共鳴による半生ロードショー②

 魔力が安定してからは、キャッツランド王族特有の能力も開花した。猫に変身できる能力だ。


 カグヤ王宮は突如として現れた、愛らしい黒猫に夢中になった。


「どこに行っても猫になれって言われる」


 ぼやくラセルに、キースは嬉しそうに返した。


「それがお前の持ち味なんだからいーじゃんか」


 キースは心から、ラセルの魔力の目覚めを喜んでくれた。


 キースと共に、カグヤ貴族が通う学園へ通った。貴族の御令嬢も多く在籍し、キースは彼女達にモテモテだったが、ラセルはそうでもなかった。


「なんでラセルは女の子の前で喋れなくなるの?」


 キースには不思議に思われていたが、ラセルにも謎だった。女の子は苦手だ。相手が自分に好意を持てば持つほど喋れなくなる。


 それに貴族の女の子はどこか高慢で、平民をバカにしているのが嫌だった。ラセルは魔力が目覚めてからも、自分は平民だという意識が抜けなかった。



 やがて、ラセルはルナキシアに匹敵するほど魔術の腕も上達した。評判を聞きつけたナルメキアの王立魔術アカデミーから入学の誘いがきた。


 キャッツランド王家に伺いを立てると、ぜひ入学するようにと返事が返ってきた。


 ルナキシアもナルメキア王立魔術アカデミーに通っていた。彼とは一年ほど在籍が重なった。そこでもいろいろと面倒をみてくれた。


 魔術アカデミーでは様々な国の人と友達になれた。


 

 ナルメキアの平民は日々貧しく、つらそうだった。ラセルはたまに平民の街へ繰り出した。余計なお世話と思いつつ、人攫いから女性を救い続けた。どうしても見過ごすことができなかったのだ。


 これはナルメキアの問題だ、と公邸から叱責されてもやめることはなかった。



 ラセルは魔術アカデミーを主席で卒業後、すぐに上級魔術師の資格を得た。


 カグヤを経由し、キャッツランドへ戻る。しかし王宮内の邸宅に入ろうとすると足が竦んだ。


 兄達に殺されそうになった恐怖が蘇るのだ。


 父である国王に「今だから言うけど」とそれを打ち明けると、王宮の敷地の外れに別宅を用意してくれた。兄達とは会わずに過ごすことができた。


 第七王子邸宅の侍女として仕えてくれた男爵家の令嬢レイナは、貴族の令嬢にしては珍しく、全く他人を下に見ることがなかった。


 ラセルの嫁にいいのでは? とキースに勧められたが、彼女は別の人物が好きだったようで、うまくいくように不器用なアシストをしてやった。



 キャッツランドにいる期間に、騎士王選手権と、魔術師グランプリという、騎士と魔術師のナンバーワンを決めるイベントがあった。


 王子でも参加することができる。ただ、王子の身分でそこまで武術と魔術を極めるものは稀だ。参加したこと自体が珍しがられた。


 騎士王では近衛騎士団長に僅差で負けはしたものの、魔術師グランプリでは圧倒的な強さで優勝することができた。


 ラセルを苛めた兄達は、高成績を残したラセルを手放しに賞賛した。所詮、やられたことは覚えていても、やったことは忘れるのだ。兄達から賞賛されるたびに、手の平返しはうんざりだと思った。


 ラセルは王宮での暮らしを窮屈に感じていた。王族貴族よりも、平民と触れ合っていたほうが楽しかった。頻繁に王宮を抜け出して、平民学校時代の友人を訪ねたりを繰り返していた。


 友人の一人は近衛騎士になっていた。友人からこれはまずいと忠告されたが、ラセルは聞かなかった。どうせ兄弟の誰かが即位すれば、自分は王族ではなくなる。平民として生きていきたいと強く願っていた。それを話すたびに宰相から叱責された。


 しばらくすると、国王から「外交特使をやらないか」と言われた。外交特使という職業はこれまでなかった。国王は「ラセルには広く世界を見てきてほしいんだよね」と言っていたが、体のいい厄介払いだと感じた。


 だが、素行の面で宰相から叱責される日々であったし、この国から出られるならと引き受けることにした。


 ラセルはキャッツランドという国が嫌いだった。猫が大勢いるのはこの国のいいところだと感じたが、それ以上の思い入れが何もないのだ。


 外国巡りが主な仕事だったのに、第七騎士団の募集をかけたら、入団希望者が溢れかえるほどの人気だった。ラセルが恋のアシストをしてやったビスも、入団希望を出してきた。


 ビスはラセルに次ぐ実力がある騎士だ。本当に第七騎士団でいいのかと尋ねた。彼なら近衛騎士でも勤まる。


 すると彼は、ラセル殿下だから守りたいんだと言ってくれた。ラセルはこんな自分を慕ってくれる人がいるのか、と本当に嬉しく思った。



 外交特使をしていると、飢餓に苦しむ国、貴族の圧政に苦しむ国民を見る機会が増えた。


 ラセルは胸が潰れるような思いだった。しかし、外国の末端王子である自分には、できることは何もないのだと無力感に苛まれた。


 ラセルは、その場で自分を頼ってきた人の頼みは極力引き受けた。優れた魔術と剣術はそのためにあるんだと思った。


 ある時、聖女召喚の話をダビステアに滞在中の弟王子から聞いた。ナルメキアに行って、聖女とはどんな女の子なのか、見てみたいと思った。


 ナルメキアで目力がやたらと強い女の子に出会った。彼女に猫で近づくと、強烈な共感が起きた。


 初めて人間の女の子と共感した。その半生はどこか自分に似ていた。


 あの睨みつけるような視線は、周囲に舐められないようにと、必死に自分を守ってきた証だった。


 彼女は貴族ではなかったから、当然平民を下に見るようなことはなかった。逆に、王子であるラセルや貴族のキースのことが嫌いなようだった。


 というよりは、男全般が嫌いだったのだが……。


 共感が起きてから、もう一人の自分を見るような気持ちになっていた。彼女は聖女だ。間違いない。迸る特殊な魔力と魔術を跳ね返すという離れ業がその証拠。


 聖女でなかったら結婚したいとひそかに思ったが、結局、彼女は聖女として目覚めてしまった。


 彼女を信頼できる人に紹介し、自分は彼女を守る一介の騎士になりたい。その紹介相手はルナキシア以外に考えてはいなかった。


 自分は身分が低い第七王子。夫にはなれない。そうは思っていても、彼女に惹かれていく気持ちは加速していく一方だった。


 第七王子でいいのだろうか、と何度も自問自答を繰り返した。しかしキースや弟にお尻を叩かれて、告白までこぎつけた。


 彼女とは3カ国廻った。まだまだいろいろな国を一緒に見たいと思った。その頃には夫婦になれているはずだ――と。



 しかし、突如現れた女神――。



 もともと国王や王太子とは結婚したがらなかった彼女。彼女の意思を守りたかった。それならば自分は身を引くしかない。彼女と八百屋を開業するという夢がむなしく消えた。


 国王となれば、彼女を守る騎士にもなれない。


 何の思い入れもない国の王になる。縛りつけられ、好きでもない女と義務的に王位継承者を作る。そんな人生に何の意味があるのだろうか。


 それならばここで人生を終わらせたい。そこで思いついた。


 彼女の害虫を払う――女神から授かった力で。


 そして、ダンジョンならば魔族領だ。もしかすると女神から与えられた不死の呪いも、半分くらい効かなくなるかもしれない。



――俺の人生、なんだったんだろうな。


――でももうこれで終わり。


 みじめな人生だったのかもしれない。しかし、最後に恋ができた。彼女と過ごした時間は輝いていた。できれば自分の手で幸せにしたかった。


 もうそれは叶わない。


――カナ、どうか俺のことは忘れて。幸せに暮らして。



○●○



 ふわっと意識が戻る。突如として流れてきた、一人の男性の半生の記憶。


 深い絶望と悲しみ。強くて弱い彼の心の奥底にあるものが、包み隠さずに見えてしまった。目から涙が止まらない。彼の代わりに泣きたい、そして彼を絶対に死なせはしないと強く思う。


 もつれる足で先に進むと、そこでレイナ達が呆気に取られて立ちすくんでいる。


 目の前で一人の魔術師が、たった一人で巨大なモンスターにあり得ないほどの強い魔力をぶつけている。


 花火のような眩さで、魔術がモンスターの身体に当り炸裂する。衝撃の激しさに息を呑んだ。


 終わると彼は茫然と肩を落としていた。あんなに死ぬことを望んでいたのに、それが叶わなかったからだ。


 彼に駆け寄って、思いっきり抱きしめた。


「えっ……カナ?」


 ところどころ傷だらけのラセルが振り返る。


「なんで泣いてるんだよ?」


 困惑した顔をするラセルの胸倉を掴んで引き寄せた。


「あんたのせいでしょうがっ!!!!!」


 そのまま勢いよく5発思いっきり往復ビンタをした。


「なんであんたの人生のロードショー見せられなきゃいけないのよ! なにが『カナ、どうか俺のことは忘れて』よ! 勝手なことばっかり言わないでよ! 忘れられるわけないじゃない! バカーーッ!!」

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