18.『シスター』makihide00さん

「そして、ほとぼりが冷めた頃、生まれ変わるんだ……(『シスター』makihide00さん)


 芸能人はある意味で「記号」として存在している。それは取り換え不可能なユニークさを備えながら、常に他の記号と取り換えられる不安と戦い続ける存在である。

 作中、芸名の問題が取り上げられている。わたしはオーディションアイドル達が、本名で活動している点を危惧する者である。

 本名での活動は、オンとオフの切り替えがひじょうに難しいのではないかと思う。芸名の自分と本名の自分。という区別は形式的なものであれ、重要だったのではないかと思う。今は、アイドルとしてのキャラ付けが極端になっており、同じ名前で人格を入れ替えるがごとき日常を送らねばならない点、自己同一性(アイデンティティー)を保持するためのケアを、会社はきちんと行っているのだろうか。


 海千山千のマネージャー「田所」(このネーミングは秀逸だ。まさに「田所」以外ありえない)は、芸能活動の面では非常に頼りになる存在である。芸能人が記号で代替可能であることや、そこに付与されるべき物語の効果、などを熟知しているのである。

 当初、主人公は、自首するつもりだった。それは「園山今日香」としての判断ではなく、本名の自分としての判断だった。だが「田所」は自首が「芸名」の死を意味すると説明し、芸名は記号だということを利用したプランを勧める


 ……園山今日香は死んだ


  心中を演出するにあたっては「遺体」が出ない方法を採用したと思われる。「田所」は、『容疑者Xの献身』(東野圭吾作)の犯人のように別の遺体を用意するほどのリスクは負わないだろうし(いや、負ったかも?)、遺体が出てしまうとあまりに「リアル」になってしまう。ここでは「心中」もまた「記号=イメージ」でなければならなかった。

 本名非公開の「園山今日香」にとっては、同じ本名のままで新しい芸名「園山明日美」を演じるだけだ、と思っただろう。とはいえ、本当に「本名」はそのままで「芸名」だけを挿げ替えるだけで済んだのだろうか。「バカルデイー」が「さま~ず」になり、「海砂利水魚」が「くり~むしちゅ~」になったり、「新加勢大周」が「坂本一生」になったり「能年玲奈」が「のん」になったりすることは、本名のほうに何等かの影響を及ぼしはしないだろうか?

 名は体を表すという。

「主人公」は芸能界に生き残るため「園山今日香」を殺し、なおかつ「本名」の方にも「その双子の妹」という血縁関係を捏造しなければならなかった。「双子の妹」という設定は単に「園山明日美」だけの属性というわけにはいかなかった。血縁関係は、「西城秀樹の妹」や「EXILEの弟分」というような記号とは違う。「姉」から「妹」になるということは「本名」の存在の本質が変わるということである。

 この属性は「園山明日美」になるためには必須だった。つまり、「本名」が「芸名」に喰われたのである。仮面が、仮面の下の顔に食い込んでしまった「園山明日美」は、本人が思っている以上に変質する。

 成功した「園山明日美」には「香川修二」という恋人ができる。だがその関係が「劇中の役柄そのまま」だということは示唆的だ。

 「園山今日香」と「園山明日美」の本名が記されないこととは対照的に、「香川修二」は性急に「本名」を明かし、「本名」によって「園山明日美」に殺されなければならなくなる。「本名」とは血の歴史に他ならない。それは「今日香-明日美」という物語などとは比べ物にならないほどシリアスな肉体を備えており、「本名」からの追求を適当にごまかす術はない。

 「結婚」を迫る「香川修二(青山修二)」の申し入れは、戸籍を偽っている主人公にとってはあまりにも非現実的な申し入れであり、かつ、それによって自らの存在が抹消される危険をもはらむ行為なのだから。

 かつて同じ過ちをした際は真っ先に自首を考えた主人公だったが、本名を喰われてしまった今回は「本当は三つ子でしたって、ダメ?」と悪びれることなく「田所」に連絡する。主人公にとって、現実もまた入れ替え可能な記号化してしまっていたのである。


「そして、ほとぼりが冷めた頃、生まれ変わるんだ……


 読み終えてから、この一文に、その世界観の根底にある命の軽さを感じさせてくれたところが「痺れた一文」の理由である。

以上  

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