喋って泣く魔獣が現れる サイランside
毎日ルナキシアとクソガキ、その他大勢の魔術師達が、ものものしく地下牢にやってくる。
彼らはあらゆる魔道具を試したり、魔術式を組みかえたりと、試行錯誤を重ねながら実験をしている。
そして、サイランには繰り返し同じ場面を回想させる。
目的はわかっている。ルーカスの「これは兄・王太子であるサイフォン・ジェイル・ナルメキアの指示だ」という妄想発言だ。何百回も繰り返すうちに、彼らの実験は成功したようだ。
「録れました……! ついに!」
クソガキの動画再生と連携して、録音担当が魔道具へ情報を吹き込む。すると見事なくらい切り取った音声だけが残った。
前後のルーカスの妄想上の話である前置きは都合よく抜き、「ナルメキア王太子の指示である」という部分のみを記録した代物だ。
第二王子の音声による、王太子の指示による敵対攻撃であるという証言。ナルメキアはかなり厳しい立場に追い込まれる。
これをカグヤがどう使うのだろうか。賠償金を取るのか、それとも、宣戦布告の大義名分とするのか。
賠償金を取るにしても、法外な金額を吹っ掛けてくるだろう。戦争を仕掛ける場合には、決してカグヤが負けない戦略を立ててくるに違いない。
ここ数日、ルナキシア、そしてクソガキの人となりを見てサイランは思う。彼らは勝てない勝負はしない。念入りに計画を立て、100%に近い形での勝機を確信してから行動する。
クソガキの決闘にしても、彼は120%勝てる公算があったからこそ仕掛けてきたのだ。まんまと引っ掛かったサイランが愚かだったとしか言いようがない。
ルーカスは「兄上のせいにしちゃえばいい」と言っていたが、そういう問題ではない。もし戦争になり、ナルメキアがカグヤに敗れれば……。その末路は、ナルメキアの王族なら誰もがわかるはずだ。なぜなら、ナルメキアがそれまで他国にしてきたことだからだ。
王族は例外なく処刑。王太子どころではない。ルーカスも、その下の王子もすべて処刑される。公爵クラスの貴族も同様だ。
――ルーカス、悪かった。俺のせいだ。
サイランは心の中でルーカスに詫びた。
そもそも、サイランがルーカスを煽らなければよかったのだ。
それがなければ、彼はアルコールに溺れながら兄の悪口を言い続け、やがて肝臓を壊して死ぬという最期を迎えただろう。生産性のない人生だが、断頭台で処刑されるよりはマシだ。
ルーカスの人生を捻じ曲げたことに対する、後悔の念に苛まれた。
だが、本当に自分はこの結末を少しも想定していなかったのか、と、サイランは自問自答する。クソガキに負けるはずがないとは思っていた。しかし一方では、彼の実力は認めていたのだ。
若くして、上級魔術師のライセンスを持っている。彼もまた、首席で魔術アカデミーを卒業しているのだ。もしかすると負けるかもしれない、とは少しも思わなかっただろうか。心のどこかで、この破滅的な結末を望んではいなかっただろうか。
暗い地下牢は、孤児院の懲罰室に似ていた。そのせいか、やたらと孤児だった頃を思い出す。
冷たいベッド、粗末な食事。そして、気まぐれに暴力を振るう大人達と虐げられる孤児。
――シンシア。
初恋の人の名をそっと呼ぶ。彼女は悪魔のような孤児院の監視員によって、凌辱されたあげく殺された。
彼女の遺体を見た時に、サイランの中の大切な何かが壊れた。
すべてが壊れればいいと思った。彼女を殺した役人も、彼女を助けられなかった自分も、ナルメキアという腐った国も、この世界のすべてが壊れてなくなればいいと願った。
今でも潜在的に、あの破滅願望が生きているのではないだろうか。
だが、シンシアは三流テロリストにまで落ちぶれた自分をどう見るだろうか。もうあの世で会うことすら叶わない。彼女は天国、自分は地獄。行き先が分かれてしまったのだから。
「うぅっ……ッ……そんなことがあったのか……ッ……うぅッ……グスン……うちの国にも孤児院はあるんだ。ぜーったいに俺が孤児達を幸せにするんだからなッ……うぅッ」
牢屋の中に小さい魔獣が突然現れた。その魔獣から声が聞こえる。魔獣はまっすぐに、涙に濡れた目でサイランを見つめていた。
「なんだこの喋る魔獣はーーーーーー!! 誰か! 喋る魔獣が出たぞー!」
「失礼だな。魔獣じゃねぇよ」
「また喋ったぞーーーー!!」
喋る魔獣は、身体全体が漆黒だった。丸っこい顔に耳? が頭の上に二つ生えている。身体のフォルムが全体的に丸く、そして小さい。長い尻尾をプンプンと振っている。
目はつぶらで綺麗な金色。長い髭がある。そしてなぜか泣いている。泣いて喋る魔獣だ。
「これは猫、というんだ。神聖な生き物であって、魔獣じゃない。ナルメキアでも貴族の間じゃ密かに有名なんだけどな」
「密か、と、有名、は反対の意味だ、魔獣。魔獣だけに言葉が不自由だな」
あの世から魔獣のお迎えがきたのだろうか。言葉の間違いを指摘すると怒りだした。
「よく使う言葉だろ! 知る人ぞ知る、と言い換えてもいい。ちなみに、叫んでも誰も来ない。俺が眠らせたからな」
「そうか、お前は人間を眠らせる悪さをする魔獣なんだな。何をしに地下牢に来たんだ? わざと捕まりにきたのか?」
カグヤでも王宮内に魔獣がいたら、捕まえて牢屋に入れるだろう。しかし、この魔獣なら牢屋の鉄格子でも簡単に潜り抜けられそうだが。
「先輩、ちゃんと俺の話聞いてたのかよ? 俺は魔獣じゃなくて猫!」
「俺は魔獣の後輩は作った覚えがない」
そう言ってふと気付いた。この魔獣? 猫? の声は聞きおぼえがある。
「先輩は一度も俺のことを名前で呼んだことがないから需要はないと思うけど、改めて名乗るよ。キャッツランド王国61代国王、ラセル・ブレイヴ・キャッツランドだ。女神に愛された、偉大なる天才為政者とは俺のことだ」
「…………キャッツランドは魔獣が国王になるのか。変な国だ」
そう言えば聞いたことがある。本当に知る人ぞ知るの話だが。キャッツランド王国の王族は、よくわからない動物に変化する能力があるとか。そういえば、100年生きた猫が先祖とクソガキが言っていた。
そして、まったく覚える気もなかったが、ラセルなんちゃら、という名は確かにクソガキの本名だ。大した才でもないのに天才、と名乗るのもクソガキの特徴だ。
サイランは気にしていなかったが、カグヤの魔術師達が、クソガキを「陛下」と呼んでいた。「陛下」は国王の敬称だ。
「えぇぇぇぇ!! お前みたいな頭のおかしいクソガキが、国王で魔獣で猫で……えぇぇぇぇ! お前は第七王子の雑魚じゃねぇのか!?」
「第七王子を雑魚と言うな。俺は20年間第七王子をやってきたんだ!」
魔獣、もとい、クソガキ国王は尻尾で床を叩きだした。
「俺の国は、第一王子ではなく、女神に選ばれし王子が王位を継ぐ。俺の場合、本来であれば6年前に王太子になるはずだったのが、手違いでなれなかっただけだ」
「ふ……ふぅ~ん。で? その国王陛下が芋虫に何の用?」
クソガキは、つつつ……とサイランの前にやってきて、すりすりと頭をこすりつけはじめた。
「うんうん、先輩は確かに悪人だ。身体からも悪人って匂いがする。でも、その知識、魔術の才、実に惜しいと思うんだよ」
そう言われて思い出す。クソガキは捉えた暗殺者達をあっさりと解放していた。まさか、自分も逃がすつもりなのかとサイランは驚愕する。
そこまで甘いのか? まさか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます