独身のパイオニア ラセルside

「あ、あ、あの、なんで名前呼び捨てなんですか?」


「夫となったらそうなるでしょう? ラセル」


「いやいや、夫になるなんて一言も言ってないですよね?」


「第七王子の貴方に拒否権ってあるのかしら?」


 完全に第七王子を下に見ている……。穏便にどう答えようか悩みどころだ。そして、段々と胃の痛みが増していく。


――痛い。めっちゃ胃が痛い。どうしよう。息ができないくらい痛いんですけど!


「あの……すみませ……体調が……」


「どうしたんですの? ラセル」


 だから名前で呼ぶのやめてくれ、というところでノックがした。


「失礼します、お茶をお持ちしました」


 入ってきたのはカナだった。お茶を置いて、腹部に手を押さえて悶えるラセルを見て顔色を変えた。


「大丈夫ですか? 殿下」


 カナには珍しい殿下呼び。王女の前だからか、と思いつつも朗報だと感じた。


「ごめん、ちょっと体調悪くて。キース呼んでもらえるか? そういうわけで、大変申し訳ないのですがサリエラ殿下」


 ここで空気読んでくれ……! と願っていたら、カナが援護射撃をしてくれた。


「あの、大変申し訳ないのですが、ラセル殿下は体調が悪いようでお休みさせたいのですが……」


 帰れ、とあの目で訴えてくれたみたいだ。


「そうですか。でも王配になっていただければ体調管理も王宮で万全な体制を整えましてよ? よくよくお考えになってくださいね」


「……改めて本国からお返事しますネ」


 お約束のお断り文句をして、王女には去ってもらった。


「……いや、マジで胃が痛いんだけど」


 怪我ではなく胃の痛みの場合は、ヒールもうまく効かない。するとカナがヒールをしてくれた。胃の不快感がすっと抜けていく。


「ありがとう。今、ほんと死ぬかと思った」


「どうしたの? さっきまで髪の毛触らせてご機嫌だったじゃないの?」


――髪勝手に触られたの見られてたのか……。


 応接室の窓は広い。中庭から丸見え状態だ。


 髪はラセルにとって大切なものなのだ。お手入れも頑張っているし、めったに人に触れさせたくない。それを好きでもない相手に触られ、よりにもよって好きな相手にそのシーンを見られてしまった。


 ご機嫌と捉えられてしまったこともまたショックである。


「お前な、あれをご機嫌というのか? ぜんっぜんご機嫌じゃねーよ! 第七王子って見下されて! 髪触られて超ぞわぞわしたよ。俺は自分の身体は好きな子以外触られたくないんだよ! ストレスで死にそうだよ!」


 本当にぞわぞわして、つい怒鳴ってしまった。感情を爆発させた途端、「あっやべぇ」と思うも既に遅い。


 カナもショックを受けた表情で「ごめんなさい」と告げてそのまま去って行った。


「もう……なんなんだよ!」


 ソファに拳を叩きつけて、ラセルはソファに突っ伏した。



 ◇◆◇



「ラセル、大丈夫か?」


 だいぶ時間が経ってからキースが迎えにきてくれた。カナが呼んでくれたんだと気付いた。


「全然大丈夫じゃない。カナにあの女に髪触られた屈辱的シーン見られてしまった。髪は俺の命なんだ……うぅ……ッ……」


「……そんなマジで泣かないで。慰めようがないって。キャッツランドではイケメン王子が一人身でいる限りからは逃れようがないんだよ」


 キースの苦言が胸に刺さった。


「早く王子辞めたい。いつかカナが言ってたじゃん。独身のパイオニアってやつ。俺、それを目指す。ガチで目指してやる……ッ」


「……それがお前の幸せなら別にいいけどさ。でもカナのこと好きなんでしょ? キャッツランドの第七王子でも、カグヤの騎士や魔術師でも、カナと結ばれちゃダメってことはないじゃんか。カナは相手の身分で判断する子じゃないと思うよ」


「もうやめてくれよ……俺のこと追い詰めるなよ……うぅ……ッ……俺はもう独身のパイオニアになるって決めたんだから……」


 キースが同情のような、呆れたようなような目でグズグズと泣いているラセルを見つめている。


「あーあ……そんな風に泣かれると俺の方が胃が痛いんですけど」


 そう言ってキースは応接室をそっと出て行った。




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