ダンジョンでの心中 ラセルside

 互いに至近距離から杖を構え、術を唱える。


「ウインドバリアカッター! ファイヤボルト!」


 どうせ結界を張るんだろうとラセルは考え、事前に結界破りをした後に攻撃魔術を仕掛けた。


 結界を完全に破ることはできなかったが、ダメージは与えられたようだ。


「ぐっ……スピードだけはあるな。さすが脳筋。ブラックヘルバリア!」


 背後から結界に囲まれ、ラセルは思わず転倒した。


 ――げっ……息ができない。


 窒息させる系の攻撃結界のようだ。


「そこで死ね!」


 しかしラセルには魔術の他、もう一つの武器がある。カナに祝福の魔術を加えてもらった剣だ。祝福の剣には最高級の魔石を埋め込み、魔力も強化している。ラセルは剣を一閃させて結界を破った。


「メガファイヤランス! メガポイゾストリームアタック!」


 立て続けに攻撃魔術を放ち、間髪いれずに近接戦に持ち込む。


「エクリプス・マレファクトム!」


 剣で襲いかかるラセルに対し、サイランは行動不能の呪いをかけてくる。動きを弱めた上で、的を定めて攻撃を撃ってきた。


「アイスアロー!」


「……ッ」


 サイランが氷の矢を無数に放った。ラセルは剣で応戦するも、何発かは身体を貫いた。


 剣で跳ね返した時に、サイランの腕にも矢が刺さる。


「うぐ……ッ」


 サイランは呻き、でもすぐにヒールをかけた。身体能力はあまり高くないとラセルはほくそ笑む。


 しかし、身体能力が低く攻撃自体は地味ではあるが、使用する魔術がラセルと相性が悪い。魔術師の腕としては、サイランの方が上だ。結界破りも不完全な状態で、攻撃の効き目も想定より低い。


 唯一ラセルが勝っているのは、技を繰り出すまでのスピード、後は身体能力というところか。


「アビスブラストバリア!」


 今度は呼吸と魔力を封じる結界。機動力で突破口を開こうとするラセルにとって、呼吸封じは痛手だ。そこにまた地味な攻撃魔術を加えられる。


「いってぇな……はぁ…………やっぱ……ダメか」


 肩で激しく息を吐いて、ラセルは左手に視線を移す。そんなラセルをサイランは嘲笑った。


「降参か? 降参しても命は助けてやらないけどな」


「生きて出るつもりはないと言ったはずだけど。実を言うと、俺は45%しか力を解放していないんだよね」


 45%は適当な値である。


 左手に魔力を込め、眩い光が左手の甲に集まる。帝王の刻印の解放――ラセルのオーラは、刻印の解放前とは比べ物にならないほど強烈だ。


「な、なんだそれ!?」


 サイランは愕然とした表情を浮かべ、思わず一歩下がった。


「お遊びはここまでだ」


 ラセルはこのセリフが言いたかったのだ。本来の実力でサイランに勝てないことはわかっていた。しかし刻印の力を解放すれば勝機は変わる。

 

「メガボルト! ボルトブラスト!」


 放った雷二発は結界を容易に破り、サイランは雷の衝撃で地に転がる。呻くサイランを、魔術で作りあげた縄で芋虫のように縛りつけた。


 魔術封じの縄。サイランとの待ち合わせ前に用意していたものだ。


「これで、俺の聖女の騎士としての最後の仕事が終わった」


 ラセルは晴れやかな笑みを浮かべる。


「言っておくがこの縄は特殊なヤツで、俺以外は解除できない。俺が死んでも解除されない。先輩はここで死ぬか、一生芋虫で生きていくんだ。俺の聖女に盾突いた罪は重いからな」




 ◇◆◇



 炎を灯し、ワイバーンの肉を炙る。


 そこに手持ちの調味料を振りかけ、さらに持参したウィスキーを片手に、ラセルは晴れやかな面持ちで肉をほうばる。


「うーん……やっぱワイバーンの肉は硬いな。まぁ調味料でごまかせるし肉は肉だし。先輩にはやらないからな!」


 勝利の晩餐である。


「……聞いてもいいだろうか」


「肉はやらねぇよ。先輩のドロップした肉も寄こせよ」


 ラセルはふふふーん、と旨そうに肉を食す。


「肉はいい。なぜお前はここでメシを食ってるんだ! 愛しの聖女のところには戻らないのか!?」


「あ?」


 アルコールも進み、目が据わってきたラセルに、サイランはギョッとする。


「お前……泣いてるのか!? なんなんだお前!?」


 据わってきた目には汗ならぬ涙が溢れている。ラセルは強引にサイランの口にウィスキーを注いだ。


「げほっ! なにすんだ!」


「実は俺、振られちゃってさー」


 変な猫耳女にストーカーされ、彼女に振られ、強制的にブラックな仕事を押し付けられ、もう生きているのが嫌になったと酔いどれ泣きながら語る。


「そんな時に先輩のこと思い出してさー、先輩って彼女にとって害虫じゃん? 最後にそれを払って死んでいくっていうのもいいなーとかさー」


「……お前って王子じゃなかったっけ?」


 するとラセルは突然激昂し、調味料の瓶をサイランに投げつける。


「王子なんてやってられねぇぇぇぇんだよ! ボケ! クソが!」


「……お前、大丈夫か? メンタルやべぇな」


「やべぇよ! 俺はやべぇヤツなんだよ! だからここであんたを道連れに死ぬって決めたんだ! 共に死んでくれ!」


 ラセルはまた泣き叫び、ウィスキーを呷った。


「し……心中か。そこまで俺への愛が深かったのか……」


 サイランは辺りを見渡した。何かの気配を感じる。


「そういや……ワイバーンを殺ったのってどれくらい前だっけ?」


 ダンジョンの敵は討伐すると消滅するように見える。


 しかし、核となる部分は残っており、ダンジョン内に散りばめられた魔族特有のオーラが集まり、時間が経てば無限に復活する。


「そろそろ……復活するんじゃないのか?」


「先輩、気付くの遅いっす」


 ふらふらとラセルは立ち上がる。そして杖を構える。


「そうだ。この時を待っていた。俺の不死をダンジョンのモンスター達は破れるのだろうか。そしてソロでどれだけダメージを負わせられるのだろうか。ふっふっふっ」


 ダンジョンのオーラが一点に集まろうとしている。ワイバーンの復活が近い。


「ひっ……バカ! 早く逃げろ!」


 サイランは芋虫のまま、にょきにょきと脱出を図る。


「言っておくけど、先輩。ここで死ななかったら一生芋虫だ。俺しか解除できないんだからな」


「バカ! てめぇも早く逃げろよ!」


「芋虫の一生か、ここで死ぬかだな。ふっふっふっ」


 サイランは芋虫の方を選択したのか、必死にうごめいている。


「まぁ、いいか。俺一人で」


 復活するワイバーンを恍惚とした表情で見つめ、これまでの人生を回想した。


 思い返せばみじめな人生だった。母からは捨てられ、父からは相手にされない。兄からは虐待じみたいじめを仕掛けられ、養育された公爵家では自分だけが魔術を使えない。


 宰相からも、筆頭王宮魔術師からも見下され、邪魔にされ。王兄になるかもしれないと噂されれば手の平を返したように媚びられて。


 国王? いらない子じゃなかったのか? 


 自嘲すると涙が込み上げた。心残りはカナのことだが、きっと大丈夫だとラセルは確信している。ルナキシアがなんとかしてくれる。それにシリルだって彼女を守ると誓いを立ててくれたのだ。


――カナ、どうか俺のことは忘れて。幸せに暮らして。


「ファイナルファイヤボルト! ファイナルファイヤプロージョン! エンペラーレイジハンマー! エンペラーファイヤバースト! エンペラーボルトハリケーン! エンペラーファイナルファイヤバスター!」


 魔力が空になるくらいの攻撃の連鎖をした。思い残すことはもうない。


「さ……さぁ、お前のターンだ。お……俺は一切防御なんかしないんだからな!」


 身構えるも、ワイバーンはきらきらと輝き、そして、消滅した。


 コロコロコロ……と足元にドロップ品が多数転がる。


「げ……うそ。なんで?」


 茫然とするラセルの後ろに、いつの間にかギャラリーが集まっている。


「す……すご! ソロで7ボスやるヤツ初めてみた! さっすがキャッツランドのカリスマ!!」


「最後の大技、初めて見ました。本気の殿下はカッコいいですね」


「バーっと早口でしゃべるのすごいですね! よく口が回るなって思っちゃいます! 舌噛まないんですか?」


「ラセルの凄みは早口だけではなく、発動のスピードだ。あの早さで発動できる魔術師は唯一無二じゃないかな」


――聞き覚えのある声の数々。振り向きたくない。


 その時、激しく泣きじゃくる声がした。そして後ろから抱きしめられる。


 その瞬間、心がふわりと軽くなっていく。自分の代わりに痛みを引き受けて泣いてくれているような感覚。


 この感覚――もしや……共鳴……?

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