりっぱな成人男性だ。」が直前にあることも、エクスキューズのように感じられる。

 このお話はとても短く、一見すると内容的に多くの要素を含んでいないように感じていたのだが、ところどころに紛れ込まされている論理的飛躍の理由を読み解こうとすると、このような重層性をもっていることが明らかになる。

 「足先」を「つま先」と言う場面が一か所しかないことや、足先が「僕」であること、「私のことは誰も知らない」の意味もさらに掘り下げなければならない。読んでいるうちに「親指Pの修業時代(松浦理英子)」を読み返したくなった。

 これらが「痺れた一文」の理由である。

以上







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