そして彼は悪党になる
「私ね、ラセルのこと大好きなの。会うとドキドキするし、笑顔を見ると可愛いなって思うし、真剣に何かをやってる時はカッコいいなって思う。泣いていると心配になるし切なくなる。たまにウジウジしすぎてイライラするけど、そんなところも可愛いかなって思うんだ。そんな風に思うのってラセルだけなんだよ」
ラセルはきょとんとした顔をして、段々と頬を染めて俯いた。照れてる! 可愛いんですけど!
「そりゃ確かに、ラセルが国王って聞いた時はえっ! って思ったし、ちょっと……かなり迷った。王妃なんてやるの怖いし。でも、あなたがいてくれるなら、なんでもできそうな気がするの」
ラセルは俯いたまま、無言だった。告白の返事をどう返そうか迷っているのかもしれない。その答えをずっと待っていたいと思った。
「ありがとう」
ラセルは一言そう言った。また無言になる。滝の音だけが私とラセルの間に流れた。
「ありがとう……でも、やっぱり俺はカナとは結婚できない。ごめん」
しばらく経ってから、ラセルは寂しそうに笑って、そう答えた。
「振られちゃったかー……」
思わず苦笑した。
ラセルの眼差しを受け止めて、泣きそうになる。私は一度裏切った。すんなり受け入れてもらおうなんて甘かったんだ。
でも諦めない。これは私が王妃になるための試練。私がこの人の生涯を通しての相棒になれるかが今、試されている。
「でも、私はヒルリモール公爵家のご令嬢でしょ? 家格としては釣り合ってるハズなんだけど。お妃教育も受けたし、聖女だし。ラセル陛下はどんな女の子だったら結婚してくれるの? あなたは国王陛下なんだから、絶対に王妃は必要だよ」
明るく笑顔を作ってそう聞いた。ラセルも釣られたように笑った。しばらく考えた後、なかなかの答えを返してくる。
「……そうだなぁ。すげぇ悪い女がいいな。悪党の妻にふさわしいような。俺はガチもんの悪党になるんだ。ルーカスや先輩みたいな小悪党じゃない、ガチの悪党になる」
なんだか中二病みたい。甘すぎると言われる彼に、悪党なんて目指せるんだろうか。
シリル殿下やルナキシア殿下がやろうとしていることは、もうわかっている。ラセルは彼らと共に歩もうとしている。
彼らによって、世界はどう変わるのだろう。彼らを英雄と称賛する人もいれば、悪党と呼び、憎しみを抱く人もいるだろう。
彼らの目指す世界を見てみたい。例え、私も悪党の一味と呼ばれても。
「ふふ。じゃあ私は世界一の悪女を目指そうかな。私って、あなたの100倍くらい性格悪いし。あなたが悪党になるよりも私が悪女になる方が早いよ、きっと」
そう言って、ラセルが座る岩まで移動した。寂しそうに笑うラセルを抱きしめる。
「ラセル、私と結婚して。私があなたを立派な悪党にしてあげる」
逆プロポーズ。彼の心を射止めて、彼の王妃になる。そう決めたんだから。
「あなた達の罪。その罪の半分を私が引き受けるよ」
力強くそれを告げると、ラセルからもギュッと抱きしめ返してくれた。
「……俺の半生の記憶を見たんだろ? 俺って性格暗いよな。カナが知ってる天才で明るい俺って、全部演技だったんだ。いい人に見せようと必死だった。全部ウソだったんだ」
ラセルは絞り出すように話す。
「嫌われるのが怖かった。だから、アークレイ先輩が国元で嫌われてるから殺してOKって言ってたの、すげぇ刺さったんだ。好かれてる自信なんてなかった」
そんなラセルをそっと抱きしめた。
「別にいいじゃないの、嫌われたって。私は大好きだよ」
美しい黒髪にキスをした。私の今の想いをすべて込めて。
「ありがとう。ごめん、今だけ泣かせて。泣き終わったら二度と泣かない。みんなに嫌われても平気な悪党になってやるから……」
ラセルは声を殺して泣いた。私も釣られたように涙が止まらない。何の涙なんだろう。今までの自分との決別の涙……?
しばらくそうしていたら、日が暮れた。でも寒くない。腕の中に温かいラセルがいるから。
「ごめん、今さらな告白だけど、俺も共鳴したんだ。猫で初めて会った時に」
ラセルが腕の中でもぞもぞと打ち明けた。
「知ってる。あのロードショーでそのシーンもあったもん。私も暗い性格でしょ? お互い様だよね」
あの時、猫はぽろぽろと涙を流していた。私の寂しい気持ちや孤独が猫に流れてしまったんだ。あの時に私を拾ってくれた。猫に拾われる人間なんて私くらいだと思う。
「カナ、本当にありがとう。次に俺が泣いたら、慰めないで往復ビンタしてほしいんだ。カナにしかできない」
「なにそれ。あなたってホント、マゾだねぇ。でも、泣くのは本当に最後なの? あなたの泣き顔が大好きなのに。あなたが泣かないならむりやり泣かせちゃおうかな」
そう言って思いっきり頬をつねると、ラセルは嬉しそうに笑った。
その日、初めて人間型のラセルと一晩を過ごした。
ラセルはこれから悪党になる人とは思えないほど、優しかった。
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