演技派王子、ナルメキアの事情を探る ラセルside
「なんか目が腫れてない? 大丈夫?」
ベイテルクは目が腫れてるラセルと、少し疲れた顔のビスを見て、剣を差しだしてきた。
「なかなか凄いものが出来上がったよ。今日は君の彼女は来ていないんだね。一緒に見てもらいたかったけど」
「ごめん、彼女は来れなかったんだ」
剣を抜いて、その時に息をのんだ。剣から優しい光が放たれている。あの時、カナが使った魔法そのままの状態だ。
「見ているだけで優しい気持ちになれる光ですね」
カナが唱えてくれた「いついかなる時も彼を守りますように」という言葉を思い出す。カナが精いっぱいの気持ちを込めて作ってくれた剣だ。
カナが同情で自分を好きになってくれたのか、これまでの恩を感じたのか、どこかしら魅力を感じてくれたのかはわからない。
だが、この剣から間違いなく感じるのは、カナからラセルへの真摯な愛情と信頼の気持ち。カナがラセルを守ってくれている。
「う……ッ……カナ……」
ラセルは剣を鞘に仕舞って、そのまま胸に抱き寄せた。涙がまた溢れて止まらない。
「ど、どうしたの?」
「あの、すみません。この人、ちょっと情緒不安定で……」
困惑するベイテルクに、ビスがフォローを入れてくれる。
「ありがとう……グスッ……あと、あの借りた剣が壊れて……」
泣きながらお礼を言い、フランツとの戦いで壊れた剣を思い出す。
「ああ、失敗作だから気にしないで。これはあの剣とは強度が比べものにならないから安心していいからね」
◇◆◇
「なんか親父に愛されてなくても、国から死んでもいいやーって思われててもなんかいいかって思えてきた」
カナ一人に間違いなく愛されているという事実が、ラセルの心を満たす。ほくほくした気持ちで腰に帯びた剣が、ラセルのメンタルを安定させている。
「別に愛されてないわけじゃないですし、死んでもいいとは思われてないですから。アークレイとかいうクズの言うことは気にしないで行きましょう」
少し引き気味のビスのフォローもあって、ラセルはダビステアのクラーク伯爵の家に着くころには、いつもの王子様スマイルを維持できるようになった。目の腫れもヒールで治しておく。
ここから先は王子として演技しなければならない。気品よく馬から降り、クラーク伯爵家の使用人に微笑みながら馬を預けた。
「じゃあ行ってくる」
「お気を付けを」
ビスを待たせ、用意された応接室に通される。七番目とはいえ王子。クラーク伯爵も丁寧な対応をしてくれる。
クラーク伯爵が現れると、完璧な貴族の挨拶をしてみせる。
「お久しぶりです、クラーク卿」
「相変わらずお元気そうですね、ラセル殿下。サリエラ殿下とのお話はまとまりそうですかな?」
クラーク卿はおだやかでオシャレなイケオジで、グレーに染まった髪を丁寧に整えている。
どうやらサリエラ王女との縁談は貴族の間でも知れ渡ってるらしい。国王陛下が「こいつでいこう!」と乗り気な証である。
「国元の父と相談の上、回答させていただきます」
聖女と結婚するから無理、とは返さないでおく。相手の心証を害しては必要な情報が得られない。
ダビステアは世界で第三位の軍事力を持ち、キャッツランド同様、ナルメキアを警戒している国だ。直接的な武力闘争はないが、ナルメキアと国境に近い国で軍事衝突が起きると間接的に支援をしている。
ナルメキアもダビステアを刺激しないように注力しているが、両者は緊張関係にある。
「最近はナルメキアの情勢はどうなのでしょうか。王太子殿下が聖女召喚をされたという噂がありますが」
切り出すと、クラーク卿は何を考えているのか不明な、穏やかな表情のままだ。
「そのような噂がありますが、正式に発表はされておりませんね。失敗に終わったのかもしれません」
あのもえもえはどうなったのか。しかしもえもえを知っていることを、クラーク卿に知られるわけにはいかない。
「殿下がお連れになっている聖女……聖魔法の使い手、が、その召喚聖女なのでは? とダビステア内部で噂になっていますよ。確か、ヒルリモール公爵の娘と言う話でしたが……」
「それはないです。彼女は召喚されたものではありません。間違いなくヒルリモール卿の娘です」
そこは即座に否定しておく。そのための公爵令嬢捏造でもある。
「そうなのですか。まぁそれはいいとして、殿下が聞きたいこととはなんでしょう?」
ストレートに聞いてきた。こちらも回りくどいことで時間を取られたくないのでここは都合がいい。
「ナルメキアの王子間のことですね。四名の殿下がいらっしゃいますが、彼らの関係性はどのようなものでしょうか。我が国でも情報としていただきたいものでして」
「ああ、殿下は確か、先日ルーカス殿下から酷い暴行を受けたと聞き及んでおりますよ。アイゼル殿下を庇ったとか」
――ここまで話が広まってるのか!
ラセルは背中に冷や汗をかきながらも爽やか王子様の仮面は外さずに応対する。
「ルーカス殿下のアイゼル殿下への態度があまりに酷くて、つい声をかけてしまったのです。御気分を害したようでして」
本当に酷いんですよ、あの人、というような演技で自分が
「ルーカス殿下もローガン殿下も、アイゼル殿下をかなり下に見ているといいますか、人前でも構わずに罵ったり、暴力を振るったりなさるのですよ」
「それは酷いですね。アイゼル殿下はとてもお優しい方ですよ」
本当は、とてもお優しいだけの青年ではないのだが、そこはラセルとアイゼルだけの秘密だ。
「皆、殿下と同意見です。だから、アイゼル殿下を庇ったラセル殿下は素晴らしいと大評判ですよ」
大評判とは……王子らしからぬ行動もたまには役に立つものである。
「それはそれとして、王太子殿下とはどうでしょう?」
一番聞きたかったのはここだ。黒幕の黒幕がまさかの王太子は避けたい。
「王太子殿下は、アイゼル殿下とは良好な仲を保っておりますが、例の二人とは非常に仲が悪い……というよりは謀反を恐れているように見受けられます」
「謀反……穏やかではないですね」
「先日の聖女召喚も、王太子殿下の失態、とルーカス殿下もローガン殿下もしきりに周囲に広言されているようです。その噂が王太子に行かないわけもなく、かなり緊張した状態のようです」
――なるほど。読めたな。カナを攫おうとしたのは、王太子の失態を攻撃し、本物の聖女を連れてきたぞってドヤるつもりなんだ。
単なるドヤるだけではなく、その功績で、王太子に取って替わろうとしている。つまり今回の犯行は第二王子単独と見ていいだろう。
「ちなみに、ルーカス殿下とローガン殿下はどうでしょうか? 敵の敵は味方といいますし」
クズ二人に結託されても面倒だ。
「あのお二人はお互いに見下しあってますね。今は王太子という共通の敵がいますが、ルーカス殿下が謀反に成功したら、次はローガン殿下との血みどろの争いがありそうです。そこに付けこむ隙がありそうです」
ナルメキアの国が荒れるのを周辺国はほくそ笑んで見ている。政治の汚さと厳しさを感じる。
――俺も、人前で自分の兄貴と喧嘩するのはやめよ。
改めてそう決意するラセルであった。
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