独身のパイオニアの志?

 キィ……と猫用出入り口が開き、黒猫が現れた。私も来るだろうな、と思っていたけどね。


 人間の姿で謝りにこないのがラセルだなって思う。情けないやら、猫の姿ならほだされるという計算なのか。


 でも、今回悪いのは私だしね。


 ベッドの上で腕を伸ばすと、いつものとおり腕の中に飛び込んでくる。


「ラセル、おなか大丈夫?」


 おなかのあたりをさすってあげると「うん」と一言返してくる。


「よかった。さっきは酷いこと言ってごめんね」


「そんなことない。怒鳴ったりしてごめん。八つ当たりだった」


 なでなでしていたらごろごろと喉を鳴らし始めた。これは気持ちがいいらしい。


「ラセルは女の子に触られるの嫌なんでしょ? 猫の時はいいの?」


「相手によるよ。人間の時でもカナは触っていいよ」


 ここまでわかりやすい矢印を向けられているのに気付かないフリをしたのは、私の自己肯定感が低いせいだ。ラセルみたいな人に好かれるはずがないって思ってた。


 私がラセルと結婚すれば、ラセルを守ることにもなるのかな。


 これからもラセルにはお婿の話がひっきりなしにくるのだろう。そのたびに彼はどうやって断ろうかと悩むことになる。


 さきほどのキースの話を思い出して、優しくラセルの背中をなでた。


 第七王子との結婚……か。


「ねぇ、もしあなたが結婚するとしたら、あなたのお嫁さんは何をするの?」


「なにって……どういうこと?」


 黒猫が首を起こして、まっすぐに私を見つめる。


「だから、あなたは第七王子でしょ? 第七王子のお嫁さんは普段なにするの?」


「ま、まさか……第七王子の嫁になりたいのか!?」


 尻尾をピーンと伸ばしちゃって、わかりやすい子ね、ほんと。


「私があなたと結婚すれば、あなたは強引なお姫様から口説かれて胃を痛くすることもなくなるんでしょ?」


 とたんに耳をぺたんとさせてしまう。あ、言い方間違えちゃったかも。


「あ、あのね、同情とかじゃなくて」


「いや、どう聞いても同情だろそれ……」


 わかりやすくへにゃんと崩れて、ラセルはイジイジしだした。


「第七王子の嫁って特に仕事ないよ。公務なんてないし。俺のこうした外交特使の仕事も付き合わなくていいし、国元でのんびりしてるだけだよ。亭主元気で留守がいい、を地でいける理想的な生活を提供できる」


「えぇ~……それ、寂しいじゃないの」


「寂しくないだろ。俺なんて顔と剣と魔術くらいしか取り柄ないつまんない男だし、いない方がいいんじゃねーの?」


 うわぁ……めんどくさ……。どこまでマイナス思考なのやら。こりゃ、いくらイケメンでも性格的にモテないね。


「キースから言われたんだろ? あいつもこんなしょうもないバカ王子の面倒見るの、いい加減うんざりなんだろ」


「そんなことないよ。キースは心配してたよ」


 やさぐれMaxなラセルはへにゃんとしたまま、ずるりとベッドを降りた。


「俺に気を使わなくていいから。確かに俺……お前のこと…………だけど、お前は聖女だし、俺みたいなつまんない男は相応しくない。もっといいヤツいるよ」


 なにそのびっみょーな告白。しかも私、振られちゃったわけ!? 段々イライラしてきた。なんでこんな男好きになっちゃったんだろ。


「聖女だからなんなの!? 聖女のスキルがあれば一人でクリーニング屋だって、農家だって営めるんだから、旦那の職業なんてなんだっていいよ! 第七王子だろうが、八百屋だろうが、ヒモだろうが、なんだっていいの!」


「聖女は色々な方面から狙われる。八百屋とヒモはやめとけ。お前を守れない」


「守られなくて結構! 私は自分のことは自分で守る。男なんかに頼らないんだから! いつかあんたよりも強くなってやるんだから!」


 今日だって微妙に勝ったんだからね! ますますスキルをあげて、ラセルと両腕で勝負しても勝てるようにならなくては。


 仲直りしようと思ったのに、また殺気溢れて睨んじゃった。本当にこの猫はバカだ。言い方間違えた私もバカだけどさ。


 でも、こんな態度じゃこっちから好きとも言いたくないな。


 猫もはぁ……と深い溜息を吐いたようだった。


「お前は王太子とか、そういう身分高い男のほうがいいってこと言ってるんだよ」


「王太子って王様の後継ぎでしょ? そんな人お断り! 面倒くさいじゃないの。だったら第七王子や騎士や魔術師のほうがいい!」


 すると猫はとんでもないことを言い出す。


「前も言ったことがあるけど、俺のツテは親戚のカグヤ国だ。カナはキャッツランドより、カグヤの聖女になったほうがいい。そしてカグヤ国には独身の超イケメンの王太子がいる」


「へ……へぇ。イケメンね。イケメンは嫌いなの」


「あの人のことを嫌う女はなかなかいない。俺、その人のこと尊敬しててさ。俺はあの人とお前が結婚すればいいって思ってるんだ。あの人ならお前を守れる。そうしたら俺もカグヤで騎士として転職して、お前とカグヤを守る」


 頭が鈍器で殴られたようなショックってこんな感じかな。


 私は、私が好きで、私のことが好きな男から、別の男を結婚相手として斡旋されているという衝撃な展開を迎えている。そして彼は勝手な転職後の未来図を描いている。


「あんたに結婚相手を斡旋されなくて結構よ! もういい! 私はやっぱり誰とも結婚なんてしないんだから! 生涯独身のパイオニアになってやる!」


「生涯独身のパイオニアの志は俺が継いでやるから心配すんな。お前は王太子妃になって立派な聖女になってくれ」


「なんっであんたに志を継いでもらわなきゃなんないのよ! あんたこそどこかのお姫様と結婚しなさいよ! バカ王子! 大っ嫌い!」


 結局、ますます仲が悪くなってしまった。せっかく仲直りしようと思ってたのに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る