22.『星の多い料理店』田辺ふみさん

「痺れた一文」

その星を店員たちは慌ててかき集めると、レジの横に置いてある籠に入れた。(『星の多い料理店』田辺ふみさん)


 ラスト三ページが二つの意味で圧巻である。その一つは本が文字という記号を配置する平面ということを再認識させてくれる。同様の感覚は、落丁や乱丁、誤植などによっても感じられるが、電子書籍においては若干その感じは薄れる。やはり「製本」という作業は「本」を物質化する重要な過程なのだと思う。電子書籍は重なったカードをめくっているような感覚がある。と、これは余談だ。

 店を選ぶ際には専門の検索サイトを参照し、評価コメントや星の数を参考にするのはごく自然な行為である。星が少ない店より多い店のほうが期待できるし安心でもある。だから店としてはなるべく多くの人に高評価をつけてもらい、知名度と評価を上げていきたいと考える。とにかく、検索上位にヒットしなければお客さんは集まらず、したがって高評価も増えていかないからである。評判になって客が増える。というのが従来の流れだったものが、今では逆に、客が多いから評判になる、という流れになった。まず集客。その後で高評価で推されるか、低評価で地に落ちるかは店次第。そのためにも店にとって、「星」はあればあるだけよいのである。


 「その星を店員たちは慌ててかき集めると、レジの横に置いてある籠に入れた。」 

  ぶつかったときに飛び出る星だろうが、スターに出会ったときのトキメキの星だろうが、店に出現した星は全て店のものである。だが、そのような星は観念的なものに過ぎない。観念を物質として固定するために必要なのは「つかみ取って見せる」ことだといえば、詭弁にすぎるだろうか。この一文をよんで、空中で何かを掴んで金魚鉢に手をいれるとチャポンと金魚が出現するマジックを思い浮かべた。それは本当に星だったのか?

 このお話のタイトルは『星の多い料理店』である。これは言うまでもなく宮沢賢治の『注文の多い料理店』からきたものだろう。『注文の多い料理店』は少々恐ろしい話である。ならばこちらのお話もそういう方面で読むことができるのかもしれない。

 このレストランの入り口には「当店は星の獲得が多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」という張り紙がある。「星の獲得が多い」という書き方に含みがある。どこからどのように獲得するのかが曖昧なところだ。お話の中で星が出現する場面は「痛み」と「ときめき」を感じた時だった。それらは瞬間的に出現し次第に減衰していく感覚だ。だからこそ「慌ててかき集める」必要があるのだろう。

 また晴香と明が「メニューを眺めるが、料理名を見てもよくわからない」というのも、単にフランス語だからとかいう理由ではなく、そもそも人語ではなかった可能性もある。そもそも、そのように集めた「星」と「グルメサイトのランキング」に関係する星とは無関係としか思われない。だから晴香は「すっきりしない顔」をするのだが、運ばれてきたシャンパンを飲むと機嫌がよくなってしまう。シャンパンに何か薬物が混ざっていた可能性が疑われる。そして登場するハリウッドスターはあまりにも場違いだが、晴香はそのスターにウインクされて最大級の星を発するのだ。店員はその星も「もちろん」「獲得して、籠に入れ」てしまうのだ。

 そのあとおいしい食事の間は一切星が出てこない。本来最も重要なはずの「美味しい」という感情からは全く「星」が生じないのも奇妙である。

 そして最後、プロポーズが大成功で、最大限に感極まった場面においても、「星」は現れない。そこで「シェフ」が「せっかくなので」とこれまでに集めた星が入った籠を開け放つと「星がレストラン中に降り注」ぐのだが、あれほど星の獲得に貪欲だった店員が誰一人その星を「拾おうとはしなかった」のである。それはなぜか。

 このレストランは扉の張り紙にあったように「星の獲得が多い店」である。だから店側の全ての行動は「星を獲得すること」のために行われている。「プロポーズ」にふさわしい場所を求める人の検索語に引っ掛かりやすい検索語の設定も、「プロポーズ」にふさわしい雰囲気作りも、まさにそうしたシチュエーションの人間からなら、たくさんの星を採取できるからなのではないか。ハリウッドスターも当然、「星」を採取しやすくするための一品に過ぎない。

 そして最後、籠の中の星を浴びせかけられた晴香と明は、それらの作用によって無数の星屑と化してしまったのだ。

 これが冒頭のラスト三ページが圧巻である二つ目の理由だ。「店」は大量の星の獲得に成功したのだ。

 と、いう着想に思い至ったという点が「痺れた一文」の理由である。

以上

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