第110話 希望

子供の症状は比較的軽いものだったため完全に治ったのか分からないが効果があることは確かなので次の工程に移る。


俺は村長に感染がうつらないように洞窟以外の広い場所を提供してもらう。


集会などで集まる大きめの家屋を何件か用意してもらい、そこに布団を大量に集め家全体をクリーンで清潔にする。


次に食べる物と飲み水は沸騰させた物と焼いた物を食べてもらう。


栄養バランスを考えて用意してもらう。


さらには聞き取りを再度してもらい、全員が食べたであろうものはしばらく提供しない。


感染の予防などは転生前の知識がかなり役に立つ。


何が原因か分かっていないので徹底的に知識をフル活用し、まずはこの広間を中心に衛生区域を広げていく。


魔力も限界があるので今日は準備段階だけで終わってしまった。


今日の寝床を巫女さんが用意してくれていたのだが、俺は病気で苦しんでいる者達の洞窟で泊まらせてもらう。


村長も巫女さんも俺の身を心配して反対したのだが、俺が断固として譲らなかったのでしぶしぶだが納得してもらった。


俺は大量のおしぼりやタオルを持って洞窟に戻った。


この洞窟には200人以上の人が横たわっている。


この村だけではなく他の村からも運ばれてくる場合もあるのだとか。


島全体でこの病が恐れられている証拠だ。


洞窟の中では暗い話が飛び交っていた。


「もう明日には俺もあの世行きかな?」


「そんなの私もよ」


「もっと人生生きたかったなー」


「そうね。かりにこの病が治ったならば貴方は何がしたい?」


「そうだな、嫁を抱きしめたいな」


「素敵ね。私は恋がしたいわ」


「俺はこの島のために鬼退治だな」


「私はこの島以外を見てみたい」


「お、大賢者様に憧れているタイプだな」


「この島の伝説のあのお方に憧れない奴はいないだろう」


「またこの島を助けてくれないかなー?」


「もう500年も昔の人が助けてくれるかいな」


「そうだな。海が魔物の活性化で渡れなくなってからはこの島に誰も来やしない…」


その会話の最中に俺は目が合った。


「そう言えば見ない顔だが。何処の村のもんだ?ここに来たってことはお前もか?」


「どうでしょうね。ただ皆とここで一晩過ごしてみたくて」


「自殺志願者か?一度ここに訪れるともう帰れないぞ」


「私はスキル持ちなので大丈夫ですよ。なので皆さんの要望やお世話をお手伝いしたいと思いまして」


「ほ、本当か?」


「はい。クリーンの魔法も使えるので手紙なども渡せますよ」


「え、本当に。子供に愛してるって伝えたいの」


「俺もカミさんに謝りたいことが…」


「時間はあります、紙とペンを大量にもらってくるので待ってて下さいね」


俺は大量のペンと紙をもらいに行き再び洞窟へ戻った。


彼らは今泣きながら手紙を書いている。


死を悟った者達にとっては、書ききれない程の想いがあるのだろう。


こんな時にソンミンが居てくれたら歌ってもらえたのにな。


そう言えばタンバリンに似た楽器があったな、上手い下手関係なしに歌おうかな。


俺は歌には想いが宿ると思っている。


なので急いで楽器をとりにいった。


洞窟に戻ると皆が手紙に夢中になっているので、俺は静かに歌いだした。


「暮れーなずむ町のー 光と影のー中」


日本の曲を思い出した時、この曲が何故か頭に浮かんだ。


俺が歌っていると、1人、また1人とペンを置き歌に耳を澄ます。


俺はこの人達に悲しみの先に希望があるという想いを込めて感情を込めて歌った。


歌い終わったころには拍手が沸き起こった。


「いい歌ね」


「なんか病だとしても頑張ろうって気持ちになれたわ」


「歌なんていつぶりだろう」


「気持ちが沈んで歌うことも忘れていたな」


皆が思い思いに喋り始めた。


死んでいた目をしていた者達が、すこしだけだが顔を上に向け始めたのだ。


「よかったら皆で歌いませんか?」


こうして俺はこの村の歌を教えてもらいながら一緒に楽しんだ。



翌日。


「さぁー、ご飯ですよ。おしぼりで手を拭いてからしっかり食べて下さいね」


「今日はいつもよりも豪勢だな。何かあった?」


「祭りの日ではないな」


「今日からは栄養をつけてもらいますよ。すこしでも病と闘って長く生きてもらいますからね」


俺の言葉に皆がビックリしている。


「俺達のために嬉しいが、結界の件もあるし戦士達のために振る舞った方がいいんじゃないのか?」


「そんな悲観的にならないで下さい。もちろん頑張ってくれてる戦士達にも振る舞っているので大丈夫ですよ」


「食料を取り行く人もいないのに…どうやって?」


「皆が寝ている間にすこしずつ状況は変わっていってるのですよ。気になるなら病を治して自身の目で見て下さい」


「そんなこと言われても…、死を待っている私達にはキツイ言葉だわ」


「何を言ってるんですか、病を緩和できる薬が作れるかもって話もでてますよ」


「ほ、本当か?治るのか?」


「それは分かりません。ただ、緩和された先に病が治る可能性だってあります。もうゼロではないのです。一緒に頑張りましょう」


俺は敢えて治るとは断言しない。


この村の人達なら大丈夫だと信じたいが、人は治るとわかる途端に俺を先に治せと言う者がでてくる。


こんなに相手を大切にしている村の人々がいがみ合う姿を見たくないからだ。


こうして俺は村の人達に徐々に希望を与えながら、影で1人、また1人とゆっくりと治して行くのであった。

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