男装の麗人とスイーツ男子③ キースSide③

「宰相閣下がラセル兄上の婿の話を進めるのも優秀だからです。決して邪魔だからではありません。数多くいるキャッツランドの独身王子で、婿の名指し指名が入るのは、私とラセル兄上だけです。ラセル兄上には外交上の最重要拠点の縁談しか入れていないはずです」


「最重要拠点って国の都合でしょう? 本人の意思を無視して、嫌がっているのをムリくり見合いを押し付けてくるのはどうなんでしょうか? それがシリル殿下の仰るキャッツランドへの貢献ですか? 私は副官として見ていられません。だったら、カグヤに行って本人なりの幸せを掴んでほしいと思うのはダメなんでしょうか?」


 段々と激しいバトルになってきてしまった。シリルとキース以外のメンバーは気まずそうに俯いたり目を泳がせたりしている。


「確かにキースの仰ることもわかります。私の考えは宰相閣下とは異なります。私から縁談の話はストップするように伝えておきます」


 18歳の第八王子とは思えない威厳のある言葉だ。やはり王位継承者で間違いない。あの宰相閣下へストップの指示が出せるのはヒラ王子ではあり得ないことだ。


 そしてふと思い至る。


 これまで第十王子が王位に就くと当たり前のように思っていた。それならば唯一の王族として残るのはシリルだと確定事項のように考えていた。


 しかし、王位に就くのがシリルだとするとどうだろう。唯一残る王族としてナンバー2の地位に就くのはラセル以外考えられない。


 今の王籍に残っている王子の中で飛びぬけて優秀なのがシリル。でもその次に名を上げるならラセル以外いないのだ。シリルとラセル以外、突出した王子はいないのだから。その証拠に婿の指名もその二人以外は来ていない。


 キースの思案が伝わったように、シリルは自信に満ちた笑みを浮かべる。


「ラセル兄上には……時がくれば国の最重要ポストの椅子が用意されることでしょう。それがあの方の逃れられない宿命です。そしてキース、貴方もね」


 ググッとキースの懐も掴む一言である。ラセルがナンバー2の王兄殿下になるならば、キースはその秘書官の座が約束されている。王兄は宰相より圧倒的に強い権限を持つ、雲の上の存在だ。その秘書官……。



◇◆◇



親愛誓約キャラプロミットは、親しい間柄の主従間で親愛の証として交わすものだ。『私は貴女を裏切らない』だから、主がカナで、従がシリルだ」


 キースにはよくわからない誓約だったが、さすがは上級魔術師。ラセルは即解明してくれた。


「それにしてもさー……シリルに対しては兄として申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。俺が呑気にカグヤで遊んでた時に、シリルは一人で戦ってたんだもんな」


 ラセルは『第八王子、半殺し事件』を耳にした時からずっとそれを言っている。


「俺なんかメソメソ泣いてただけだもんな。泣いてたらキースが助けてくれたし。やっぱ俺ってシリルに比べると弱々しいし、ダメ男だよ」


 本来ならば10歳は暖かく守られるべき年齢だ。それなのに、シリルは自分を守るために一人で戦って勝利した。孤独だっただろうと、キースも同様に申し訳なく思った。


「確かにシリル殿下は腕っ節もメンタルも強いし、頭もいい。俺が15でキャッツランドに戻った時には、神童って言われて評判だったよ。なのにどうして王太子に任命されなかったんだろ。シリル殿下から王位継承権がなくなったと聞いてみんな落胆したんだよ。誰もがシリル殿下の王位を待ち望んでいたからね」


 当時のキャッツランド貴族の落胆具合はハンパなかった。絶対的権力者である国王陛下の悪口すら飛び出したくらいだ。文武両道で超絶可愛い。カリスマアイドル的な王子様だったのだ。


「歴代で、王太子を経ることなく王位に着いた国王もいる。シリルもそうなのかもしれない。もしかすると、警備の問題を含んでのことかもな。シリルは海外アカデミーに進学してるだろ? 王太子とヒラ王子じゃ、狙われやすさが段違いだ。俺なんて警備付かなくても危険なんてなかったよ」


「……だから好き勝手やってたのね。警備付けてほしかったよ。お前の身の安全計るためじゃなく、喧嘩三昧な日々を送らせないために」


 一応シリルには警備を付けて留学へ送りだしたそうだ。そのあたりでラセルとシリルでは待遇に大きな差がある。ラセルの不良行為の反省があってのことなのかもしれないが、もしかすると隠れた王位継承者ということで慎重にいったのかもしれない。思惑は不明であるが。


「そのラセルが見た、帝王の刻印ってどういうシステムなの? 王様になると勝手に手に浮かんでくるの?」


 今日のシリルの左手にはそんな刻印はなかった。


 しかし、先日のラセルとの立ち合いでは魔力のオーラなんてものが見えないキースにも感じた。覇気、と呼ぶべき圧倒的なオーラが。


 カナも「ものすごい蒼くて綺麗なオーラがシリル殿下を包んでる」と言っていた。


 シリルが腕が立つことは有名ではあったが、国内ナンバー2のラセルを圧倒するまでとは思わなかった。恐らくナンバー1の近衛騎士団長よりも上だ。つまりシリルは国内最強ということになる。それもまた帝王の力を開放したからなのか。


「それも謎なんだよなー。親父も儀式の時しかそんなの出さないし。それなんですか? って聞ける空気でもないしさ。でも、とにかくシリルは継承者なんだ。その継承者がカナの意思を守ると言ったなら……」


「カグヤの聖女にする話は白紙ってことでいいんだよね? 宰相閣下よりも国王陛下の意思が優先されるんだから、カナが意味不明な相手と結婚させられることもなくなる」


「そうだな。カナの旦那が八百屋やヒモでも問題がないということだな……」


「八百屋? ヒモ?」


 ラセルは八百屋やヒモに転職希望なのだろうか……。


 それはさておき、カナは生涯独身でも誰からも何も言われない。他でもない次期国王陛下が親愛誓約で守ると宣言したのだから。カナが独身のパイオニアの夢を抱くなら、それも叶えられるということだ。


「それと、恐らくシリル殿下は唯一残る王族としてラセルを指名するんだと思うよ。そんな感じだったもん。八百屋やヒモになることはできないよ」


 そう言うと、ラセルは途端に渋い表情だ。


「俺って王兄とか宰相とか、そういうキャラじゃなくない? そんなんじゃなくて、俺はカッコよく騎士やりたいんだって。こう……護衛対象のために身体張る的な? 王兄なんて護衛対象の方じゃんか。カッコよくない。俺は守る側に立ちたいの!」


 やはりラセルは生まれる場所を間違ったとしか言いようがない。


「シリルが即位するまでにあと一年弱ある。その一年の間に何とかしなきゃな。まだ親父がいる。親父に情に訴える手紙をガンガン書いて騎士へのジョブチェンジを認めてもらおう。騎士がダメなら八百屋とか、ヒモとか……」


 キャッツランド国王は死後相続ではない。


 王太子が20歳になってしばらくしてから、国王が引退し、王太子が国王へ就任するシステムだ。シリルは18歳で、もうすぐ19歳になる。時間は限られている……。


 ラセルはさっそく便箋を取り出してせっせと情に訴える転職相談の手紙を書き始めた。


 少しキースに罪悪感が生まれた。ラセルに引っ張られる形での自分の栄達を夢見てしまったからだ。


――主の幸せが一番、と言いつつ、ラセルが王兄殿下になればいいなーとか思っちゃったよ。ごめんね、ラセル……。

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