サリエラ王女 ラセルside
摩擦で少しだけ熱くなった腹部を撫で、ラセルは笑みを浮かべた。さきほどレイラに指摘されたことは実は事実だったのである。
ヒールなんてされたら勿体なさすぎる……とかすかな痛みと幸せを噛みしめた。
「お前さー、その顔ものすごーく気持ち悪いよ? イケメン台無し」
キースがにやけるラセルを気味悪がって見つめた。
「うっせーな。小さな幸せを味わったって罰は当たらないだろ」
「……さっさと告ればいいのに」
「バカ! 俺は別にカナと付き合いたいとか、結婚したいなんて恐れ多いことは考えてねーよ! それにあいつは俺を嫌ってはいないだろうが、決して好きではない! むしろ、嫌いに近い好きだ」
「嫌いに近い好きってなにそれ? そんなのあるの?」
「あるの! それにしょせん俺は輸出要員の第七王子で、カナは聖女様なんだから身分違いもいいとこだよ!」
「いくら宰相だって、二人が恋人同士だったら無理やり引き裂いたりしないだろ。もしするなら、ヒルリモール公爵家が一家総出で全力で抗議してやるよ」
「余計なことしなくていいんだよ! カナは…………ルナキシア殿下みたいな人と結婚するほうがいいんだ。どうせ俺なんか……」
「ウジウジイジイジしてて面倒くさい男だねぇ。だからモテないんだよ。じゃあなんであんなに好き好きアピールしてたわけ? 他人に斡旋するくらいならアピールしなきゃいいじゃん。バカみたい」
キースの辛らつな言葉にぐうの音も出ない。
「あ、アピールは勝手にそうなっちゃったっていうか。好きなのは好きなんだから仕方ないだろ! 大体あいつは俺のことなんてぜんっぜん好きじゃないし、そ、それに付き合ったり結婚するだけが愛じゃない! 俺はただ、一途にカナを守る騎士になりたいの! それ以上の望みはない! お前のせいでマゾな幸せを味わってたのが台無しだよ! あー胃が痛い」
カナの結婚をリアルに考えてしまい、途端に胃が痛くなってきた。どうもラセルのメンタルは胃痛に直結してしまうのだ。
「残念なことに、さらに胃が痛くなっちゃうかも。ダビステアの王女様がお忍びできてるよ。サリエラ殿下」
キースが嫌そうな顔で聞きたくない人物の名を口にする。
「……マジで?」
「うん。もう直で本人来ちゃってるし居留守は使えないよ」
「うわぁ~……最悪」
「ラセルが煮え切らないからこうなる。お前にちゃんとした恋人がいればダビステアだって引き下がるっていうのに。それに彼女、政略結婚っていうよりはガチでお前のこと好きみたいだよ」
「…………俺は好きじゃない」
ラセルは恋愛面でのキャパシティは広くない。気になる相手が出来ると他に目移りというのは基本的には出来ないタイプで、好意を持たれても本気で困るのだ。
「とにかく頑張って魅了でも使って乗り切れよ」
「あの人は、猫より人間の姿を好むから魅了は使えないんだよ……」
ラセルにとって珍しい猫より人間を好む要人である。つまり、男としての自分を好んでいるということ。
胃が痛くなる思いで、サリエラ王女の待つ応接室へ向かった。
◇◆◇
「ラセル殿下、せっかくダビステアにいらっしゃったのに会いに来てくださらないなんて」
挨拶もそうそうにサリエラ王女は軽く睨んできた。好きな相手に睨まれるのはおいしいが、特に興味がないので面倒なだけである。
「弟王子のところには遊びにきたと聞きましたよ」
「申し訳ありません。どうしても男同士のほうが話が弾むので」
話が弾んだというよりはもふられて、もふられただけなのだが。
苦笑いを浮かべ、席を進めると、いきなり向かいの席ではなく、ラセルの横に座った。なかなか距離が近い……。
「あ、あの……なぜ私の隣に」
背中に嫌な汗をかきながらラセルは尋ねると、サリエラ王女は美しい笑みを浮かべ、妖艶に迫ってくる。彼女はラセルよりも年下だが、恋愛偏差値は圧倒的にサリエラ王女が上のようだ。
「近くで貴方とお話したかったのですわ。誰もおりませんし」
「いや、あのですね……」
そしてサリエラ王女は、ラセルの肩にかかった黒髪に手を伸ばす。
「なんて美しい……。手触りが絹のようですわ」
「えっと……いきなり人の髪触るのはど、どうなんでしょう」
「申し訳ありませんわ。お慕いする気持ちが抑えきれず、つい……。父から私のこと聞きませんでした?」
ダビステアの国王陛下からも直接聞いている。このサリエラ王女との結婚の打診を。第一王女である彼女は、いずれは女王として王位を継ぐ。その王配になってほしいということである。
確かに、ダビステアと親交の深いキャッツランドの第七王子は王配としては適任だ。
――あーあ、好きな子だったら王配でもなんでもなってやるし、好きなだけ髪もいじらせてあげるんだけどな。むしろ大歓迎だけどな。
ラセルは、今となりにいる王女がカナだったらと現実逃避し始めていた。
「殿下は第七王子でいらっしゃるでしょう? 失礼ですが本国では閑職しか与えられていないと伺っておりますが」
「…………そ、そうですね」
外交特使は閑職もいいところだ。正式な大使でもないし、特にこれといって権限もない。キャッツランドが大国だから、こんなお飾りの役職につけて遊ばせてもらっているだけなのだ。
「キャッツランドの第七王子でいらっしゃるより、ダビステアの王配になるほうが殿下の将来を考えた際には圧倒的にいい道かと思うのですが。貴方の国の宰相閣下からもお手紙をいただいておりますわ。とっても魅力的な方だと」
またしても宰相閣下である。宰相閣下はなんとかラセルを輸出しようとあれこれと営業をかけているようだ。
――邪魔くさくて魅力的じゃないから宰相は手紙書いたんだよッ! わかってねーな!
本音をぶちまけられればどんなに楽か……。
「そろそろ、きちんとした返事を、もちろんいいお返事を聞かせていただけませんか? ラセル」
――ついに名前呼び捨てきたーー! もう誰か……助けて……。
むしろ普段なら殿下と呼ばれるより名前で呼ばれる方が嬉しい。ビスやレイナにもそうしてほしいくらいなのだが、この王女には名前で呼ばれたくない。
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