帝王の覇気 ラセルside

 ラセルは久しぶりに第八王子――すぐ下の弟に会えた。第八王子のシリルとは、幼少期共に過ごした時間はほとんどないが、ラセルがアカデミーを卒業するタイミングで1回、それと外交特使になってから数回会っている。


 兄弟とは縁が薄い……というよりは仲が悪いラセルの中で、数少ない気を許せる兄弟の一人がシリル第八王子である。年下ではあるが、頭脳明晰さは尊敬すらしている。


 シリルはこれから卒業手続きのために、ダビステア王立アカデミーに向かうという。その前に3本手合わせをしようということになった。


 中庭に出てみると、なぜかカナが真っ赤な顔をしていて、キースがバカ笑いをしている。カナに視線を送ると、お互いに気まずくなって目を逸らした。


――喧嘩するつもりじゃなかったのに。


 好きになってもらえたら天に昇るくらいうれしい。でも、同情で結婚してもらうのは違う。自分はカナに相応しくないし、彼女を不幸にしてしまう……ラセルは胸が軋むような気持ちでそう思った。



「兄上? どうしました?」


 剣を構えたシリルが怪訝な声で伺う。


「……彼女、見てますよ。カッコいいところ見せないとですね」


 シリルがラセルだけに聞こえるように伝えてくる。


 カナが睨みつけるようにシリルとの手合わせを見ていた。横でキースがにやにやとしている。


「シリル、随分と余裕だな。お前は剣の戦績では俺より下だよ」


「それはどうでしょう。今日はカッコいいところ見せますよ。美しい女性の前ですしね」


 シリルのヘーゼルの瞳が不敵に輝く。ラセルはイラっと闘気を燃え上がらせた。


 自分の最大限のスピードで、シリルを目がけ上段から踏み込んだ。力では圧倒的にラセルが上だ。シリルは押されながらも剣を受け止め、2,3回激しく打ち合う。


 間合いを取った後に横から踏み込んで、勢いよく回転をつけて急所を狙う。もらった、と思った瞬間、シリルから蒼い覇気を感じた。その瞬間、シリルが今までとはレベルの違うスピードで突きをしてきた。ラセルが急所を突く前に、シリルが首すじに剣を寸止めしてきた。


「文句なしに一本ですよね?」


「……参りました」


 ラセルは信じがたい気持ちでシリルを見た。オーラなんて見えないラセルにも感じる。シリルの圧倒的な覇気。


「兄上、次一本取ったら、彼女をデートに誘っていいですか?」


 至近距離で シリルが小悪魔のように微笑んだ。ラセルはシリルが単なる誠実で心優しい青年でないことを薄々気付いている。こいつはかなり……冷徹で腹黒い。


「キースと彼女の会話からなんとなく、兄上との関係性が見えました。カグヤ王太子に譲るくらいなら、僕が口説いていいですよね?」


「はぁ? 何言ってんだ、このクソガキ!」


 一本目もかなり本気だったが、二本目はさらに全開で行くことにした。


――俺はあの近衛騎士団長とガチで僅差の勝負したんだからな! こんなクソガキ王子に負けるわけないだろうが……ッ!


 かなりスピードに乗って踏み込む。下から足を狙って薙いで、かわした瞬間胴を狙いに行く。寸止めにする気もない。後でヒールすればいいだろうというくらいの殺気で渾身の三段突きを胸に向かって撃つ。しかし、一瞬シリルの手の甲にまばゆい光が集まったように見えた。


 そこからまた、圧倒的な覇気を感じた。

 

 一流の剣士であるラセルのスピードを遥かに凌駕する勢いで、突きを回転しながらかわし、シリルの細い身体から繰り出したとは思えないほどの圧倒的な力でラセルの剣を跳ね飛ばした。


「う……うそだろぉ……」


 キースが唖然とした表情でシリルを見ている。カナもぽかーんとした顔で跳ね飛ばされた剣を見ていた。


「……参りました」


 そしてラセルはシリルの手の甲にうっすらと蒼い印があることに気付いて息を呑んだ。


――親父が以前、神儀の時に一瞬見せた…………帝王の刻印……?


「お前……いや…………貴方は……まさか」


 本能的に感じる畏怖。シリルから感じる王者の風格。しかしなぜだ。シリルには王位継承権はないはずだ。帝王の刻印が彼に宿るはずがないのに。



 シリルはふっと覇気を消した。そして先ほど出会いがしらに見せたような、甘えるような笑顔でラセルを見つめた。


「で、カナ様をデートに誘ってもいいですか?」


 またイラッとした。シリルは女の子が男装したような見た目だが、男には違いない。


――でも、もしこいつが本当に――なら、ルナキシア殿下と同等……いや、それ以上の地位と権力がある。こいつの嫁でもカナは守られる。


 第十王子や宰相の息子といったよくわからない連中とも違う。明晰な頭脳、強さと優しさと誠実さを持っている。


 子供時代に共に過ごしたルナキシアほど関係性は密ではないが、人間性には信頼が置ける。外交特使の仕事を手伝ってもらったり、バイトに付き合ってくれたりもした。その時、共に過ごした期間は多くないが、確かに弟だと親しみを感じたものだ。


 それに、カナはラセルの所有物ではない。恋人でもない。


「……そんなのカナに聞けばいいだろ」


 力なくそう言うと、シリルは咎めるような目つきでラセルをまっすぐ見つめた。


「三本目をやる前に、兄上に聞きたいことがあります。兄上はなぜ、無条件にカグヤ王太子を信じてるんですか? なぜ好きな人まで譲るんでしょうか。貴方にはプライドはないんですか?」


 プライドがない。ラセルの胸にぐっさりとくる一言だった。

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