あなたが美し過ぎて話が入ってきません
ルナキシア殿下と別れ、私は精霊を呼び出した。ラセルの居場所を探すためだ。
『こっちにいるよ~』
先日のたこ焼きデートをした滝へと誘導される。
滝の手前でキースがごろごろと横になりながら、新聞を読んでいる。国王が家出しないように見張っているのだと思う。私に気付くと新聞から顔をあげた。
「あ、ラセルに用だよね? あそこにいるよ」
キースが指したのは滝の中。ラセルが滝に打たれている。
「……滝行してる人初めて見た」
「精神統一してるんじゃない? けどさ、あいつがこれから言うことって絶対本心じゃないから。そこだけは気にしてあげてね」
ルナキシア殿下と同じことを言っている。私もこれからどんな話をされるのか、もうわかっている。
キースは立ち上がって、森の中へ歩いて行った。
――ルナキシア殿下との話、終わったよ。
思念で呼び掛けてみる。しばらくすると、ラセルが滝から上がってきた。
ラセルは水にずぶ濡れの全身を、風と火を融合させた魔術で一気に乾かす。髪を下ろしていて、美しい髪が風にたなびいている。
髪を結ぼうとしたところで慌ててストップをかけた。
「ちょっ……! ごめん、しばらくそのままでいてッ!」
きょとんとした顔をするラセルを改めて眺める。髪を下ろしているところを初めて見るけど、いつもよりも神秘的で美しい。長い黒髪が揺れてたなびいているところが堪らない。
「……下ろしてたほうがいいの?」
そう言って、ラセルは髪を下ろしたまま、岩に座った。
私は目の保養にしようかと思って、向かいの岩に座った。やばい。美しすぎる。もともとカッコいい人ではあるのだけど、神の力が加わったせいか、ルナキシア殿下すらも圧倒するほど美しい。
見つめられて居心地悪そうにしながら、ラセルは咳払いをした。
「あ、えーと……先日は迷惑かけてごめん。反省してる。本当にごめんなさい」
ラセルはそう言って軽く頭を下げた。
「言葉のチョイスを間違えてる。迷惑かけて、じゃなくて、心配かけてごめん、でしょ!」
迷惑と心配じゃ大違いだ。私はラセルを大切に想っているから心配しているのに。迷惑なんて少しも思っていないのに。
「心配かけてごめん」
素直に言い換えてくれた。
ラセルは自分が誰かに大切に思われていることを、頭では理解している。でも、心の奥底では誰からも必要とされていないと強い不信感を抱いている。
迷惑かけたら捨てられる、成績がトップじゃないと捨てられる、魔術が上手くならないと捨てられる……常に不安で、自分を価値がない人間だと思っている。
あのナルシスト発言の数々は、自己肯定感の低さの裏返し。「こんなにできる俺なんだから好きになってよ」という無意識のアピールだったんだ。
ありのままのラセルでいいのに。きっと、ヒルリモール公爵家やカグヤの人達は、ありのままのラセルを愛しているのに。
「で、でさ……ルナキシア殿下との話ってどうなった? プロポーズ受けるの?」
ラセルが言いにくそうにそう切り出した。
別れるなんて一言も言っていないのに、プロポーズを受ける前提にしている。神殿での私の態度から、あの時の気持ちが全部伝わってしまったんだ。人の気持ちを察するのが上手い人だから。
「お断りしました! とーってもカッコよくて素敵な人なんだけどね。勿体なかったかな?」
笑顔でそう言うと、ラセルは俯いた。
「そ、そうなのか……」
ラセルは私から目を逸らして、滝の方を見つめる。憂いを帯びたようなその表情もまたよい。眼福だ。
「あの……さ。俺、前にプロポーズしたじゃんか。あまり出世しないけどって言ったけど、すげぇ出世しちゃった。カナは国王とか嫌だって知ってるし、今さら八百屋は目指せないし……条件変わりすぎだし……だから、プロポーズはなかったことにしてほしい」
ラセルは軽く溜息を吐いて、俯いた。その時また風が吹いて、美しい髪がたなびく。恐ろしく神秘的な光景だ。
「で、でさ……前にシリルが、カナが独身貫いてもキャッツランド王族が守るって言ってたらしいじゃんか。俺もそれ……守るよ。カナが俺じゃないヒモや八百屋と結婚しても、独身のパイオニアになっても……国王の権力で守るから、だから……キャッツランドの聖女になってほしいんだ」
ラセルの手がかすかに震えているのがわかる。この言葉を言うのに、どれだけ滝行をしていたんだろう。そんな弱くて強い彼がとても愛おしい。
「もし俺が信じられないなら、シリルみたいに誓約を結んでもいい……って聞いてる?」
無言でじーっとラセルを見ている私に、いきなり問いかけてくる。
「…………ごめん、あんたがあまりに美しすぎて、聞いているようで聞いてなかった」
そう答えると、ラセルは一気に脱力した。
「ま、また始めから言わなきゃいけないのかよ」
「別にいいよ、内容はわかったから。プロポーズ取り消して、私とは結婚しないけど、私の独身のパイオニアとしての立場は守ってやるから、キャッツランドのために聖女になってほしいってことでしょ?」
「……聞いてるじゃんか。なんなんだよぉ。イジメかよ」
ラセルのことを本格的に好きになる前の、ルーシブルを発つ時あたりに聞いていたら、とても嬉しい提案だったと思う。
その時に聞いていたら、素直にこの提案を呑んだ。ラセルのことは信頼している。きっと独身のパイオニアの私を守ってくれる。
そしてラセルはどこかのお姫様と結婚する。それを少し寂しい気持ちで祝福したのかもしれない。
でも、今の私は違う。ダビステアの公邸で、男装の麗人に激しく嫉妬した。誰かに奪われたくないと思ったんだ。少し寂しい気持ちで祝福なんてできない。
どうして先日は別れようなんて思えたんだろう。こんなに好きなのに。そんなに王妃になるのが怖かったのか……自分のことなのにわからなくなってくる。
王妃になるのが怖いのなら、国王になるのはもっと怖いだろう。私は自分だけ逃げて、彼一人を恐怖の中に突き落としてしまったんだ。とんでもない裏切りだ。ラセルはいつでも命がけで私を守ってくれているのに。
そういえば、私はラセルに自分の気持ちをきちんと伝えたことがなかった。
「あのさ、ずっと言ってなかったんだけど。私の気持ちを伝えてもいい?」
意を決して切り出した。
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