レイチェルとモエカ サイランside

「げっ! 目が合ってしまった……!」


 騎乗でメソメソと泣いていたクソガキが、突如としてサイランの眼を捉えようと魔術をかけてきた。あの小鳥はサイランの魔術で作り上げた人工的な鳥だ。魔術で捉えられないようにプロテクトをかけている。


 さすがはプロの魔術師。あの様子ではサイランの眼であることに気付いたようだ。


「くっだらないことでメソメソと泣きやがって。道の往来で恥ずかしいヤツだな」


 親父に愛されなくてどうこうと騎士団長に愚痴っていたようだが、そんなことでメソメソと泣くとは。いかにも苦労知らずの王子だ。



 こちらも体勢を整えねばならない。一旦はクソガキ一行監視の重点度を落とし、協力者の選別といこうとサイランは方向転換をする。


 そのためには国内の事情を探らねばならない。王太子付近で候補となりそうなものはいないか……。サイランは王宮付近、王太子邸宅、第一騎士団、第一師団の詰め所などに使役鳥を放つ。


 ついでにナルメキアにあるキャッツランド公邸付近にも使役鳥を放ってみる。キャッツランド人の話す噂話にも何かのヒントがあるかもしれないからだ。


 サイランは特殊能力で、何羽もの鳥の情報を一度に受け取ることができる。気になる情報があれば、その情報をズームで拡大してさらに観察する。


 

――あれは……?


 サイランは気になる光景を目にする。それは、王宮でも王太子邸宅でもない、ダンジョンへ続く道沿いで拾ったものだ。


 意図せずに映されたその光景に引っ掛かりを覚え、その付近を飛ぶ鳥にターゲットを少し追うように指示を飛ばす。


 二人連れの冒険者風の女だ。二人ともダンジョン通いによってボロボロになった衣装に似合わず、美しい。


 そのはずだ。一人は王太子の元婚約者。剣聖と呼ばれた先々代のナルメキア軍軍団長・キングダム将軍の孫娘――レイチェル・キングダム伯爵令嬢。


 輝く明るいブロンドの髪をポニーテールで結び、腰にはごつい剣を帯びている。祖父譲りの剣の才があり、噂によるとフランツのような騎士団の上位騎士を負かすほどの腕前のようだ。


 王太子は召喚した聖女に惚れ、このレイチェルを観衆の集まる中、派手に婚約破棄をした。


 そのレイチェルと一緒に歩いているのが、意外なことに婚約破棄の原因となった美しき召喚聖女、モエカ・ヒイラギだ。モエカは召喚聖女とはいえ、聖属性値が0の偽聖女だった。


 王太子は納得しなかったようだが、結局は婚約には至らずに神殿を追い出されたと言う。


 追い出された後のことは知らないが、レイチェルと共に一丁前の冒険者となったようだ。聖属性以外はチートレベルに高い数値を叩きだした魔術師の卵だ。なかなか立派な杖を背負っている。髪はレイチェルとお揃いに黒髪をポニーテールに結っている。


――意外な組み合わせだな。なぜこの二人がタッグを組んだのか。


 王太子妃の座を巡って、恨みはあっても仲良くなるなんてあり得ない。


――いや……そうでもないか。


 ルーカスによれば、レイチェルはルナキシアの推し活をしていたという。それも推しのレベルではなく、ガチ恋勢だったと言う。


 王太子ではなくルナキシアに惚れているわけだから、王太子に婚約破棄されようが大してダメージはない。王太子も整った顔立ちではあるものの、中身も含めればルナキシアよりも遥かに劣る。


 逆に王太子に恨みを抱いているといってもいい。観衆の前で、惚れてもいない男に恥をかかされたわけだからだ。


 そしてそれはモエカも同じだろう。王太子が主導で行った召喚で呼び出されたにも関わらず、王太子の力が足りないばかりに神殿から捨てられたのだ。


「やっぱり9層以上潜るには盾のレベルが足りないわ。でもそんなレベルを耐えられる盾っているかしら?」


「生身の人間だとちょっとムリだよね。でもいいんじゃない? 8層まででもコツコツとドロップ品集めれば。――様だって、ムリするなって言ってたじゃないの」


「でも、なるべく早くお金溜めないと」


 名前は聞き取れなかったが、――様という人物の推し活でもしているのだろうか。金が足りないらしい。


――王太子に恨みを持っているだろうし、金でこいつらを引き入れられるか……。


 腕は充分すぎるほどあるだろう。途中までそう思い、すぐにムリだと悟る。肝心の暗殺対象はレイチェルがガチ恋をしているルナキシア、そしてルナキシアの従弟なのだ。大金をぶら下げたところで乗ってくるハズもない。


 レイチェルは婚約破棄された後に実家と揉めたようで、キングダム家を飛び出している。偽聖女とつるんで何をしているのやら。


 サイランは興味を失くし、使役鳥をこの二人から引き離した。



 サイランはもっと二人を深く追えばよかったと、後に後悔することになるのだが、当然この時は知る由もなかった。

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