帝王の覇気② ラセルside
「カグヤ王太子はそれは評判のいい人物です。でも貴方には彼の心の奥まではわからない。どうするんですか? 彼が彼女を軽んじたら。利用するだけ利用して、ボロ雑巾のように捨てる……そんな胸糞悪い男は掃いて捨てるほどいるんですよ?」
「……あの人はそんな人じゃない」
「なぜそう言いきれるんですか? さっきも言いましたけど、貴方は彼の心の奥までは見ることはできない。従弟で友好国の王子である貴方と他人で何の後ろ盾もない彼女。同じように愛情を注いでもらえると思ってるんですか? 貴方にしても利用価値があるから優しくしてるんだとは思わないんですか?」
「お、お前こそ何もわかんねーくせに勝手なこと言うなよ!」
ラセルが声を荒げても、シリルは臆することもない。シリルは冷ややかに笑った。
「そりゃ、何もわからないですよ。会ったことない方ですし。でも僕ならたとえ親友でも、従兄弟でも、兄弟でも、好きな人は譲らない、絶対に。自分以外は信じられないですから。自分のプライドをかけて守り抜く」
シリルの瞳から強い意思が見える。ラセルは手を固く握って振るわせた。何もわからないくせに、と思うが何も言い返せない。プライドがないのは事実だからだ。
「……お前にはわかんないよ。俺はただ……俺なんかと結婚するよりは、地位のあるルナキシア殿下のほうが彼女を幸せにできると思っただけで……」
やっと言い返せたのは力のない言葉だった。
「自分に地位がないから身を引くって言うんですか? 俺なんかって言うほど貴方は価値がない人間なんでしょうか? 身分違いの恋を実らせた男は歴史上存在します。その男達と兄上の違いってなんでしょうね? 兄上って覚悟がないんですよ。今、手合わせをして思いました。貴方の剣には胆力がない。ただ腕力と技術だけで勝負してるんです。気持ちがないんですよね」
酷い言い様である。ラセルはここまでシリルに罵倒されたことはなかった。いつも優しげに穏やかに話すシリルしか知らない。
「……貴方がそんなに情けないのなら、カグヤ王太子ではなくこの僕……私が彼女を妻にします」
ヘーゼルの瞳が強い光を放つ。再び左手の刻印が蒼く光る。絶対的王者のオーラを感じてラセルは息を呑んだ。
「私が本気を出せば、カグヤ王太子ですら身を引くでしょう。元々彼女はキャッツランドが見出した聖女です。貴方のことですから私でもいいって言うでしょう。私には地位がありますから。でもね、地位がある男が誠実な男かと言えばそうじゃない。一夫一婦制の国でも、浮気して侍女に子供を産ませた国王はたくさんいますよ。それどころか、他国では愛人を正妃にしたいからと正妃を暗殺する国王だっている」
シリルの言葉とは思えない残酷な話。しかしあり得ない話でもない。もしカナが夫に裏切られたのなら。異世界で頼るものがいない彼女が、唯一の庇護者である夫に裏切られたのなら――。
「その時貴方はどうするんですか? ただメソメソ泣いてるだけでしょ? こんなことになるくらいなら譲らなければよかった……なんて後悔しても遅いんですよ」
辛らつな言葉の数々がラセルのメンタルにぐさぐさと刺さり、怒りと屈辱的な気持ちが心の底から湧いてくる。
「……次の一本で僕が負けたら、彼女を口説くのは今回はやめておきます。もし勝ったら、ガンガン口説きますから。事前にサーディン先輩から聞いてますよ。彼女……男嫌いなんですってね。僕に圧倒的なアドバンテージがあります。なんといっても僕は男装の麗人ですからね」
サーディン先輩――ビスとシリルは、ジュニアアカデミー時代に同じクラブ活動をしていた先輩と後輩といった関係で仲がいい。たまに手紙のやり取りがあると聞く。
――くっそー。ビスめ。裏切りやがってぇぇぇぇ!
確かに男嫌いのカナにとってみれば、ラセルよりも男装の麗人風シリルの方が圧倒的に好感度が上がりやすい。そのくせ性格はウジウジして情けないラセルより、シリルの方が男らしい。
あそこまで罵倒されたあげくシリルに奪われたりしたのなら、兄としてのプライドはズタズタだ。
「カナは譲らない。誰にも。俺はウジウジメソメソしてるだけの男じゃない。お前をここで倒すからな!」
ラセルは全身に俊敏上昇の風をまとう。
蒼い刻印が宿った時のシリルの瞬発力は、人間の身体能力の限界を超えている。特別な力があるのだ――帝王の刻印には。
――例えシリルが王位継承者だろうと、譲らない。
魔術を宿らせての対戦は、公式戦では禁止されている。だが、今は試合じゃない。ラセルにとって今のシリルは格上の相手だ。成り振り構っていられない。
そして風をまとっての剣術は高度な魔術コントロールが必要になる。即席でシリルが真似できるとは思えない。
「それが正解です。目的のために手段を選ばない。それも帝王には必要なことです」
シリルは満足そうに笑い、刻印の力を全開にした。心を強くもっていないと畏怖の念を抱いて負けてしまう。
ラセルは剣を強く握りしめ、人知を超えた瞬発力でシリルへ下から斬り込んだ。剣と同時に鋭い風の刃がシリルを襲う。シリルが剣でそれを応戦し、しかし風の刃が服を斬り裂いた。鮮血が飛び散る。
しかしシリルは怯むことなく蒼いオーラをまといながら反撃の機会を伺っている。ラセルはそれを許さないように攻撃の手を畳みかけた。
――反撃なんて許さない。圧倒的な力で勝ってみせる。相手がどんな地位にあるヤツであっても。
ラセルは軽い飛行魔術で助走を付け、上段からシリルへ斬り込んだ。お互いに強い衝撃がかかり、一瞬シリルの手から剣が離れそうになった。
「もらった……!」
そのまま下から回転を付けて剣を払った。シリルの剣が上空高く旋回する。
「参りました。お見事です…………我が君」
シリルが緊張を解いて、満足そうに顔を綻ばせた。
「ワガキミ?」
小首をかしげるラセルにシリルは笑みを深くする。そして、また覇気をふっと消した。
「こっちの話です。気にしないでください。そうそう、三本目は負けたので口説きませんけど、二本目は勝ったのでデートは誘わせてもらいますからね!」
「は?……はぁ!? お前……ふざけんなよっ!」
「僕は口説きませんけど、彼女が僕を好きになっちゃうかもしれませんね。男装の麗人パワーで」
シリルは小悪魔な微笑みでそう言うと、二人の凄まじい戦いをぽかーんとした顔で見ているカナとキースの方へ向かっていく。
「……ヒール」
ラセルはカナにヒールをさせたくないので、風の刃で傷ついたシリルへヒールを放つ。しかしなぜかヒールは効かずシリルの身体を素通りした。
「今の貴方のヒールは僕には効きません。早く覚醒してくださいね。我が君」
シリルは自分でヒールをした。そしてカナに男装の麗人風の華やかな笑顔で話しかけた。
本気でシリルは脅威だ。世界中のどのイケメンよりも。カナはビスやラセルよりも、レイナが大好きな男嫌いの女の子なのだから。
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