男装の麗人がやってくる
「たぁーーー! えい!」
私は一人で黙々と素振りをする。バカ王子を思い浮かべ、剣を振るい続ける。レイナは途中まで付き合ってくれたけど、あまりの私の殺気に恐れをなして立ち合いをするのを逃げてしまったのだ。
「もう十人くらいバカ王子を斬った気がするよ……」
ぜぃぜぃいいながら芝生に座りこむ。
冷静になってみると、確かに私も言い方が悪かったな。うん……かなりダメダメだった。あれじゃ100%同情って思われても仕方ないもの。もしかすると、素直に好きって言えば彼の反応も違ったのかもしれない。
逆に傷つけてしまったと思う。でもなー……。ああもウジウジされるとなー……どう謝っていいのやら。
そんなことを思っていたらまた来客のようだ。またあのお姫様か!? そう思って身を固く構えていたら、今度は違う相手のようだった。
白地にクリーム色のアクセントが入った隊服の騎士団を引き連れた、一人の騎士装束の女の子が渡り廊下を歩いている。その子の姿を見て、私は息を呑む。
明るいブロンドの髪を短く切りそろえ、美しいブロンドのキューティクルが風にたなびく。ぱっちりとした瞳もブロンドに合わせたような美しいヘーゼルの瞳で、肌が輝くほど白く、美しい。頬は淡いピンクで、唇も淡いピンク色。ナチュラルメイクなのに、昨日のお姫様を大きく凌駕するほど美しく可愛い。
ドレスじゃなく騎士装束なのも、逆に不思議な色気を醸し出している。これは……男装の麗人ってやつだ。
な……なんなの? またラセル目当ての姫二号? 昨日よりパワーアップした敵が現れた!
鉢合わせしないように木陰に隠れてみる。
ワナワナと震えていたら、麗人の向かいからラセルが歩いてくる。ラセルは彼女の姿を見て優しく微笑んだ。
何を話しているのかは不明だけど、ラセルはなんと、男装の麗人の髪に触れて、頭をぽんぽんとした。あのイケメン必殺技の頭ぽんぽんだ。
そして男装の麗人もまた、ラセルの肩にかかった髪に触れ、甘えるような愛らしい笑顔でキューティクルの感触を確かめている。ラセルもまた麗人の髪に触れた。
なんと絵になる二人だろう。絵画の中の世界のようだ。
ブルブルと怒りに震える。なにが「俺は好きな子以外に身体触られたくない!」だよ! あれはどう見ても演技じゃない。本心から喜んで髪を触らせている。
あ……でも……喜んで髪を触らせてるんだから、彼女が好きな相手ってこと? じゃああの、びっみょーな告白は? 独身のパイオニア発言はなに?
私は自分の中にこんなドロドロとした感情があるなんて知らなかった。私はいつの間に……泣いていた。
「バカッ! バカ王子! 何が独身のパイオニアは俺が継ぐだよ! ウソつき! もうあんな男大っ嫌い!」
グズグズと蹲って泣いていたら、今二番目に会いたくない人物が近づいてきた。
「あれ? カナどうしたの?」
ガバッと顔をあげると、昨日散々バカ王子を私にお勧めしまくったキースの姿がそこにある。
「バカッ! あんたがあんな風にバカ王子を営業したりするから! バカーッ!」
八つ当たりとわかっていたけど、キースを罵倒してしまう。
「あいつには好きな子いるじゃないの! あの子と結婚すればいいでしょッ! どうせダビステアの貴族か王族の令嬢なんでしょ? あの子の婿になればいいじゃないの! 私はやっぱり独身のパイオニアなんだからねッ! あいつの推薦するイケメン王太子なんかと結婚なんてしないからね!」
「あの子ってどの子?」
キースはきょとんとしている。
「ほら、渡り廊下で騎士をずらーっと引き連れてきた女の子だよ! 男装の麗人って感じの超美少女だよ!」
麗人はラセルと別れ、渡り廊下からこちらを見ていた。
キースは麗人を見て、しばらくぽかーんとしてから急に吹きだした。
「…………ぷっ……ぷはははッ!……や、ヤバい……うける……ッ……ぎゃははははッ……笑いすぎて死ぬ……ぎゃははははッ」
青くなったり怒りで赤くなったりしている私の横で、なぜかキースは大爆笑して芝生を転げ回る。
「なっ……わ、笑い事じゃないでしょッ!!」
何をゲラゲラと笑っているんだろう。こっちはガチ泣きだっていうのに!
麗人は愛らしい微笑みを浮かべ、芝生で転げまわって笑うキースとビビりながら後ずさる私の方へ近づいてきた。
「笑いすぎだよ、キース。そんなに面白い?」
優しげな声で麗人がキースに手を差し出す。
「ご、ごめんなさい……でも……ッ……ほんとごめんなさい……でもでも……ッ……ぶははははーッ」
「……それでも公爵令息なの? もうちょっと品よく笑いなよ」
「だって、カナが……ッ」
バカ笑いまで私のせいにしないでよ! キースを睨みつけていたら、麗人がすぐ目の前にきていた。
間近で見ると私より少し背が高い。すらっとしたモデル体型だ。
麗人はキースを引っ張って起こしてから、私に向かって微笑んだ。バックに華が見えるようだ。まさにヒロイン……。
「初めまして、聖女様。キャッツランド王国第八王子のシリル・オリバー・キャッツランドと申します。僕はダビステアの貴族の令嬢でも、王女でもないです。実の兄弟なので、ラセル兄上とは結婚できませんよ。残念でした!」
「…………はい?」
私もきょとんとして美しい麗人……ではなく、シリル第八王子を見つめた。
「しょっちゅう間違われるんですけど、正真正銘の男です。ほら、女の子にしては声も少し低いでしょ? ちゃんと喉仏もあるし」
よくよく間近で見ると、確かに喉仏ある! 人生でここまで喉仏をガン見したことはないが……。声も優しげではあるけれど男性の声だ。
や、や、ヤバい。やらかした……。性別を間違えるなんて、超失礼なことをしてしまった。しかも相手は王子様だ。さぁ~と血の気が引く。
「……た、た、大変失礼なことを申しました! 大変申し訳ございませんッ!!」
私は平謝りで謝る。もう土下座したいくらいだ。
しかも、ラセルと結婚とか、嫉妬に狂ってとんでもないことを言ってしまった。そして聞こえていたなんて! 私はさきほどとは別の意味で青くなったり赤くなったりしてしまう。
「僕は地獄耳なんです。大丈夫ですよ、兄上には聞こえてませんから……キース、まだ笑ってるの?」
「ごめんなさいシリル殿下……でも……カナがシリル殿下に嫉妬……ッ! ラセルとシリル殿下が結婚とか……ぷっ……ぷははっ」
「まったく仕方がない人だな。どうせ僕に敬意なんてないでしょうから、敬称いらないですよ。兄上みたいにシリルって呼んでください」
「いやいや、敬意ありますよ。シリル様は俺のヒーローで、尊敬してますから……ぷぷっ」
キースは本当に失礼なヤツだ。でもそんなキースに気を悪くすることもなく、シリル殿下は優しく微笑んでいる。出来たお方だ……。
「もうすぐ兄上が来ますから、そろそろ笑うのやめましょうね」
「は……はーい……ぷっ……ふふふっ」
キースが笑い終わる前に、ラセルは練習用の剣を二本持ってやってきた。そして私を見て目を逸らす。
なんで逸らすのよ……と思いつつも私も目を逸らした。
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