芋虫の活用

「頭いたい……」


 あのロードショーの後、ずっと余韻に悩まされている。夢にまで出てきてしまった。


 それにしても、あのクズオブクズと呼ばれたお兄さん達、ムカつくなぁ……。平民をバカにして! 


 The・平民としては腹が立って仕方がない。大体あんた達がのんべんだらりと生きていられるのだって、平民の税金でしょ、きっと。


 あームカつく!


 ラセルの情緒不安定さの原因もわかってしまった。あの幼少期のせいだ。命の危険にすら晒されていたのだ、実の兄によって。


 唯一の救いはヒルリモール家、そしてカグヤ王家に可愛がられたこと。でも、それすらあの人は心から信じ切ってはいなかった。自分はいつ捨てられるのだろうと、心の奥底で怯えていたのだ。



「カナ様、顔色が悪いですね……」


 レイナが優しくヒールをかけてくれた。


「うーん。変なロードショー見せられちゃったからなぁ」


「変なロードショー?」


 レイナ達は見ていないようだ。私だけに流れてきたんだ、あの映像が。聖女の特殊能力なんだろうか。


「ねぇ、レイナ。レイナはラセルの家庭環境ってどのくらい知ってるの? 彼だけ、別宅が用意されていたんでしょう?」


 レイナはずっと第七王子付きの侍女だったのだ。レイナがビスを好きにならなかったら、ラセルはきっとレイナを妻にしただろう。


「うーん……私もよくわからないんです。ビス様のサーディン伯爵家のご紹介で第七王子邸にお仕えしたんですけど。殿下って自分で家事もやっちゃうから、侍女としてはちょっと迷惑だったんですよねぇ。仕事取り合いになっちゃうし」


 そういえば、家事くらいできるってラセルも言ってたっけ。本当に庶民派な王子様だったんだね。


「あのシリル殿下が仰っていたクズなお兄様とは仲が悪いと言うか、一方的に殿下が避けてる感じがしましたよ。こういってはなんですけど、少し怯えてるっていうか。あの人達を怖がっているように見えました。たまに遊びにくるキース様も、お兄様達が傍にくると殺気立ってましたし」


 トラウマはそう簡単に克服できない。今は腕力も魔力もラセルの方が圧倒的に強いだろう。でも、幼いころに植えつけられた恐怖心はぬぐえない。


 ラセルの心の闇を知ってしまった。隠しておきたかっただろうに。罪悪感が込み上げてくる。おまけに5発も殴っちゃったし。



 気分転換にと中庭に出ると、キースがポーションを飲みながら歩いてきた。


 ロードショーのせいか、キースがより身近で、オアシスのような存在に感じる。これは私の記憶や体験じゃないのに。


「あ、おはよー、カナ。先日の往復ビンタ、さいっこうだったよー」


 満面の笑みではあったが、随分と疲れているようだ。


 結局あの後、ラセルはルナキシア殿下とキースに説得され、うなだれて王宮まで戻ってきた。私のヒールは相変わらず効かなくて、結局は自分でヒールしたようだ。その後ルナキシア殿下とキースで3人で部屋に籠ってしまった。


 あれから丸二日経ったけど、ラセルとは会っていない。キースが付きっきりで説得しているようだった。


「おはよう。なんかごめんね。私のせいなのに……あなたの大切な主君をぶん殴っちゃって」


 あのロードショーから、キースがどれだけラセルを大切に思っているかがわかった。ただの臣下ではない、深い友情と愛情を感じる。


「謝らないでよ。逆に殴ってくれて感謝しかない」


 キースは柔らかく笑った。


「あいつのしたことは許されないことだから、誰かがぶん殴らないといけなかったんだ。でも、他国の王太子であるルナキシア殿下にも、臣下の俺にもそれはできない。カナにしかできなかったんだ。マジで感謝! 本当にありがとう!」


 大げさに感謝されてしまった。


 確かに許されないことだ。禁止されているダンジョンでの決闘もそうだし、自分の命を捨てるような真似、絶対に許しちゃいけない。彼の気持ちは痛いほどわかるのだけど……。


「ラセルは元気になってくれた?」


 それだけが心配だった。うなだれて肩を落としたラセルは、魂が抜けてしまったかのように見えた。私が殴った後、消えそうな声で「ごめん」と一言だけ口にした。


「残念ながら、まだ元気はない。けど、納得はしてくれたみたい。俺も側近として頑張らないとなー。うちの国王って、他の国よりもすっごく権力強いの」


 憂鬱そうにキースはそう言った。


 そんな権力をあの残念な男に持たせて大丈夫なのか、と思いつつも、なぜ女神が彼を選んだのかもわかってしまった。


 彼は常に、誰かを守る側に立ちたがった。平民を守るのが王族の使命だと思っていた。平民だとバカにして、弱い者いじめをするような人とは違う。


「うちの国王はね、白を黒と言ってそれが通用しちゃうの。逆らう人は誰もいないし。国王ってだけでみんな平伏しちゃう感じ」


「そりゃヤバいね。なんでそんな制度なの?」


「それでうまくいってるからじゃない? 歴代の国王、全員名君なの。そういう人しか女神は選ばないんじゃないかな」


 それで長子相続ではなく、ランダムに女神が選ぶシステムなのか。本当に任せられる人しか選ばない。そして国王は神に近い能力を得る。さすがファンタジーな世界。


「そういう国ってキャッツランドだけ?」


「俺の知る限りではね。カグヤもダビステアも普通の国だし、王様も普通の人間だよ」


 なるほど。王族が猫になれる国だけがファンタジー色強めなのか。


「私、なぜか7層のボスに行く直前に、ラセルの記憶がばぁ~って流れてきちゃったの。彼の幼少期からこれまでの人生、彼の奥底にある思いまで見えちゃって」


 俯くと、キースが笑い出した。


「それ、ラセルも言ってたよ。間が悪いことに、あいつが死ぬ前の人生の振り返りをしている最中にカナが共感しちゃったみたいなんだよね」


「共感? なにそれ?」


「特殊能力の一つ。猫のラセルも持ってるよ。相手が悲しんでる時に気持ちが自分に入り込んで、相手の痛みを肩代わりしてあげるという能力みたい」


 そうか、振り返ってる最中だったから、壮大な半生が流れてきてしまったのか。確かにものすごくしんどい……。まだ悲しい気持ちが残ってるというか。


「ラセルの方が詳しいよ。自分も持ってる能力だし」


「そっかぁ……なんか会うの恥ずかしいな。本当だったらそういうの見ちゃいけないものだよね。プライバシーの侵害しちゃった。謝らないと」


 いくら恋人でも、見られたくないものはある。明るく振る舞っているラセルの闇。誰も想像すらできないはずだ。


「あいつの内面ってどんな感じ?」


「そんなの言えないよ。でも……とてもキースには感謝してるみたいだった。キースがずっと、ラセルを守ってたんだもんね」


 そう言うと、キースは照れ始める。


「俺の方こそ、ラセルにはたくさん感謝してるよ。いつも宿題手伝ってくれたし。俺がそこそこいい成績でアカデミー卒業できたのも、子供のころからラセルに勉強見てもらってたからなんだよね。あいつはいい家庭教師だったよ」


 キースは昔を懐かしむように目を細めた。


「あ、そうそう」


 急にキースが思い出したようにハッとした。


「ルナキシア殿下から伝言頼まれてたんだっけ! これから芋虫を主な魔術師で囲んで、魔術講座やるんだって。カナも興味あったら来てねって」


「芋虫ってなんだっけ?」


「ほら、あのうにょうにょ呻いてた、ルナキシア殿下を呼び捨てにしてた」


「あーっ! あの人か!」


 ナルメキアでトップの魔術師で、ラセルの憧れの先輩だ。芋虫のまま王宮の地下牢に入れられちゃったんだっけ。ルナキシア殿下がサディスティックに芋虫をいじめていた光景を思い出した。


「なんかカグヤの魔術師達が盛り上がってたけど、俺、そういうのよくわかんないからさー」


 キースはこのまま寝ると言って去って行った。



 ◇◆◇



「さて、じゃあ例の誓約無効の結界の作り方を教えてもらう。10秒後、やり方をゆっくり頭の中に再現させろ。ゆっくりだ」


 ルナキシア殿下には猫のラセルと同じように、魅了のスキルがある。


 暗示と魅了で指示をかける。魔力を封じられた芋虫は、抵抗できずにうつろな目をしている。


「イグニスレフレクティオ……からの、メリディオビジョン」


 次にラセルが、例の脳内の映像を読み取る魔術を使い、その場にいた全員の脳内に、読み取った映像を送る。相変わらず便利な魔術だ。


 脳内に芋虫が詠唱し、結界ができあがる光景が浮かんでくる。そして、その詠唱の魔術理論なんかも相まって入ってきた。


 その場にいた魔術師はカグヤでも幹部級の人達だ。みんな感動のあまり歓喜の涙を流している。


「これは、カグヤ魔術師界の革命ですよ! こんなやり方でナルメキアの魔術が丸裸にされるなんて!」


「難易度が高そうですが、後でやってみますか!」


「これは魔術師界の奇跡ですよ! 闇の誓約さえ突破できれば……!」


 でもそれは、危険な誘惑だ。


 魔術師達の熱狂を、私は醒めた気持ちで眺めていた。

 


 魔術師が放つ攻撃魔術の威力は計り知れない。私はラセルがダンジョンで放ったものしか見たことがないし、あのレベルの攻撃を他の魔術師ができるとは思えないけど。


 でも、もしあれを戦争利用なんてしたら大変なことになる……。ルナキシア殿下は何を考えているんだろう。

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