1回死んだあとにファーストキスを奪われる ラセルside

○●○


『仕方ないニャ。あと二年あるし、今回の王太子任命はやめておくニャ』


 そうテトネスは結論づけると、蒼く光る刻印を消した。ラセルは左手の痛みに気を失いそうになる。


 しかし、刻印が消えても、身体のダメージはそのまま残った。


「くるしい……死んじゃうかも……」


 ラセルはルナキシアに助けを求め、ルナキシアはヒールを試みるも、身体を素通りしてしまう。


『二年後まで様子を見たいから、神力は少し残しておくニャ。今のこの子にヒールは効かないから、薬草で作ったポーションを飲ませてあげてニャ』


 ルナキシアはアイテムボックスから、風邪に効くポーションを取り出し、ラセルに飲ませた。

 

『ラセルか、次の弟王子のどちらかを次代の王にしたいニャ。ただ、ラセルの方が国王向きニャ。とりあえず、14歳になる前にまた様子を見に来るニャ』


 そう告げてテトネスは消えた。


○●○


「それが、8年前の話だ。あの頃からラセルは体調が不安定になった。魔力も全くコントロールできないし、寝込むことも多かったよね」


 キースもハッとした表情で、ルナキシアとラセルを見返した。


「……俺も思い出してきました。8年前の時は、ジュニアアカデミーの合宿で俺がいなかったんだっけ。6年前って、ラセルが死にそうなくらいの高熱を出した時のことですか?」


「死にそうなくらいというより、あの時俺は死んだ気がするんだけど。あれ? じゃあなんで俺は今生きてるんだろう。あれ……?」


 ラセルの脳内に、6年前……14歳の誕生日前の記憶も蘇ってきた。



○●○



 魔力が目覚めてからもコントロールができないため、魔力を使うのは限られた場を除き、禁止された。


 カグヤに来てからは、平民ではなく貴族が通う学校へ通ったものの、カグヤ王家から事情を話し、魔術の授業は見学させてもらった。


 貴族の子弟達は、ラセルがキャッツランドの王族であることは知っていたので、表立っていじめのようなことはなかった。しかし、ラセルは肩身が狭い思いで過ごしていた。


 意図して魔力を使わなくても、自分の意思とは無関係に魔力が発動することもあり、時に王宮を破壊し、ラセル自身の身体も傷つけた。


 相変わらずヒールは効かず、ルナキシアも女王夫妻も途方に暮れていた。


「……本当にごめんなさい。俺がダメなヤツだから、みんな迷惑だよね」


 ラセルは落ち込んで、ルナキシアに謝った。


「ラセルはダメなヤツなんかじゃないって! みんな心配してるだけで、迷惑なんて思ってないからさ」


 そう言ってキースは必死に慰めたが、ラセルは俯いて、泣いてばかりの日々を送っていた。



 14歳の誕生日を迎える10日ほど前から、ラセルは高熱を出して自室で寝込んでいた。高熱は治まることなく続き、徐々に食事もポーションも受け付けなくなっていった。


 また運悪く、その日もまた、女王夫妻は外遊で不在だった。ルナキシアは王宮の魔術師を総動員してヒールをしたが、効果がなかった。


 キースは必死に看病してくれたが、ラセルの意識は高熱で朦朧としていた。身体に力が入らず、もう終わりなんだと感じた。


「キース……ルナキシア殿下……もう……だめみたい……いままで、ありがと……」


「諦めちゃダメだって。ラセルは絶対にここで死んだりしないから!」


 キースは必死に力づけようとしているが、目から溢れる涙で、キースもラセルの命が尽きるのを感じているのだとわかった。


「なぜ……ヒールが効かないんだ……なぜなんだッ!」


 ルナキシアは狂ったようにヒールを連続して放ったけれど、全く効果がない。


 その時、ラセルの左の手の甲に刻印が光る。しかし、刻印を受け入れるだけの体力はラセルにはなかった。


「いた……い……うぅッ……」


 刻印は手の甲を深く傷つけ、鮮血が溢れた。


 キースは布を当て、止血を試みる。しかし、刻印の傷が致命傷となり、ラセルの心臓の鼓動が完全に止まってしまった。


――あれ? もう苦しくない。


 ラセルの意識がふわりと部屋の上空に浮き、キースとルナキシアが号泣している姿を真上から眺めていた。


――そっか、俺は死んじゃったのか。


 その時、部屋にシルバーの髪をツインテールで結び、頭には猫耳が生えている美しい女の子が現れた。


 女神・テトネス――不思議なことに、ラセルもルナキシアも、二年前にテトネスと会ったことを忘れていた。


「テト……ネス様……どうしてここに……」


 記憶が蘇ったルナキシアは、テトネスへそう呼び掛けた。


『やっぱりダメだったか……ニャ。強い魔力は国王になる絶対条件だけど、強すぎて器が付いていかないのニャ。少し身体から吸収して、並の魔術師くらいに調整しておこうかニャ』


「でも、ラセルはもう……」


 ルナキシアはそう言って涙を拭った。


『調整は終わったニャ。神力も吸い取ったから、もうヒールが効くはずニャ。多分、20歳の国王任命の時には身体は大人になってるだろうし、大丈夫かと思うニャ』


 テトネスはニッコリと笑い、号泣している二人を見下ろした。


「あなた、誰なんですか? ラセルはもう、20歳になることなんてないんです!」


 キースは泣きながら、笑顔のテトネスを怒鳴りつける。


 テトネスは上空に視線を送る。そしてラセルと目が合った……気がした。


『大丈夫ニャ。ほら、未来の秘書官が泣いてるニャ。そなたもぼーっとしてないで身体に戻るニャ』


 指をラセルに向けると、まばゆい光が放たれる。その瞬間、ラセルの意識はまた身体に戻っていた。


 ぱちっと目を開けて起き上がると、ルナキシアとキースは、驚愕の表情でラセルを見た。


 テトネスがゆっくりと、ベッドのラセルまで近づいた。


『これは祝福ニャ。そなたは誰よりも強い男の子になるニャ。強くて優しい、弱いものを見捨てない男の子になってニャ』


 そう言って、テトネスはラセルの唇にそっと祝福のキスを落とす。


『次は20歳と10回目の満月を経た時に、国王任命のために来るニャ』



 テトネスは去った。そしてまた、その場にいた三人はテトネスの記憶を忘れた。


 その日を境に、ラセルが高熱を出すことも、魔力が暴走することもなくなった。優れた魔術師として才能を開花させたラセルは、魔術アカデミーに優秀な成績で入学することになる。


○●○



「俺の……ファーストキスが…………」


 思い出した時に、ラセルは涙目になっていた。


「あんな不意打ち、ノーカンでいいと思うよ」


 キースはそんなラセルの肩を、ぽんぽんと叩いて慰めた。

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