ベイテルクさんの剣③
準備ができたというベイテルクさんの声で、私たちは工房へ入る。赤いマグマのようなどろどろに溶けた鋼を目に、ちょっと萎縮して後ろに下がってしまう。
「危ないから下がって……と言いたいところだけど、この流し込む作業は君がやるんだよね?」
「はい」
私は頷き、胸に手を当てる。ラセルの身体から感じる蒼いオーラのことを思い浮かべた。これまでの数々のラセルにしてもらったことも。
胸から溢れる想いが掌に集まる。眩い光が掌に集まり、それは前回土属性の魔術を使った時のようなシルバーピンクの色を放っていた。
「我々にも見えますね……魔力が」
「攻撃魔法でもないのに、ベイテルク氏にも見えているようだな」
どろどろに溶けた鋼を火傷をしないように手袋を嵌め、型に流し込む。鋼に眩い光が溶け込んでいく。
ラセルにすべての祝福が降りますように。優しい彼をどんな時でも守ってくれますように。
「月の女神セレーネの光の加護よ、いついかなる時も彼を守りますように。
何かに取りつかれたように私は加護を唱え、身体から甘く強い想いを掌から鋼に伝える。眩い光が型に収まり、型からシルバーピンクの眩い光が迸っている。
「なんかすごい魔法だったね。君、愛されてるねぇ」
ベイテルクさんがラセルを肘で突っつき、満足そうに型を仕舞う。
「こいつをしばらく叩いたり伸ばしたりするから、ちょっと時間いただくよ。出来あがるの僕も楽しみだなぁ」
私は型に自分の魔力がすべて移ったことを確認するとふらっと足元がふらついた。
「大丈夫かよ?」
すかさずラセルが支えてくれる。
「あの成長促進でも元気だったのに、今のは疲れたか?」
「う……うーん。なんといっても大金とあなたの命がかかってるからね。責任が……」
本格的に目眩がしてきた。ラセルはベイテルクさんに断って、私を抱き上げると先ほどのお庭に連れて行ってくれた。
芝生に上に座ると、私を横たわらせて、私の頭を足に乗せてくれる。これは俗にいう膝枕ってやつか。くるくるとする目眩でどくこともできない。
庭に流れてくる風が気持ちがいい。私はラセルを直視できないから目を閉じた。
密着しているからラセルの暖かい体温とかすかな鼓動を感じる。猫のときとは違う人間の感触で、でもまったく嫌じゃなくてむしろ幸せ。
「王子様の膝枕なんて恥ずかしすぎるんだけど」
「カナって王子様に拘りすぎじゃね? そんなに特別なもんでもないんだけどな」
「あなたって喋らなければ完璧な王子様なのにね」
「俺は演技派なんだ。完璧にやらなきゃいけないときはちゃんと王子様やってるよ。けどやりたくないんだよなー。俺はビスみたいな騎士団長が合ってるのに」
確かに。ラセルは王子様というよりは騎士って感じがする。前に私の騎士団長になりたいって言ってたけど。それはそれでカッコいい気がしてきた。
「さっき、すげぇ嬉しかったよ。俺のこと本気で考えてくれてるんだって感じた。嫌われてないって思っていいんだよな?」
「……だから、さっきから嫌ってないって言ってるのに。しつこいなぁ。あんたにはこれでも感謝してるのよ」
目つきの悪さでいまいち伝わってないかもしれないけどさ。ラセルの手が私の髪を撫でるのがわかる。
なんだか恥ずかしいのに、その手の感触が心地よくてそのままにしていると、手に清浄なオーラが集まるのを感じた。
「
ラセルが私にしてくれた、初めての治癒魔法。
ラセルをそのまま表したような、清らかな暖かいオーラが私の身体を駆け巡る。
目眩が消えて、不快な倦怠感も飛んでいた。
「俺、あんまり治癒得意じゃなくて、効かなかったらごめんな」
「そんなことない。ラセルっぽいヒールだった。ありがと」
起き上がって、慌てて距離を置く。視線を移すとビスが、馬小屋で馬にニンジンをあげているのが見えた。
私たちのほうを見ないでくれているようだ。
もしかして、変な気を使った? そんなんじゃないのにいもうやめてほしいわ……。
「俺っぽいヒールってどんなの?」
「なんか魔法のオーラってその人の個性が出てるように感じるのよ。レイラのはものすごい優しくてレイラって感じだし、キースのはよくわかんないけどバリバリしてて明るく元気がいい感じがするの。ラセルのは、なんだろう。蒼くて清らかで綺麗なのよね」
「それって褒めてんの?」
「一応、褒めてる」
褒めてる、と伝えた瞬間、ラセルは笑みをさらに深める。そんな表情は私をドキドキさせて思わず俯いた。
「君たち、イチャイチャするのもいいけど、そろそろ帰ったら? 日が暮れるよ」
いつの間に現れたベイテルクさんは人懐こい笑みを浮かべて、ラセルに一本の剣を差し出した。
「とりあえず出来あがるまでこれ使ってみて。僕の失敗作だけど、その腰に差してるのよりマシだと思うよ」
失敗作よりダメな剣使ってたのかい。というより、ベイテルクさんの失敗作のほうが一般的に売られている剣より上ってことなのかな。
「タダ?」
「もちろんタダ。さっき面白いもの見せてもらったし、君強いじゃない。手合わせして楽しかったからそのお礼」
ラセルは立ち上がり、仮の剣を両手で受け取った。
「恩に着る。ありがとう」
「そっちの君、お友達のイチャイチャで気まずいからってうちの馬にあまりニンジンあげないでね」
ベイテルクさんは馬小屋のビスにもそう声をかけた。
「あの、私、イチャイチャなんてしてません! この人とはなんでもないんですから!」
つい怒鳴っちゃったけど、顔が熱い。意外と私、バレバレなのかも……。
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