剣のお稽古と公邸の訪問者
翌朝、約束どおりにラセルが剣のお稽古をつけてくれると言ってくれた。
でもいいのかな。今日は暇なのかなぁ。
なぜかレイラまで稽古に付き合うように指示をして、ラセルは短剣を象った練習用の剣を二本私たちに寄こした。
練習用の剣なので、切れないように加工してある。
「私もですか?」
ちょっとレイラは不服そう。ビスだったら喜んで付き合うくせに。
「そうだよ。レイラ、ナルメキアでちょっと危うかったってビスから聞いてる。ちゃんと稽古してるのか?」
「……してないデス」
「騎士の嫁になるんだろ? これからの騎士の嫁は自分でも戦えないとダメだ! と俺は思う」
「殿下の勝手な考えじゃないですかー! 全く……別にいいですけど!」
レイラな短剣を構える。構えはそこそこ様になっているように見える。
「じゃあ、俺を敵だと思って、適当に打ち込んでみて」
ラセルは左手だけで剣を構えた。
「い……いきますよ! たぁー!」
裂帛だけは十分に、レイラは振りかぶる。しかし全く当たらずに避けられてしまう。
「なんか、攻撃がワンパターンなんだよなぁ」
ラセルが左手でパンッと剣を払うと、レイラの剣が手から離れて遠くまで飛んで行った。
「あぁ~……! 今本気でした?」
「本気っていうか、俺の利き腕は右なんだけど」
「だって、利き腕じゃなくても殿下の力には叶わないじゃないですかー!」
「襲ってくる敵は大体左腕の俺程度だと思っておけよ」
心優しい王子様は剣をわざわざ取りに行って、レイラに手渡した。
「少しでも俺の身体に当てたらOKね」
「そ……そんなのムリです!」
ぜいぜい言いながら果敢に挑むけれど、全く歯が立たないようだ。ワンパターンかぁ……。
私も剣の心得はほとんどないのだけど、次にどうくるのかっていうのが見えちゃうんだよね。裏をかかないと……でもどうやって?
「じゃあ次はカナやってみようか」
「カナ様、私の敵を打ってくださいね……ゼィゼィ……殿下をやっつけてください」
練習用の剣なのに意外と重たい。
「ねぇ、身体に当てたらOKって言ったけど、あなた防具とか付けないでいいの?」
私には当たらないように寸止めしてくれるんだろうけど、私にはそんな技術ないよ。それに当てたらOKなんだから寸止めしたらダメなんでしょ。
「あぁ、大丈夫大丈夫」
どうせ当たらないって思ってるってことね……。舐められたものだ。剣を構えるとラセルは意外そうな顔をした。
「あれ? カナって剣を習ったことがあるのか?」
「前の世界ですこーしだけね」
実は中学の時の体育の際に、体育教師が剣道の経験者で、その関係で剣道を少しかじったのだ。そのことを少し思い出す。
ラセルに勝てるとは思っていない。ただ、勝機があるとすれば彼が利き腕ではない腕で剣を持っているということ。
右サイドが弱いはず。踏み込んで右側を狙って撃ちこむと、すかさず避けられる。
「狙いはいいな」
ラセルにも私の作戦は伝わってしまったようだけど、どうして私の動きを予見しているのだろう。踏み込みと、目の動きかな。
視線を狙ったところとは若干ずらして撃ちこむとやや反応が遅れたようで、パン、と剣を当て返してきた。しかし当て返しもまた重たい。利き腕ではないのにどうしてこうも力強いのか。
「手が……痺れるぅぅ」
「あ、ごめん。今は本気で撃ち返しちゃったな」
「殿下! 手加減してくださいよ!」
すかさずレイラがクレーム入れてくれる。しかし、剣を合わせるとまったく歯が立たないから、撃ち返されずに身体に当てないといけないのか。
えいっと渾身の突きをして、避けられたところ、ラセルの目に視線を合わせて思いっきり横に薙いだ。かすかにおなかのあたりをかすったような気がした。
「あ! 今、あたりましたよ! やった!!」
レイナが歓声をあげる。
ラセルが驚いたようにおなかをさする。
「あ……確かに。真剣だったら軽く切れてたな。お見事」
「えっ! ほんと?」
やったね! あ……でも、私ってば王子様のお身体に傷つけちゃったかな。
「ごめん、痛かった……よね? すぐヒールするから!」
しかしラセルはそれを手で制止した。
「そこまでじゃないから大丈夫。気にするな」
「でも……」
「ほんとに大丈夫。ヒールしなくていいからな」
「そんなに遠慮しないで……」
唱えようとしたところをレイナに「ダメ」と止められた。
「カナ様、わかってないですね。殿下的においしかったんだからヒールしちゃダメです」
「なに? おいしいって」
「あの人、ちょっとマゾなんです。大好きなカナ様からつけられた傷だか……むぐっ」
ラセルがレイナの口を手で塞いだ。
「聞こえてるんだよ! 俺はマゾじゃねーよ! まったく……」
レイナを解放すると、少し頬を赤くしたラセルが「今日はここまでな」と言って剣を持って部屋に帰ってしまった。
さっき、マゾは否定したけど、大好きは否定しなかった……なんてことを考えて軽く私も頬が赤くなる。
「レイナ……ラセルって私のこと好きなのかな?……あ、今の忘れて」
思わずバカなことを口にしたと思って、すぐに否定したけど、レイナは目を丸くした。
「えっ……気付いてなかったんですか? あんなにわかりやすいのに」
「はっ!?」
今度は私の方が絶句してしまった。もしかして、と思ってはいたけれど、レイナからはっきりと言われるとそれが確信に変わり、でもやっぱり信じがたい気持ちだ。
「あの人王子様だよ? しかもあんなに見た目とスペックがいいのに、なんで私なの!?」
「カナ様だって、すごく綺麗ですよ? しかもスペックなら殿下に劣らないと思いますけど。聖女ですし」
「私って目つきわるいじゃないの!」
「大きくて綺麗な目ですよ。なに言ってんですか!」
もうムリだ。顔が火照ってどうしようもない。衝撃のあまり座り込んでしまった私だったけれど、公邸の表門のざわつきに気付き、視線をそちらに向けた。
なにやらお客さんが来たようだ。
「誰でしょう? 今日は来客の予定なんてなかったはずですが……」
レイナも首をかしげる。
基本的に公邸内の雑務はレイナの仕事ではないので、何かするというわけではないが、侍女たちが慌ただしく動いているのが気になるようだ。
「どなたがいらっしゃったんですか?」
レイナが侍女の一人を捕まえて聞いてみる。すると、侍女がこそっと衝撃の言葉を告げた。
「ダビステア王国の第一王女・サリエラ殿下がお忍びでいらっしゃったんです」
第一王女!? お忍び!?
「……なんか、ラセル殿下にご執心とか」
侍女が少し嫌そうな顔でそう告げると慌ただしく去っていく。ご執心って……サリエラ王女はラセルが好き……ってこと?
心がざわつく。
そりゃ、女の子と付き合ったことはないとは言っても、ラセルのことが好きな女の子は絶対にいると思ってた。顔はいいし、根はいい人だし。でも、実際に現れるとぞわぞわする。
「カナ様、そんなに心配しなくても。殿下はそんなに器用じゃないですから、カナ様以外目に入ってないですよ」
レイナがフォローしてくれるけど、ざわつく胸が抑えきれない。
サリエラ王女様は遠目から見ても美しかった。
巻いたブロンドの髪はあでやかで、豪奢なドレスにくびれたウェスト。
ぱっちりとしたおめめ。
絵の中のお姫様みたいで、王子様のラセルと並んだらそりゃ美しいに決まってる。中庭から応接室は丸見えで、二人は親密そうに会話を交わしているように見える。
私はへなへなと座り込んでしまった。
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