5.『星を飼う』たけながさん

痺れた一文。

そのときに必要なのが、物語です。(『星を飼う』たけながさん)


 幾度読み返しても、この話には遠くの星を眺めているかのような「遠さ」を感じていた。それは確かに見えているのだが、目をこらせばこらすほど輪郭がぼやけ、すり抜け、にじみ、流してなどいない涙の感覚に、そっと目頭をぬぐってみたりしてしまう。

 はっきりと書かれているようで、はっきりと書かれていない。しかしそれを感じる。

 主人公の寂しさ。生きることのはかなさ。人生の短さ。人と分かり合うことの難しさ。分かり合えるという幻想の哀しさ。原初の恐怖。暗黒。

 深い無音の「虚無感」がこのお話の背後に、宇宙空間の如く広がっている。いや、その宇宙空間にぽつんと灯っているのが、このお話だ。

 「プラアクアリウム」の詳細かつ曖昧な説明の中で、「選択」した星を「生き物のように」「動けるようにしてあげ」るために「必要なのが、物語です。」と店員は告げる。それを聞いた主人公が「星と一緒に過ごす生活、悪くないかもしれない。」と思ったところで、「***」という区切りが記され、章が変わり、その冒頭に「あれから、僕は星を飼うことにした。」という文が記される。

 この「あれから」という言葉が不思議だった。

 その後の描写も「プラアクアリウム」の説明のように、詳細でありながら「曖昧さ」を醸し出すように注意深く記され、「星を飼う」のに必要なはずの「物語」は明示されない。

 主人公はケージの中で飼っている星の幻想的で可愛らしい姿を見て、ふふ、と笑いながらチューハイを飲む。その直後に、部屋の開けたカーテンから、ケージの中の星たちと一緒に夜空を見上げながら、ふと、「ケージの中にいる星たちは、本物の星を眺めながら何を考えているのだろう。(後略)」と思い、ケージの中に閉じ込めた自分は、ケージの中の星たちにとって、どんな存在なんだろうかと考える。「やがてケージの中の星たちは散らばっていって、何事もなかったみたいにそれぞれで泳ぎ始めた。」とここで「***」という区切りが来る。

 この区切りも非常に微妙な部分にある。

 この次の章の冒頭は、前章のラスト「(…)で泳ぎ始めた」の直後にそのまま続けてもまったく問題がない内容だからだ。むしろ、ここで章を変える意味が、通常では全くないのである。だが、この話は、ここでは章を区切らねばならなかったのだろう。それはもしかしたら、「星のための不可視の物語」に関わるのかもしれない。


 このお話は「夢」のような構造で成り立っていると思った。「夢」のなかでは展開が展開を招き、そのつながりが荒唐無稽であろうが、時系列が狂おうが、破綻することはない。むしろ全てのシークエンスがなめらかにつながっていると感じながら夢を見ていることが多いのだ。この話もとても読みやすく、テーマも、主人公の内面の葛藤も、それを解消するための行動も、一見スムースに連なっているように感じられるのである。

 もう一度ペットショップにいって「先日の店員に聞いてみた」ときの店員の第一声は「ペットを飼う理由、ですか」だった。

 ここでも主人公が具体的に、どんな質問をしたのかは書かれていない。それから店員はこう続けた。

「(前略)人間が愛でるために生み出された生き物はたくさんいます。けど、ここにいる子達はみんな大切にお世話をしてきた子達なので、飼い主さんにも大切な家族として一緒にいてあげて欲しいですね」

***

 ここからは、私の妄想なので読み飛ばしてもらいたいのだが、

 始めてペットショップに行ったときの描写に、気になる部分があった。

「餌のコーナーへ行くと、視界の端に茶色く蠢く無数の何かが見えた。何だろう? と思って視線をやらなければよかった。黒光りする、すぱしっこくて時々飛んだりするあいつらだった。/見てはいけないものを見たような気がして、そそくさと立ち去る。」

 「ここにいる子達はみんな大切にお世話をしてきた子達なので(後略)」


 主人公は本当に「星」を飼っているのだろうか?


「あれから、僕は星を飼うことにした。」

「夜になると、部屋の電気を暗くする。そうすることで、一層星の輝きが増すのだ。(後略)」

「なんというか、不思議な光景だ。確かに、ケージの中で意思を持っていて星たちが動いている。(後略)」

「時々こちらを観察するように近づいてきたかと思えば離れていって、星同士でつつき合ったりしている。(後略)」

***

 そして最後もう一度「***」で章が区切られ、最終章として、店員に勧められた「星」に与える「本来であれば必要ない」「餌」を、星が喜んでいる場面が描かれている。


このように、本来であれば必要のない私的なあらぬ妄想の物語を思ってしまうきっかけになったことが「痺れた一文」の理由だ。

以上。

 

 

 


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