3.『うさぎさんときつねさん』のりてるぴかさん

 痺れた一文。

「僕はロケットだったの?」(『うさぎさんときつねさん』のりてるぴかさん)


 「わたしどうなったの?」は、事故で一瞬で首を切断された生首が近くの人に尋ねたという、都市伝説における恐ろしくも哀れな一言だったな、と思いながら、この一文を選んだ。


それはさておき。


 どこかで聞いたことのある筋立てに沿って進んでいくこのお話を、ソワソワしながら読み進めたら、そのまま「おしまい」の文字。

 だがその直後、期待通りのちゃぶ台返しで、ストーリーは一気にSFへと様変わり。うさぎからロケットへの変形シーンは、緊迫感と、有無を言わせぬ迫力がある。


「胸元がパカリと開くと、うさぎの首がありえない角度で前に傾き体内に収納され、代わりに銀色に輝く突起物が空に伸びました。」という描写は、たちどころにスチームパンクの世界を現出させる。ロボット変形のシークエンスを忠実になぞりつつ、うさぎはロケットになり、それが自分の本当の姿だときつねに知らされるのだ。


 「僕はロケットだったの?」


 というセリフが、これほどぴったりくるお話を作るのには、相当な技術が必要だと思う。導入として用いられた話はある意味で「偽の友情」がテーマだが、それを「真の友情」テーマへと変容させ、しかもきつねが抱き続けていたであろう、うさぎや月に対する微妙な心理的葛藤も十分に伝えてくれるのだから。

 さらに驚かされるのは、こうした豊かな背景を読み手に伝えるのに要する文字数の少なさだ。全てが自然で読みやすく、それでいてアニメを見ているかのように世界観が伝わってくることに感動する。


 「僕はロケットだったの?」


 うさぎがこのような状態になったのは「ウサギ擬態モードに入ったまま事故により記憶を失くし」たためだ。うさぎが月に興味を示すようになるのを、きつねはずっと待っていたのだろう。それはおそらく記憶が戻りかけている兆候だからだ。きつねは、うさぎが月からやってきたことを隠蔽し続けなければならなかった。本来は、事故の直後にきつねはうさぎを破壊しなければならなかったのだろう。だがきつねはその規則(もしくは命令)に背き、うさぎを見守った。うさぎ擬態モードは地球上で活動するためのものだ。事故は地球着陸後に起こったのだろう。

 きつねが、記憶を取り戻したうさぎとの「約束」にこだわる理由が、この事故に関連があると思う。おそらく、うさぎが記憶をなくした原因はきつねにある。きつねは責任を感じていたのだ。

 「月は退屈なところだからね。それが嫌で僕も地球にやってきた。」ときつねは言う。つまり、うさぎが地球にきたのは、きつねが退屈な月を出るために必要だったからである。その結果、うさぎは記憶をなくすほどの事故に見まわれた。


 「僕はロケットだったの?」


 知能を持つ宇宙船といえば、2001年宇宙の旅のHAL9000、キャプテンハーロックのトチローを思い出す。うさぎもまたそのようなものだったのかもしれない。

 また、ブレードランナーで、自分がレプリカントだと知らされたものの戸惑いや悲しみ、怒りなども、思い起こされる。

 しかしうさぎは、身体がロケットになったとしても、魂はまったくかわらず、当初の「ショック」をひきずることなく恐れや恨みは感じていない。あたかも、仏教における法身が、うさぎやロケットという応身として現れているのだというように。そう考えると、前半のエピソードにある月の実像と鏡像の対比が、また違う意味を示唆してくる。鏡像を捨てたとき見出された実体。だが、その実体もまた、自らの目に映る鏡像ではないのか。そもそも月は本当に月だったのか、と。


「僕はロケットだったの?」


 月が欲しかったうさぎは、自らのルーツに迫ったところで、本当に大切なものが何かに気づく。終盤。きつねの目に光る涙は、赦されたものの安堵の涙だったと思う。うさぎはきつねと地球に帰還し、操縦者とロケットとしてではなく、友達として過ごしていくことだろう。


と、このお話を象徴していると感じたのが、「痺れた一文」に選んだ理由だ。

以上。

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