共鳴による半生ロードショー①
ギルドに7層の中ボス討伐と申告し、私達は足早にルナキシアパーティーとしてダンジョンへ入る。
途中の階のボスは、ルナキシア殿下と随行の騎士、魔術師さん達で倒してくれる。私とレイナは彼らにヒールをしながら先へと進む。
「あいつ、昨夜号泣しながら、もう生きていたくない! って言ってたんだよ。ガチなやつだったのかも」
「ま、まだ殿下が決闘に負けると決まったわけじゃないじゃないですか! うちの殿下は強いんですよ!」
「そ……そうですよ! 案外圧勝してルンルンで帰ってくるところに出くわすかもしれないですし!」
震えながら語るキース達に、ルナキシア殿下は厳しい表情だ。
「残念ながら圧勝はない。相手の方が上手だ。恐らく……ラセルは負ける」
それを聞いて、キースとビスが泣きだした。
「俺のせいだ……ッ! 俺があいつを一人にしたから!」
「キースだけのせいではありません! 殿下をお守りする騎士団長として私は失格です!」
ラセルにもしものことがあったら、それは私のせいだ。
私は確かに国王や王太子と結婚なんてしたくない。でも……改めて思う。私はラセルが第七王子だから好きになったんだろうか。
例えば、始めから彼が王太子だったら? 王太子がゴロツキ相手に格闘するはずがないけれど、もし、あの時助けてくれたのが王太子だったら、私はどうしただろう。
王太子が自分が闇に呑まれても構わないと、私を守るために攻撃魔術を撃とうとしていたら? 聖女じゃないから価値がないなんて言うな、と心から励ましてくれたなら?
私は王太子を好きにならなかっただろうか。彼が迷い、苦しみながら国王になると決めたなら、私は力になると言わなかっただろうか。
王妃として彼を支えると考えなかっただろうか。
ダンジョンの角を曲がるたびに、ラセルが倒れていないかとヒヤヒヤする。確か、聖女様が残してくれた本に、蘇生の方法も書いてあったはずだ。
禁忌の魔術であっても、私は彼を助けるためならなんでもする。そう心に決めていた。
6層を突破したところで奇妙なモンスターを発見する。地面をにょきにょきと進み、こちらに迫ってくる。
よく見たら人間の男だ。深紅のボロボロの服を身にまとい、芋虫のように縛られて必死に進んでいる。
その人はルナキシア殿下を見上げてから「ルナキシアッ!!」と恨みの声をあげた。
ルナキシア殿下は眉をひそめる。
「私は君に呼び捨てにされる覚えはないが」
冷たく返すルナキシア殿下の足元に、芋虫がすがりつく。
「あのバカ野郎を助けてくれ!」
「バカ野郎って私の従弟のことか? サイラン・アークレイ」
えっ!? と一同の注目を集める芋虫。フッとルナキシア殿下は微笑した。
「それ、私の可愛い従弟にやられたのかな?」
ルナキシア殿下は縛られた縄を指差した。
「う……うるせぇぇ!」
キーッ! とサイランは発狂した。
「早くイカれた野郎を助けてくれ! 7ボスをソロでやろうとしてるぞ! あんたの可愛い従弟だろ!」
ルナキシア殿下は微笑を消し、俊足の魔術で先に進む。私たちも後に続く。その時不意に、声が聞こえた。
――ずっといらない子扱いだったくせに。手の平返しはうんざりなんだよ。
はっきりと聞こえた、心の声。その突如、一気に私の中に膨大な量の記憶が流れてくる。
○●○
まるで映画のような世界だった。
たくさんの本が並んだ部屋がある。図書館のようだ。
部屋に穏やかな日差しが降り注いでいる。
綺麗な黒髪の7歳くらいの男の子が部屋を彷徨っている。
愛らしい顔立ちの少年だった。彼は背伸びをして本を取ろうとしていた。
そこに少し年上の少年たちがやってきて、彼の本を取り上げる。
「なに王宮の図書館に出入りしてんだよ、平民が」
「……兄上達がボクを平民と呼ぶから、平民がどんな生活をしているのか調べていただけだ」
震える声で反論する少年の頭上に、兄達が魔術で水を出現させた。水浸しにされ、俯く少年を兄達は嘲笑った。
「お前はこれもできないだろ? 魔術も使えないやつは王族じゃない。貴族にもなれない。出ていけよ」
少年はその場では泣かなかった。部屋に帰ってからベッドの中で泣きじゃくった。
「……ねぇ、殿下。もう父上にこのこと言ってもいい? ひどすぎるよ」
同じ年くらいの淡い茶色の髪の少年が、泣きじゃくる少年の頭をタオルで拭きながら尋ねる。
「もう見ていられないよ」
「殿下って呼ぶな! 名前で呼ばないと返事しないからな!」
「……わかったよ、ラセル」
「それと……このことは絶対に言うな」
学校に通うようになると、ラセルには大きな自信となる特技ができた。
剣と学問だ。
魔術と違い、努力すればするほど伸びるそれに、ラセルは夢中になった。しかし、王族貴族の証とも言える魔力は依然として目覚めなかった。
「お前は平民でもできる剣と学問しかないな」
「早く出ていけよ。王宮が汚れる」
兄達の嫌がらせは、風魔術を使って階段から突き落とす、火で服を燃やした後に水をかけるなど、段々とエスカレートしていった。攻撃魔術には当らなくても、防御魔術が使えない子供には命の危険すら感じるものだった。
「ごめんね、ラセル。命令を破って父上に言っちゃった。だって、あの人達ひどすぎるよ……」
公爵令息のキースは父の公爵に、兄王子達の卑劣な行為を洗いざらいぶちまけた。公爵は国王にラセルを引き取りたいと直談判をした。
ラセルは8歳で王宮を離れ、公爵の屋敷へと移った。公爵の一家はとても優しかったが、その家でも魔力がないのはラセルだけだった。疎外感を感じた。
ある時、ラセルは公爵に尋ねた。
「ヒルリモール卿、僕はずっと兄上から平民とバカにされていたのですが、王族はなぜ平民をバカにするんですか? 平民を守るのが王族なのに」
ヒルリモール公爵は微笑み、ラセルの頭を優しく撫でた。
「貴方の兄上が愚かなのですよ。貴方は真の王族になれるでしょう」
「でも、僕はそろそろ王子をクビになりそうです。どうやったら立派な平民として生きていけますか?」
「クビにはならないだろうが……いい機会だから、平民の生活も学んできてはどうだろう?」
ラセルは異例中の異例として、身分を隠し、公爵の家から平民の学校に通うことになった。魔術の授業もないから丁度いいということで、国王陛下も止めなかった。
キャッツランドは豊かな国なので、平民でも暮らしが苦しいということはなかった。唯一の貴族との違いは、職業選択の自由があることと、生活の中に魔術がないこと。
ラセルはこれまで以上に学問と剣術に励んだ。結果を残さないと、唯一の庇護者である公爵一家からも見捨てられるのではと恐れた。
ある時、キースが尋ねてきた。
「ラセルは、もし王様になるとしたらどんな王様になりたい?」
無邪気にそう聞く親友に、ラセルは呆れた。
「俺は魔力がないから王様はムリだよ」
「そんな細かいこと考えずに答えてよ」
ラセルは少し考えてから答えた。
「平民を一番大事に思う王様。だって王様ってなんのためにいるの? みんなのためじゃん」
ラセルは平民の学校で、学問でも剣術でも常に一位という高成績を残し続けた。官吏か騎士になろうか、ラセルは幼いながらも将来の道筋を考えていた。
ある日突然、ヒルリモール公爵がラセルに隣国のカグヤへ行くことを勧めてきた。
「カグヤの王子は貴方と歳が近く、騎士としての実力は抜群です。早いうちから外国を知るのもいいものですよ」
優れた剣士である王子に会うのが楽しみな反面、ラセルは申し訳なく思っていた。公爵は自身の息子であるキースにも、同行を指示したからだ。
キースを家族から引き離してしまったことに、罪悪感を覚えていた。
「ごめん、俺のせいだ。家族から引き離してごめん。ごめんなさい」
カグヤへ向かう船の中でそう謝ると、キースは明るく笑ってくれた。
「ラセルは謝ってばかりだね。気にしなくていいよ、俺もカグヤに行きたかったし」
ラセルはルナキシア王太子殿下と出会い、さらに剣の実力を伸ばしていく。
ルナキシア王太子は剣の稽古を付けてくれる時は厳しかったが、普段はとても優しかった。実の兄の100倍も優しかった。
あんな王子になりたいとラセルは願った。と同時に、なれるわけないと妬ましい気持ちにもなった。自分は無価値だと落ち込むたびに、キースがそんなことないと慰めてくれた。
そしてルナキシアもまた、ラセルを認めてくれた。
「ラセルは強いよ。魔力なんかなくたって、剣だけで生きていける。君は一流の騎士になれる。でも、魔力もそのうち目覚めるよ、きっと」
ルナキシアの強い暗示は、ラセルの中に少しずつ蓄積されていく。そして暴発するように魔力が生まれた。
魔力が目覚めた後、しばらくは魔力が安定せずに身体の不調が続いて、周りに迷惑をかけ続けた。どうして自分はこうもダメなのか……落ち込んでいたところに届いた「王位継承権剥奪のお知らせ」
キースに語った夢のことは忘れていた。王様になんてなりたくなかった。しかし、ラセルはキースに申し訳なく思っていた。
「ごめん。俺が国王になれたら、お前も出世できたのに。やっぱり俺はいらない子だ」
「またそんなこと言ってる。王様じゃないといらない子なの? そしたら王様以外みんないらない子になっちゃうよ。ラセルは勉強はできるのに、ちょっとバカだよね。それに出世なんて始めから期待してないから勘違いしないでよ」
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