サイコパスな前王が見ていた未来 シリルside
欠けた月を眺めてから、シリルは左手の刻印に視線を移した。刻印は満月の夜に一層輝きを増して、シリルの魔力をより盤石なものとした。
カグヤの地にいる兄に共鳴するように――。
カグヤの地に放ったフクロウが、羽音をたててシリルの元に戻ってきた。シリルの肩に乗り、見てきた情報をシリルの脳内に送ってくれる。
魔術を専門に学んだわけではないが、シリルにも中級魔術師並の魔術の能力がある。情報の共有については、ラセルにも匹敵する技術を持っていた。
――やっぱり兄上……陛下は素直に引き受けてくれなかったか。
国王任命からのラセルの一連の行動を把握した。
自暴自棄になって敵に決闘を申し込み、自殺未遂を引き起こすなど、国のトップとしてあるまじき姿だ。しかし、仕方がないとシリルは思う。
兄は政治家を志しておらず、後継ぎとして帝王学を授けられたわけでもない。平民の学校へ通い、その後はカグヤの貴族学校を経て、魔術師の専門学校へ進んだ。政治学とは無縁の教育を受けてきたのだ。
しかも、最近ではヒモになりたいなどと口にしていたようだ。恋人もまた庶民派で、国王よりもヒモがいいとまで言っている。
そんな男がいきなり国王に任命されたのだから、逃げ出すのも無理はない。
「まぁ……今回は大目に見て、叱るのはやめておきますか。王妃様がシメて下さるでしょうし」
苦笑してフクロウを撫でた。
ラセルのことは、農政長官として活躍する長兄と同じくらい好感を持っている。公平で努力家で、心根が優しい。彼を慕う臣下は多く、どちらかと言えば女性よりも男性に好かれる人物だ。
なぜ、女神が彼を国王として指名したのかわかる。ラセルには突出した魔力と「みんなの兄貴」として崇められるようなカリスマ性があるのだ。
――そして、私に求められる役割は……。
「シリル、風邪をひくよ」
テラスでフクロウと戯れているシリルを、心配した叔父が呼びに来た。
叔父は前王弟だ。16歳から成長が止まったため、シリルの弟のような容貌だ。しかしそれは見た目だけのことで、立派なアラフィフ男子だ。精神面では成熟し、国のブレーンとして絶対的な権力を保持してきた。
「不老不死でも無理をしてはいけない。きちんと身体を労わるんだよ」
叔父は父と違い、心から甥達を心配してくれている。だがシリルは、叔父を悲しませる決断をしている。
「叔父上――」
「お前の気持ちはわかっているよ。本当は……例の半殺し事件の時に処罰するべきだったのにね」
シリルは各国へ
世界には、ナルメキア第二王子のような、国王や王太子に反発をもつ王子、貴族が数多く存在する。それが自らなのか、側近なのか、はたまた他国のスパイにそそのかされたのか、謀反を起こす。
キャッツランドのような大国には、当然他国からのスパイも入り込んでいる。いくら警戒したところで向こうもプロなのだ。防ぐのも限界がある。
芽を摘んでしまうのが一番いい。そして国王陛下のカリスマ性を損なわずにクズを始末するためには、王弟である自分が泥を被るべきなのだ。
「叔父上、陛下が帰ってくる前に掃除を済ませておこうと思うのですが」
それを言うと、叔父は優しく首を振った。
「それはいけない。シリルが汚れ役をすべて引き受けることは陛下の望むところではないだろう。また、陛下がそれに慣れてもいけない」
陛下、は当然新国王であるラセルを指している。
「始めの汚れ仕事は二人でやりなさい。長い在任中、君達はずっとバディを組み続けるわけだからね」
「しかし、それでは陛下のカリスマ性を損ないます」
「そうでもない。苛烈な為政者であることを国内外に見せつけることもまた、カリスマ性を高めることに繋がる。恐らくは……そのために、あの二王子を生かしておいたのかもしれないよ」
叔父は悲しそうに言って苦笑した。
キャッツランド国王には国王就任と同時に特殊な能力が芽生える。
前国王の特殊能力は【
時折、夢の中で未来を予知しては、飛び起きて叔父や宰相の屋敷へと突撃し、突拍子もない指示を飛ばす。彼が名君と呼ばれる所以は、すべてこの特殊能力からきている。
その特殊な予知夢で、二王子粛清に伴う国内外の効果を予見していたのかもしれない、と叔父は言う。
しかし前国王は、特殊能力を除けば為政者としての資質はまったくない……ようにシリルは感じている。普段は王宮の一室で侍女と戯れているだけだ。すべては叔父と宰相で政治を回していたのだ。
父親としても最低である。カリスマ性を引き立たせるためとはいえ、息子に兄弟殺しを押し付けている。自分が父として、二王子をまともに育成できなかったのがそもそもの原因であるのに。
「叔父上は、父上とバディを組んで良かったですか? 僕はあの人がいい国王だったように思えなくて」
シリルが声を落としてそう言うと、叔父はシリルの頭をぽんぽんと叩いた。
「確かに息子であるシリルから見たら、いい父親ではなかったし、いい国王にも見えなかっただろう。でも仕方がなかったんだ。我々の兄弟、従兄弟の中で彼が一番魔力が高く、あれでも一番まともだったんだ」
「あれで? どんだけ叔父上の兄弟はレベルが低いんですか?」
「まぁ、そう言うな。お前の兄弟だって似たようなものだろう。王家に生まれた、それだけで俺は偉いんだ、と勘違いするのも無理はない。周りがチヤホヤするからね」
クズオブクズの二王子達を思い浮かべた。彼らは秀でた能力もないくせに、臣下や国民を下に見ている。そのくせ、自分よりも強いものには媚びへつらう。
最近では、シリルの姿を見かけると、逃げてしまう。シリルからよく思われていないことは本人達もわかっているのだろう。
「その点、ラセルを平民の学校に行かせたのは良かった。ヒルリモール卿の功績だが、陛下――兄上は、ヒルリモール卿だけには、ラセルが後継ぎであることを伝えていたんだ」
「なんと……! そうだったのですか」
「カグヤに行くことも、ヒルリモールの次男坊を傍に置くよう指示したのも兄上だ。兄上には見えていたんだ。ラセルがカグヤ王太子を盟友に世界の覇者となる未来が。そしてあの次男坊は、利口だし、優しい子だろう。ラセルのことを常に怒ったり励ましたりしながら、共に歩んでいける秘書官になれると踏んだんだ」
確かにカグヤ王太子はラセルを弟のように可愛がっている。恋のバトルを経た後は、真の盟友となるであろう。
キースにしても、ラセルの幸せを最上位において、シリルにも歯向かってきた。あの友情と忠誠心は、幼き頃より育まれたものだったのだ。
それを予見したのが、父王――。
「外交特使に任命したのも、未来を予見したからですか?」
「……そうだ。兄上には見えていた。もう一人の盟友――覇者となるには欠かせない人物との出会いが。彼女がキャッツランドへもたらす富と栄光は計り知れない。ラセルは盟友と共に、歴史に燦然と名を刻むだろう。その裏にはボンクラな前王の影響がある。覚えておきなさい」
ナルメキアで聖女召喚があるらしいと伝えたのはシリルだ。面白がってヤジウマに行った兄が、まさか聖女を連れ帰ってくるとは考えもしなかった。
それまで見えていたとは――ボンクラ国王、恐るべし。
「それにしても父上は今、どこにいるんでしょうね……」
刻印が輝いた満月の日。父は、兄に呼応するように高熱でうなされるシリルの元へやってきた。あらかじめシリルが新王弟であることを知っていたので引き継ぎは充分にやった。それはいいのだが……高熱で苦しむ息子に向かって、満面の笑みでこう言ったのだ。
「あーーー! やっと解放されるぅぅぅ~。ありがとう! これで俺は自由の身だ! 初恋の人に会いに行きたいなぁ。あの子はラセルに負けないくらい綺麗な黒髪でね……」
意味不明に浮かれる父を、シリルは渾身の力でぶん殴った。それが最後の別れである。
「せめて、兄上には挨拶くらいするべきでしょうが! ほんと、最低な父です」
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