web会議が実現しました
「ねぇ、ラセル。私の左手に刻印ができてる! これなに?」
ラセルの髪で遊びながら、起きるように呼びかけた。
「うーん……刻印?」
ラセルは目を擦りながら、私の左手を手に取った。ラセルのものとは模様が違うけど、鮮やかな蒼の刻印が浮かんでいる。
「多分……王妃の刻印じゃないかな。俺の神力がカナに移ったんだ」
私も不老不死になってしまったということか。これで後戻りができなくなった。私はラセルと一蓮托生。
「ラセル、一生あなたを守るから。いつでも胃が痛くなっていいよ」
そう言って優しくキスをした。一線を超えてしまうと、このくらいのスキンシップにためらいはない。
「カナこそ、何かあったらすぐ俺に言ってほしい。今の俺は、パーフェクトヒールもできる。身体に違和感を感じたらすぐ言えよ」
神力が移ったことを心配しているんだろう。今のところ違和感も何もない。
「ねぇ……私、自分で思っていた以上にあなたのことが好きみたい。大好き」
こうして肌を重ねると、気持ちが満たされる。生きていてくれて本当によかった。心からそう思えた。
◇◆◇
今日はキースと今後について打ち合わせがあるということだったので、朝食後にラセルの部屋へ向かうことにした。
ノックをして部屋に入ると、空間に謎のスクリーンが浮かび上がっている。空間にはシリル殿下が映っていた。私の姿を確認すると恭しく礼を取る。
「王妃陛下、改めまして、王宮執政官を勤めさせていただきますシリルです。貴女に変わらぬ忠誠を誓います」
ここまで美麗な男の子にこんな礼を取られると照れる。日本で大ヒットした男装の麗人を主人公としたアニメを思い出す。
「……俺にはそんな挨拶しなかったよな。俺には忠誠誓わないのかよ」
ラセルはスクリーンに向けて嫌みを言う。
「そんなの聞かなくてもわかるでしょ? 貴方と私はバディを組むわけですから。貴方が倒れる時は私も共に倒れます。まぁ……形を変えた夫婦のようなものですかね」
シリル殿下がそう返すと、ラセルは「夫婦……」とげんなりとした表情を浮かべた。
「シリル殿下、そんなに改まらないでください。シリル殿下は私の義理の弟になるわけですから。前みたいに姉上と呼んでくださいよ」
そう言うと、シリル殿下は愛らしい笑みを浮かべた。
「それならば、義姉上もシリルって呼んでください。弟を敬称付けて呼ばないでしょ?」
「よ、よろしくね、シリル」
シリル殿下……シリルはますます笑みを深くする。可愛い。なんだか弟というよりは妹って感じですが。
それにしてもすごい。神殿に行かなくても交信ができるようになったのか。これもラセルの神力によるものなんだろうか。
「これで神殿で繋がれない他国とも交信ができるようになった。外交はスピードが勝負だ。まさか親父もこれやってたのかな」
ラセルは首をかしげている。
「いいえ、これは兄上独自のものです。父は魔力は強いですが、魔術を本格的に学んだわけではありません。父は才能だけで生きてきた人ですから、努力や工夫という概念とは無縁です」
シリルは、涼しい顔で辛らつなことを言う。
「じゃあ王妃様も加えて改めて打ち合わせしますか」
キースが資料を私にも手渡しする。これは、国王が国民に初めて国王就任を宣言するというイベントの打ち合わせ資料だ。
資料の中には「これまでにないくらいカッコよく」とか「陛下のカリスマ性を引き立たせるような」という文字が記載されている。
キャッツランドは慣例主義ではなく、国王が右と言えば右になる国なので、毎度その国王の個性が光った儀式が行われるらしい。
「今回はカグヤ国境ギリギリで戦艦22隻で国王陛下をお出迎えして、そのまま軍事演習へ突入します。軍事演習後、首都テールの港で、陛下には一番大きい黒猫丸の上で国王就任の宣言をしてもらいます。今回は同盟軍であるカグヤからも祝砲をあげてもらいます」
シリルが資料を読み上げて、キースがふむふむと頷く。
そしてスクリーン向こうでシリルが資料を出してくると、キースがスクリーンに手を伸ばして資料を受け取る。なにそのシステム。画期的すぎるんですけど。
「これが陛下をイメージして急きょ塗装を変更した黒猫丸です。カッコいいでしょう?」
「いいねー! 黒を基調としてところどころ豪奢な金の飾りがある」
キースも感嘆している。
「今回の国王は黒猫ということで、国民もフィーバーしてるんですよ。黒猫は幸福の象徴ですからね。見てください、この新聞」
またシリルが資料を差しだしてくる。日本のweb会議よりも進んでる。
新聞にはカッコよく映ったラセル新国王の写真と、プロフィールが書かれている。熱狂的なファンのコメントなども載っている。
「今回は王妃陛下もいらっしゃるということなので、王妃陛下のドレスも事前に用意してありますからね。衣装合わせもお願いしていいですか?」
「もちろんですよ」
なんと衣装までスクリーンから手渡してくる。純白のドレスに、鮮やかな赤の装飾がされている。そして、国王妃のティアラまである。
「正式な結婚式も、お父様へのご挨拶もしていないのに、いきなり王妃宣言してもいいのでしょうか」
純粋な疑問を投げかけるも、シリルは「え?」みたいな反応だ。
「陛下が俺の妻、と仰った時点で王妃陛下なので全然そんな過程いらないです。ていうか……お父様、いません。出奔しちゃいました」
え!? 出奔!?
「お父様が出奔しちゃったってどういうこと?」
シリルに尋ねると、心底呆れたような冷たい表情を浮かべた。
「僕に引き継ぎをすればいいだろうということで、兄上に刻印が移ったその日に出奔しましたよ。国王が嫌で堪らなかったんでしょうね。最低の父親です」
「俺……親父に褒められたくて、ヘアケアも頑張ったのに……」
ラセルはしょんぼりとしている。親の愛に飢えた子という感じで、胸が痛くなってしまう。
「あんな人に褒められなくても構わないと思いますよ。代わりに僕が褒めますから」
シリルが任せろ、とばかりに胸を張る。また二人で髪をさわりあうのか。スキンシップが怪しい変な兄弟だ。
「なんで親父は俺らに興味なかったんだろう。お袋は出て行っちゃうし。やっぱ愛のない結婚はダメなんだろうか」
ラセルは相変わらずしょんぼりとしている。
ラセルの自己肯定感の低さは、ご両親からのネグレクトにも一因がある気がする。ヒルリモール公爵家の愛情を受けたものの、本当の両親に愛されなかった影響は残り続けている。
「別に、政略結婚だから愛がないとは限らないと思いますよ。だから、兄上が輸出をためらう必要はありません」
出た。輸出。王子をモノのように表現するのは、なかなかの人権意識だ。
「けど、俺は嫌だったんだ。そんな……好きでもない女の子とその……」
ラセルは俯いた。あのダビステアのサリエラ王女との、お見合い話のことを言っているのだと思う。
「それは兄上が嫌だった、というだけです。もちろん弟達にはきちんとヒアリングします。そのうえで、彼らが納得するのなら構わないじゃないですか。もちろん、この私も国にとって有益と思われる女性を妻とします」
「……お前はそれでいいの? 自分と相手をモノのように考えて」
「それでいい、というより、それがベストな選択です。兄上はたまたま好きになった相手が、国にとってもっとも有益な女性だったのです」
ラセルは納得できないような表情を浮かべている。
「シリルにも、弟達にも、幸せな結婚をしてほしいのに」
そう言って、ラセルは悲しそうに項垂れた。
「勘違いしないでください。私は結婚すれば真剣に相手を愛します。きっと相手も私を愛して下さるでしょう。私はこんなに愛らしく、性格もいいのですから」
シリルはドヤ顔で胸を張った。キースが「性格がいい、はないよな」と、ボソッと呟いた。
「脱線しましたが、国王就任の儀式に話を戻しましょう。黒船丸には僕も乗り込みますから、軍事演習後、僕がこの刻印で神儀を執り行います。テトネス様を降臨させて、結婚式としましょう」
「結婚式ってあの女神さまを降臨させるの!?」
ビックリした。日本とは随分と勝手が違う。
「普通の人は、初詣の時に海底神殿でテトネス様へ結婚の報告をするだけなんだ。でも、国王と王弟の結婚だけは、テトネス様を降臨させて報告する。シリルの結婚の時は俺が降臨させる。俺ら二人しか、呼び出せないんだ」
なるほど。テトネス様の力を二人はもらっているわけだからね。それを妻にも分けあたえるわけだし、報告は必要だろう。
「それと、軍事演習ですが、直接陛下が指揮をお願いします。国家元首ですから」
シリルがまた地図を出してくる。
「就任後、初の軍事演習です。周辺国にはもう伝達してあります。海賊を一網打尽にしてしまいましょう。そして……敵の指揮を執っているというナルメキア第一騎士団の男……その男から、王太子の指示であるという手紙を入手しましょう」
本当は王太子の手紙ではなく、ルーカスが書いた偽の手紙なんだけど。これもまた証拠品として押収ということか。
シリルとは、国に帰ってからの国家運営、外交戦略、具体的な弟王子の輸出先などと多岐に渡って話をした。
「それと、例の件、頼みますね。カグヤには決してバレないように」
シリルは目を光らせて、ラセルにそう頼んだ。
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