ルナキシア殿下への返事

「もう答えはわかっているけど、聞かせてくれるかな」


 ルナキシア殿下の笑顔は少し悲しそうで、でも何かをやりきったような爽やかさも感じた。


「ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいし、ルナキシア殿下のことは大好きです。でも、妻にはなれないです」


 好きではなく、大好きと伝えた。なんでだろう。ロードショーの効果なのかな。ルナキシア殿下への信頼と愛情が増している気がする。


「でも君は義理の従妹になるわけだし、これからも仲良くしてね」


「はい」


 ダンジョンでの決闘の話を聞く前、私はラセルと本気で別れようと思っていた。王妃なんて怖くてできない。不老不死なんて冗談じゃない。


 でも、ラセルを失うかもしれないと恐れを抱いた時、考えが変わった。私は自分で思っていた以上にラセルのことが大好きだった。ラセルがいないと生きていけないと思うほどに。


 八百屋、ヒモを抱える妻、どんな職業にも苦労がある。それならば、王妃もやってやろうじゃないの、と思えてきたのだ。


 あのメンタル弱い王様のお尻をバシバシと叩いてやる。どんな困難が待ち受けているかわからないけれど……。


 私の固い表情を見て、ルナキシア殿下は苦笑した。


「以前、君はラセルのどこが好きかという問いかけに、胃が弱いところと、泣き虫なところと答えたよね?」


「あ、えーと……はい」


「それにプラスして、聖女の仕事を取ってきてくれる、ビジネスパートナーとなれる人がいいって言っていたよね? 聖女業を支援してくれるような人がいいんだよね?」


「あ、まぁ……そうですけど」


 するとルナキシア殿下は、周りが明るくなるような微笑みを浮かべる。


「それならば、やはりキャッツランド国王が一番旦那さんに相応しい。そんなに悲壮な顔をしないで。君にピッタリなパートナーなんだから」


「えぇぇっ!? キャッツランド国王は王妃様に聖女仕事の斡旋をしてくれるんですか? 王妃様って他にいろいろとやることがあるじゃないですか。社交界とか」


 確かにダンスやお茶会は楽しいけど、私はそういうお貴族様的なことをやりたいわけではない。


「確かに一般的な王妃はそうだろう。しかしキャッツランドは違う。国王がそんな慣習やめちまえと言っただけで、それがすんなりと通る国なんだ」


 そういえばキースも、異様に権力が強いって言ってたっけ。


「社交界よりも聖女業を優先するという国王の鶴の一声で、君は浄化や結界強化の仕事に専念できる。それに社交界といってもダンスパーティーのような大規模なイベントはなくなるんじゃないかな。お宅の国王は笑っちゃうほどダンスが下手なんだから」


 うぅ……っ! 確かに。主催者の王様が踊れないんだった。


「それにキャッツランドは大国だ。やり方次第では世界の盟主になれる。ラセルは昔、言ってたよ。世界中の飢餓を解決したいって。君の活躍の場が増えるじゃないか」


 豊穣の力の解放か。キャッツランド主導でそのようなことが行われるのであれば。


 それならば――。


「しかも、国王によって君の聖なる力もブーストされる。国王の魔力は強力だ。私は彼をあなどっていたよ。まさかサイラン・アークレイを圧倒して、7ボスを1ターンソロで倒すなんて……」


 ダンジョンでは、ラセルの全身から溢れる魔力、覇気に圧倒された。確かにこれまでの彼とはレベルが違う。あれが神と一体化した人の力なのかぁ……と思った。


「在任中は不老不死。その分長生きもできるよ。生きた分だけお仕事ができるよね? 引退すれば自由に生きられる。キャッツランド国王は旦那さんとしても、ビジネスパートナーとしても最高の相手だ」


 ぐいぐい押してくるなぁ……。


 ものすごく背中を後押しされている気分。そして、しばらく沈黙した後、ルナキシア殿下は自嘲するように話し始めた。



「私は多分……ラセルに激しい嫉妬をしていたのだと思う。国王になるとわかった時に、妬みのような感情が生まれた。私はずっと彼を可愛い弟のように思っていた。でももしかするとそれは……今まで彼のことを対等な人間だと思っていなかったのかもしれない」


 ルナキシア殿下は俯いて溜息を吐いた。


「昔のラセルは庇護するべきかよわい少年で、私は闇深い王家から彼を守りたいと思った。もし、彼が王位継承者じゃなかったら、母同様に、カグヤの王子にしたいとさえ思っていたんだ。でも……今は立場が逆だ。カグヤはキャッツランドという大国と同盟を結ぶことで独立を保っている。もちろん関係は対等だが、どこかでキャッツランドに遠慮がある。ラセルはそんな国の国王なんだ。もう私が守るべき存在じゃない」


「でも、ラセルはルナキシア殿下のことを尊敬して、信頼しています。あの人、始めは私をルナキシア殿下の嫁にしたいって言ってたんですよ。第七王子の自分じゃ自信がないし、守れないからって」


 そう言うと、ルナキシア殿下は愛おしそうな目をした。


「この後、ラセルと話をするんだろう? 彼がどんな話を切り出すのかはなんとなく想像がつくんだけど、それはきっと彼の本心じゃない。そして、彼を守れるのは君しかいない。私の可愛い従弟を守ってほしい」

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