芋虫の活用 ②
「さて、続いては今回の件について話してもらおうか。この話は……宰相や王国軍統括軍団長、外務長官も呼ぼう」
ルナキシア殿下は魔術師達に、カグヤの幹部の人達を呼ぶように伝えた。そして私に視線を移す。
「これからのことは、キャッツランドにも関わることだ。国王陛下の秘書官殿も呼んでもらえるかな」
ラセルは後ろ姿しか見えない。私はラセルと話がしたいのに。
仕方なく、「わかりました。キースを呼んできます」と伝えて部屋を出た。ラセルはそれにも無反応だった。
◇◆◇
さっき寝るって言ってたしなぁ、と思いつつ、コンコンとキースの部屋のドアを叩いた。
「ふぁ~だれ~?」
国王陛下の側近だというのに、締りのない声が返ってくる。
「私だよ。ルナキシア殿下が呼んでるよ。なんか偉い人たちも来るみたい」
中からバタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。着替えをしているんだろう。ドアの前で待っていると、公爵家に相応しい貴族の正装で部屋から出てきた。
気品のある公爵様のようだ。やっぱりキースもお坊っちゃまなんだなぁ、とこんな時に思う。
「誰が来るの?」
キースは尋ねた。
「宰相閣下とか、軍の幹部の人達だって。あの……ラセルのことなんだけど」
機械的に魔術を操作していたラセルのことを伝える。表情は見えなかったけれど、どんな気持ちなんだろう。私がいることは気付いているのに、話しかけてこなかった。
往復ビンタを怒っているとか? ロードショーを見られたことを気にしているとか?
そのことを話すと、キースはうーん、と難しい表情だ。
「あいつもかなり無理をしているんだ。本当はベッドに蹲って泣いていたい気分なんだろうよ。でも立場がそれを許さない。わかってあげてよ」
キースはぽんぽんと私の頭を撫でた。
「宰相を呼ぶってことは、もう魔術講座じゃないんでしょ?」
キースが話を戻す。ラセルのことは一旦おいておこう。
「今回のことって言ってたから、一連のテロの件じゃないかな」
サイラン・アークレイは、第二王子の側近中の側近だ。いよいよ第二王子との間で、どんなやり取りがあったのかが暴露される。
「……キャッツランドも関わる話って言ったんだよね?」
「うん。そりゃ、キャッツランドの第七王子……今は国王だけど、その人を暗殺しようとしたわけだから」
そう言うと、キースはますます難しい顔をする。
「やれやれ。そんな会議に出るの、俺とメンタル病んだ国王陛下でいいのかね。陛下はああ見えて頭のいい人だから、判断は間違えないと思うけど。シリル殿下や他の幹部も出たほうがいいような気もするんだよなぁ」
判断? 他の幹部?
「どういうこと?」
「……まぁいいか。意見を聞かれたら、回答は持ちかえりますって言えば」
キースは私の質問には答えずにそう結論を出した。
◇◆◇
部屋に着くと、既にカグヤの偉い人達が集まっている。私達を見て、ルナキシア殿下が爽やかに微笑んだ。
「映像でこの害虫芋虫がどのようにして聖女奪還を企んだのか、誰の指示かを流すのだが……少々術者のメンタルの問題もあるので、途中で休憩を入れることになるかもしれない。そこは勘弁してほしい」
事情がわからないカグヤの偉い人達は、メンタル? と怪訝な表情だったが、ルナキシア殿下は「始まってみればわかるから」と付けくわえた。
「初めからゆっくりと思い出すんだ。ありのままを。なぜ君は聖女奪還を思いついたのか、誰に報告して誰の指示だったのか……」
ルナキシア殿下が暗示をかける。
ラセルは芋虫の位置まで屈んで、視線を合わせているようだ。私からはラセルの背中しか見えないが、どこか気落ちしているように見えた。
「イグニスレフレクティオ……からの、メリディオビジョン」
その瞬間、頭の中にまた映像が流れてくる。芋虫が人攫いに接触し、聖女……つまり私を人攫いから助けてくれたのがラセルだと知る。そして、芋虫はナルメキアの第二王子へそれを報告する。
第二王子は、私がラセルと行動を共にしていることを知る。ラセルを殺して私を奪うように指示をする……指示、というよりは芋虫が誘導しているように見える。第二王子は操り人形と言うか、乗せられているだけみたい。
別場面では、邪魔なラセルを先に殺そうと、ごろつきを煽り、さらに第三王子によって失業させられた二人組にラセルの悪い評判を吹き込み……そこでふわんと映像が途切れる。
「……彼のメンタルケアをするので少し待ってくれ。あ、ここで流れたラセル陛下が女性に暴行を……って部分はこの男のウソなので、みんな誤解しないように」
ルナキシア殿下は、私達視聴者にそう呼び掛ける。ここまでくると、カグヤの偉い人達も「確かにあの内容じゃ、操作しているラセル陛下が可哀想だね」と納得している。
「ラセル、大丈夫だ。この男は君を妬んでこういうことを言い出しただけだ。君にはなんの落ち度もない。元気を出すんだ」
ルナキシア殿下が暗示をかけるように、肩に手を置き優しく語りかけている。ラセルは俯いて無言のまま。
もうやめてあげてよって言いたい。ただでさえ落ち込んでいるのに、ラセルの心が壊れてしまいそう。
そこからまた動画が再開したものの、フランツを説得するためにラセルがキャッツランド国内で嫌われているから殺しても問題ない、と語ってる場面でまた動画が止まった。
「ルナキシア殿下、ちょっと待ってください!」
思わず声をあげてしまった。
「あの、それって、彼が操作しないとダメなんでしょうか? ルナキシア殿下の暗示で、その人の口から白状させる、じゃダメなんでしょうか?」
これ以上ラセルに無理をさせられない。そう言うと、ラセルが立ち上がって私を見た。
ここにきて、初めて顔をまともに見た。顔色が悪く、目が少し充血している。でも美貌は損なっておらず、どこかカリスマ性すら感じさせる。
これまでのラセルとは大きく違う。思わず息を呑んだ。
「大丈夫だから」
ラセルは一言、静かにそう言った。笑顔もなく、その表情は、どこか私に距離を置いているようにも見えた。
「あ、みんな誤解のないように。ラセル陛下は別に嫌われてはいない。むしろ民衆からの支持率は高い! 少々やんちゃなので上の人からの評価はアレだが、もう国王に即位したのでそこも問題がない!」
ルナキシア殿下はカグヤの幹部達に、ラセルが嫌われていないことを強調している。
動画がまた再開された。
いよいよカグヤに乗り込むために第二王子の指示を仰ぐ場面で、今度はなぜか、意図的にルナキシア殿下がラセルを止めた。
「すまないが、あと2回、その場面を流してくれ。みんな、この場面をよく覚えておくように」
それは、第二王子が兄の命令でルナキシアを討つ! と叫ぶ場面。どう考えても第二王子の妄想なのだが――。
カグヤの幹部達は目の色を変えてざわつき始める。
「やれやれ。ルーカスっていうのは本当にバカな王子だね。ルナキシア殿下の思うつぼだ」
キースが呆れたように呟いた。
「どういうこと?」
キースの袖を引っ張って聞く。
「カナもわかるでしょ? なんで3回も強調して流したのか。その意味を」
キースはそれ以上言わなかった。
◇◆◇
部屋から出る時に、ルナキシア殿下は私を呼びとめた。
「カナ、そろそろ例の話をしてもいいかな」
「例の話?」
きょとんとして尋ねると、ルナキシア殿下は軽く溜息を吐いた。
「聞かなくてもその態度から答えはわかってるけど。一応、ね? もうすぐラセル国王陛下は国に向かって旅立つだろう。私の告白への返事だよ」
あぁ……そんなことも話していたっけ。色々なことがありすぎて、大変失礼ながら忘れていたよ。
ラセルも私の方へ振り返る。相変わらず笑顔はないが、まっすぐ私に視線を合わせてきた。
「俺も話がある。ルナキシア殿下との話が終わったら声をかけてほしい。それと、ルナキシア殿下への返事、俺に遠慮しないでほしい。自分の気持ちに正直になってほしいんだ」
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