本当はざまぁって思ってんだろ! ラセルside

「ルナキシア殿下は、俺が国王になることを知っていたんだな?」


「君が20歳の誕生日を迎えた日に、夢を見たんだ。そして目が覚めた時に、夢じゃないと確信した。神殿に行って、聖女様と記憶間違いがないか確認もした。君が国王で間違いない」


「なんでもっと早く言わなかったんだよ?」


 ルナキシアは目を伏せて「ごめん」と謝った。


「信じられないと思ってね。実際に思い出してみないと」


 ルナキシアは、カナへ視線を移す。


「カナ、君の恋人は八百屋にも騎士にもヒモにもなれない。国王になるんだ。キャッツランドは、王位継承者が20歳と10回目の満月を迎えた日に国王に就任する。ラセルと結婚するなら、君が王妃だ」


 カナがこわばった顔で頷いた。


「一方、カグヤは違う。今の女王陛下が亡くなった後に、私が王位を継ぐ。君も知っているだろう? あの母上の図々しさと、溢れるばかりの生命力を。私よりも長生きしてしまうかもしれない。そうなると、私は王位を継がない。つまり、妻も王妃にはならない。どうだろうか」


「な、なにが“どうだろうか”だよ! この卑怯者!」


 ラセルが殴りかかろうとするも、高熱による目眩で倒れてしまう。キースが慌てて助けてくれたが、徐々に不安が広がっていく。確かにルナキシアと比較をして優位と呼べるものは、胃が弱いことにプラスして、第七王子という地位がある。


 キャッツランド国王は、カグヤ国王よりも強い権限を持つ。


 しかも、ルナキシアが言ったように、カグヤでは、現在の国王が死去したのちに王太子が国王となるが、キャッツランドは異なる。


 キャッツランドでは王位継承者が20歳と10回目の満月を経た日、つまり今日、国王として即位し、前国王は引退する。つまり、心の準備が整わないまま、いきなり国王陛下になってしまうのである。


 不安に苛まれていると、突然左手に鋭い痛みが走った。


「い……っ……てぇんだけど! なに……?」


 左の手の甲に、刻印が浮かび上がってきた。


 父親の手の甲にあるものと同じ――帝王の刻印。そして、いつの間にか、身体の熱は治まっていた。


 目の前に爆発的な力を感じ、前を見るとツインテールの女神、テトネスが降臨していた。


『思い出したであろうニャ? ラセル・ブレイヴ・キャッツランド、そなたを61代キャッツランド国王へと任命するニャ』


「いやです」


 ラセルは即答で断ったが『いやはダメニャ』と問答無用で切り捨てられた。


『これはそなたが生まれ持った宿命ニャ。そなたは受けねばならないニャ』


「断ったらどうなるんですか?」


『断ることはあり得ないニャ。そなたは今、神と一体化している。不老不死の状態ニャ』


「「「えぇーーーーー!?」」」


 これにはカナもキースも驚愕の声をあげた。


『次世代の国王を誕生させるまではその状態ニャ。解除させるためには立派に国王を勤めあげて、次世代の国王を誕生させるニャ。そなたの父も解放の時を待ち望んでおったニャ』


 なんという罰ゲームであろうか。強制的に国王を押しつけられ、断ることもできない。しかも不老不死。


 言われてみれば、なぜ父親が若くピチピチした美少年のまま、50歳を迎えているのか謎であった。それは不老不死だったからなのか。


「な、な、なんで俺なんですか! じゃあシリルは? シリルにだって刻印はありましたよ! あいつじゃダメなんですか!? シリルはそれはそれは素晴らしいヤツで国王にピッタリ! 適任ですよッ!」


 ラセルは国王を弟に押しつけようとしたが、テトネスはニッコリと微笑んで否定する。


『シリルに与えたのは王佐の刻印ニャ。あの子は国王よりも国王を補佐する王弟となるのニャ。そなたはシリルと仲良く国を運営するのニャ』


「王佐の刻印……じゃああいつも全部わかって……」


 シリルと以前会った時のことを思い返す――あの「ワガキミ」という発言。あれは自分の主君という意味だったのでは……。覚醒、という言葉もこの日のことを指していたのでは、と……。


 知らないのは自分だけだったのだ。ラセルは愕然とする。


『あの子にはそなたが20歳の誕生日の日に、王佐の刻印を授けたニャ。兄上を世界一の国王にしてみせると張り切っていたニャ』


 シリルが強硬に国籍変更に反対した理由がわかった。みすみす主君を他国に渡すわけにはいかないからだ。


――だ、だめだ。もう国王になることは決定事項なんだ。逃げられそうにない。


 そして、テトネスは視線をカナへ移した。


『そなたが王妃になるのかニャ? なかなか意思が強そうな女の子ニャ。王妃は、国王にも意見するくらい気が強くないといけないニャ。そなたは適任ニャ』


 テトネスはニッコリと微笑んだけれど、カナは相変わらずこわばった顔をしている。


「私が……王妃……」


『そうニャ。王妃は、王と仲良く交わることで不老不死になれるニャ。そなたの魔力も大幅に増えるであろうニャ。良いことニャ』


「わ……私も不老不死!?」


 カナが激しく動揺している。


 その様子を見てラセルは思った。


――カナまで巻き込むわけにはいかない。


 王妃になってくれと頼み込めば、同情からOKしてくれるかもしれない。だが、それは彼女の本心ではない。彼女の人生を捻じ曲げるわけにはいかないのだ。


――俺は暗い牢獄のような王座で、一人孤独に耐えなければいけないのか。誰からも愛されることなく。


 結果として、ルナキシアの狙い通りになってしまったということだ。


「ラセル、本当にごめん」


 ルナキシアの謝罪はラセルの気を逆なでするものだった。ルナキシアのせいではないのだが、全部カナを奪うために、従兄が仕組んだことのように思えてくるのだ。


「ごめんじゃねーんだよ! 本音じゃ、ざまぁとか思ってんだろ!」


 ラセルは思いっきりルナキシアに殴りかかった。ルナキシアは全く抵抗することもなく、殴られるままになっている。


「ラセル、やめろって」


 キースが慌てて止めに入るけれど、キースを振り切ってさらに殴りかかる。


「こうなるってわかってたんだろ!? あんた最低だよ! 俺はぜーったいに王になんかならねぇからな!」


 ラセルは一人立ち上がり、神殿を抜けて駆け出した。



◇◆◇



 ウジウジとベッドの中で泣いていたラセルは、涙も枯れ果てると段々とむしゃくしゃしてきた。


――なんで俺ばっかこんな思いしなきゃなんないわけ? 国王なんてブラックな仕事やりたくねーし。


 一夜にして、気楽な立場を失い、恋は破れ、変な女神に取りつかれ、牢獄のような王座に強烈な縄で縛りつけられてしまった。


――もう人生に希望はない……。生きていても仕方ない……。


 しかしながら、あの猫耳のせいでラセルは不老不死になってしまったのである。


 地の果てまで追ってきそうだが、とりあえずラセルは家出を決行することにした。探さないでくださいと乱暴に書置きをして、ふと思いついた。


――そうか、この手があった!


 突然脳内に降りてきた策に歓喜した。


 ラセルは黒猫に変化した。


 翌朝ルナキシアは追跡してくるだろうから、追跡避けの魔術も忘れない。闇夜を黒猫のまま疾走し、誰にも気付かれないまま王宮を抜け出した。

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