熱烈な営業

 カチャカチャと侍女に変わり、下げたお茶を洗っていると、キースが渋い顔で現れた。


 実は、キースが私にお茶を出すように言ってきたのだ。「そろそろあいつの胃が痛みだすころだから助けてあげて」と言われて行ったら、本当に顔色が真っ青でビックリした。キースはなかなか有能な部下なのかもしれない。


「ねぇ、なんでラセルが胃が痛くなるってわかったの?」


「いつものことだから」


 キースは憮然とした表情だ。


「胃ってストレスに弱いんだよね~。ラセルはメンタル激弱だし」


「あの王女様がストレスなの?」


 あの綺麗な王女様がストレスとは。好きな人以外に触られたくないって言ってたから、それが彼の女性遍歴のなさの原因なのだろう。意外と潔癖症なのかもしれない。


「あの王女様に限らず、婿の話が来るたびにああなるの。あいつ、婿養子では大人気物件でさー。ああやって引っ切りなしに婿の話がやってくるんだよ」


「そんなに人気なんだ! 確かにカッコいいもんね」


 あの綺麗な髪は確かに触りたくなる誘惑にかられる。真剣に剣を振るってる姿や、強い魔術撃ってる姿はものすごくカッコいいし、逆に笑顔は可愛い。胃が痛いって悶えている姿も妙な色気があって庇護欲にかられるというか……モテないのが不思議な物件ではあるのだ。


 それにしても、あんな風に私に怒鳴ったのは初めてだ。いつもラセルは私には喜怒哀楽の怒の感情は向けてこない。少なからずショックで、深く溜息を吐いた。


「私、あの人のこと傷つけちゃった。だって、あんな綺麗な人に髪とか触らせてるし、そりゃご機嫌よねって思ったんだもの。でも本人は嫌だったみたい」


「ラセルはそんなに軽いタイプじゃないの。相手が女子だとボディタッチ程度でも嫌がるよ」


「だって、あの辺境伯夫人の膝の上に乗ってたじゃない? あれはいいの?」


「猫の時はいいんじゃない? 猫でも嫌な時もあるだろうけど、我慢できなくなったら魅了使えばいいしね」


 そういえば、猫ってあまりしつこく撫でられると嫌がる習性があるって何かに書いてあった。軽く考えていたけど、彼は意外とストレスを溜めているのかもしれない。


「少し落ち着いたら謝ってくるね」


「今はやめたほうがいいよ。あっちから謝ってくると思うし。あと……」


 キースは急に真面目な顔で切り出した。


「カナはもし結婚するとして、相手の身分って気になる? 例えば王様じゃないと嫌だとか、王位継承権がない男は男じゃねーみたいな?」


 何を言い出したのかと目が点になってしまう。王様とか王位継承権とか何の話よ?


「だから、私は結婚とか考えたことないんだって」


「もしするとしたら、だよ。女の子は相手の身分が高ければ高いほどいいのかなって」


「別に、私は性格がよくて、仲良くできる人だったらなんでもいいよ。でも逆に王様は嫌かな。平民がいい」


 王様が相手なんて疲れて嫌だ。できれば、平民で、家事とかやってくれて、私も働いて……って言うのが理想だよ。日本でいったら会社員とか。社長だとしても小さなスタートアップとかで、私もそれに協力するとか?


 でもこの世界って夫婦は共働きじゃないのかな? やっぱり私は現代日本の価値観からは逃れられないみたい。


「なんで平民がいいの?」


「そりゃ、私も日本の平民だからだよ。王様なんて考えたこともないし、疲れるじゃないの。身分は高くない方がいいよ。釣り合わないし。でもなんでそんなこと聞くの?」


 キースが複雑な表情で私を見つめる。な……なんなの?


「もっと直接的に聞くと、第七王子とかどうよ?」


「は……はぁ?」


 思わず手に持ったカップ落としそうになるよ。慎重に拭いて、棚に戻す。

 頬が熱い。キースに見られたくなくて、棚の方を向きながら返す。


「だ……第七王子もだめ! 王子様は第七でも第九でも、第十五だろうとだめ! もっと超絶普通の人がいいの!」


「え~……そんなぁ……第七王子は王様じゃないから気楽だよ?」


「そ……それに第七王子って超具体的じゃないの! キースは私とラセルが結婚すればいいと思ってんの?」


「そりゃ、ラセルと俺は付き合いが長いからさ。あいつが無駄に苦しんでるのは見たくないんだよ。できれば幸せになってほしいし」


 そりゃ、私も胃が痛くて苦しんでるのは可哀想だなって思うよ。


 それに、私もラセルが好きだし……。でも好きと結婚って別じゃないかな。私が第七王子妃になる……とか。


 ラセルが私の旦那さんかぁ……。


 旦那さんになったら、あの綺麗な髪を触り放題かな。猫になっても可愛いし。具体的に妄想したら意外と楽しそうで、また顔が熱くなる。多分、トマトみたいになってる。


「カナは聖女だし、平民より、ある程度身分がある人のほうがいいって。第七王子はバランス的にちょうどいいじゃん。それにラセルって、承認欲求とかうざいしたまにイラつくけど、優しいし、根はものすごーくいいヤツだよ」


「いいヤツなのは知ってるよ。人攫いの時も、黒猫で出会った時も、見ず知らずの私を助けてくれたし。でも王子様でしょ? 私は平民だし、身分差がどうなんだろうって思うよ」


 そう言うと、キースは「二人で同じこと言ってる」と呆れたようにぼやいた。


「うちの国はさ、王子って言っても永遠に王子やってるわけじゃないんだ。まだキャッツランドは王太子は空位なんだけど、いずれはラセルの弟が王太子になるんだ。その王太子が王位を継いだ一年後に、兄王子達は一斉に臣下に下る」


 そう聞いて、はて? と疑問が生まれる。


「お兄さんじゃなくて弟さんが王様になるの? 第一王子じゃなくて?」


 普通、一番先に生まれた王子様が跡取りだよね。確か日本の皇室でもそうだし。この世界は違うのかな?


「確かにナルメキアやダビステアはそうなんだけど、キャッツランドは違うんだ。どういう基準なのかは超謎なんだけど、この人は王様に相応しい! っていうのを国王陛下なのかな……が決めてて、その人が王様を継ぐの。でも第一王子から第九王子まで相応しくないって落とされちゃったんだよ」


「……第一王子から第九王子までみんなダメなのってなんで?」


「それが俺達国民にも謎なんだよ。第一王子とか、第八王子とか超優秀なのにさ。でもそんなわけだから、王を継がない人は、特定の一名を除いて臣下に下る。ラセルが特定の一名になる可能性はなくはないけど、多分臣下になるよ。そうなると、王子の嫁じゃないからいいじゃん。しかもあいつは専門スキルが高いから高給取りで間違いないよ。なんといっても国でナンバーワンの魔術師だし、剣士としてもナンバーツーだよ」


 すごい売り込みだ。王子様として育ちはいいということを担保しつつ、いずれはその堅苦しい身分から解放され、しかも出世しそうな物件。高い専門スキルがあるから食いっぱぐれがないということか。


 これは揺れ動くなぁ……。顔がカッコいい、以上に好条件だ。


「しかも! あいつから聞いた? カグヤ王国にツテがあるって。カグヤ王国の王太子はラセルの従兄で、ラセルを実の弟のように溺愛してるんだ。カグヤに行けば宰相クラスまで出世する可能性がある! あー俺もカグヤ行きたい。あいつにぶら下がって出世したい。むしろ俺が嫁になりたい。いい物件じゃないか~」


 キースは思いっきり営業をして去っていく。


 確かにカグヤで聖女って話は聞いたけど……。彼は騎士希望じゃなかったっけ? でも王太子の寵愛があればそれよりも上に行けるってことか……?


 強引な売り込みではあったものの、なんだかドキドキしてしまう。


 そにしてもラセルって周りからアシストしてもらわないと、女の子も口説けないのか。


 メンタル弱くてちょっと情けない。

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