無敵の人
気持ちが落ち込み、今日のお妃教育はお休みすると伝えた。ゆっくり考える時間が欲しかった。
レイナが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ふいに涙が込み上げる。そんな私を、レイナが心配そうな表情で見つめていた。
今朝、魔法便がキャッツランド本国からカグヤ王宮へ届いた。魔法便は空間を転移して届けられるため、一瞬で到着する。
強い魔力を使うものだから、緊急時にのみ使用されるらしい。
魔法便の中身は、前国王陛下からのラセルとラセルに付き従う騎士団、そしてカグヤ王国女王陛下に向けた書状だ。
それによって、レイナ、騎士団員達もラセルが次期、というよりは現在の国王陛下であることを知った。
騎士団員達は「さっすが殿下! 最高ぉぉぉぉ!」と歓喜に震え、お祭り騒ぎとなったが、レイナは複雑な表情だった。
レイナは「あの殿下に国王なんて務まるのでしょうか」と疑心を抱いている。
そこに控えめなノックの音がする。「どうぞ」と告げると、キースがビスを伴って入ってきた。
そしていきなり土下座を始める。
「カナ…っ! 本当に申し訳ない……! ムリを承知で頼む! ラセルと結婚してください! お願いします……!」
床に額を擦りつけるような土下座に呆気にとられていると、ビスまで土下座を始める。
「私からもお願いします。殿下……いえ、陛下のことをお願いします! あの方には貴女様しかいないんです」
そんなこと言われても……。
私が俯くと、レイナは二人に「土下座やめてください! カナ様が追い詰められてしまいます!」と厳しい声で伝えた。
しかし、キースは土下座をやめなかった。
「追い詰めてるってわかるよ。カナが王様や王太子が嫌で、平民がいいのも知ってる。第七王子だからプロポーズOKしてくれたってことも。けど、あいつはあんなにメンタル最弱で、絶対に一人で国王なんてできないんだ!」
「もうやめてくださいってば!」
レイナはキースの肩を乱暴に揺するけれど、キースはさらに額をこすりつける。感極まったのか号泣していた。ビスまでも目に涙を浮かべている。
「ねぇ……ラセルはどうしてる?」
あのメンタル最弱のラセルは、今頃胃が痛くて苦しんでいるような気がする。それか、ベッドに蹲って泣いているか。
ちゃんと話し合わなければいけない。でも今は、ラセルにかける言葉がない。私に王妃なんて務まるはずがない。でもそれを言えば、ますますラセルを追い詰めて泣かせてしまう。どうすればいいのか……。
「それが……」
キースは言いづらそうに口をつぐみ、ビスと顔を見合わせた。
「実は、行方不明なんだ。探さないでくれって置き手紙あったけど、探さないわけに行かないじゃんね。国王陛下なのにさ」
えっ!
えーーーーーっ!?
「俺らも散々探したし、ルナキシア殿下にも相談したんだけど、ルナキシア殿下でも追跡できなかったんだ」
な、なんと……。メンタル弱いとは思っていたけれど、いきなり家出とは。斜め上の行動をしてくれる。
「殿下が本気になれば、我々を撒くなんて朝飯前ですからね。猫にもなれますし、ルナキシア殿下でも厳しいんじゃないでしょうか」
そこにまたノックの音がする。予想どおり、ルナキシア殿下が入ってきた。
「本当にごめん、私のせいだ」
ルナキシア殿下まで土下座をし始めてしまった。
「ルナキシア殿下のせいではないです……私のせいです」
王妃になるのを拒む気持ちが、彼に伝わってしまったんだ。ラセルは人の気持ちを読むのがうまい。そしてラセルは、自分の幸せよりも私の幸せを優先して考える癖がある。
話し合いをするまでもなく、私達の終わりを感じてしまったんだ。
そして、彼の本来の夢であった、騎士や八百屋の道が絶たれてしまった。将来の夢と恋人の両方を失ったラセルは、すべてを投げ出して逃げたくなったんだ。
彼を責任感がないと責めることは、私にはできない。
元々ラセルはキャッツランドに思い入れがないと言っていたのだから、いきなり国王を押し付けられても無理だったんだ。
「私も追跡をしてみたんだが、全く気配がない。彼も一流の魔術師だから、追跡を撒く魔術を施しているんだろうが……」
私は月の精霊へ呼び掛ける。
「お願い、ラセルを探して」
精霊達は一斉に飛び立つ。もし、猫で屋根裏で隠れていても、精霊なら見つけられる。
『王宮にはいないよ』
『猫もいない』
王宮の外を探していた精霊達も戻ってきた。
『王子様どこにもいなかったねー』
ルナキシア殿下もますます険しい表情になってくる。
「精霊でも探せないとは……ラセルも狙われているというのに。彼の身に何かあったら、私はどうキャッツランドに詫びればいいんだ……ッ」
ルナキシア殿下は頭を抱えてしまう。キースもビスも顔色が悪い。
『でもボク達が単独では入れない場所があるんだ。そこは探せてないんだ。毒気が強すぎて、カナが一緒じゃないと……』
精霊がそう言った時に、ルナキシア殿下は「そうか!」と呟いた。
「ダンジョンか。確かにあのラセルの性格なら、むしゃくしゃした時にダンジョンに向かうだろう」
ダンジョン!? ここにもあったのね、ダンジョン。
「私が変装して探してくる。もちろん護衛騎士も引き連れてね」
「私も行きます! 私なら治癒もできるし、ルナキシア殿下の役に立つはずです! ここで待ってるなんてできません!」
私が立ち上がると、レイナも立ち上がる。
「私も行きます! うちの殿下って泣き虫だから、よしよしってしてあげないと!」
キース、ビスも「じゃあみんなで迎えに行きますか!」と立ち上がった。
そんな私たちにルナキシア殿下も苦笑する。
「仕方ない。みんな変装するんだよ。護衛も連れて行くから」
◇◆◇
ここから一番近いダンジョンは、首都のミカヅキより徒歩20分のところにあるという。
ルナキシア殿下は髪色を魔術で栗色にして、目も茶色に変えて眼鏡をかける。目立たないように裏門から出発した。
ルナキシア殿下が全員の足が速くなるように魔術をかけてくれた。やがて街が近づいてきた。
「眼はまだ来ていないみたいだ」
ルナキシア殿下は、サイラン・アークレイの鳥を警戒していた。
「おかしいな。以前、うちの魔術師達に、私やラセルのコスプレをさせて街に出したことがあるんだ。そしたら速効例の鳥が来たと言っていたのに」
コスプレってどんな格好なんだろう。背格好を似せたとか?
「それだけあちらも私やラセルを意識しているんだと思うよ。この変装でごまかせたってことなのか?」
「確かに遠目からじゃルナキシア殿下ってわかんないですね」
キースも同意する。
「でももし、仕掛けてきたら私が血を媒介として結界を破ろう」
街からダンジョンへ向かう道まで、早足で辿りついた。そこで、ダンジョン帰りと思われる二人組とすれ違う。
一人は男の子で魔術師、もう一人は女の子で剣士。
「見たかったよ、あの二人の決闘。帰ったフリしてこっそり見てれば良かった」
「けどさー、本当に上級魔術師だったら一国に10人もいないよね。名乗った名前は偽名だろうけど、本名とかわかりそうなもんじゃない? 有名な人?」
「うん、うろ覚えだけど、二人とも有名人だよ。魔術師協会の名簿に写真入りで載ってたし。本名でサイン書いて欲しいって言ったら断られちゃった」
「そりゃそうでしょ……これからヤバいことしようとする人達が、証拠残すようなサインくれると思ってんの?」
会話が耳に入り、ルナキシア殿下が立ち止まる。そしてものすごい勢いで振り返った。
「君たち!」
呼び掛けて二人に駆け寄った。
「決闘って、魔術師同士が? ダンジョンで? 二人とも上級魔術師で、君は二人のことを知ってるのか?」
いきなり現れた眼鏡イケメンの矢継ぎ早な質問に、二人はきょとんとして、頷いた。
「ほら、お金あげるから。こっそり教えてよ。早く早く!」
ルナキシア殿下は、無理やり魔術師にお金を手渡す。
「えぇー……でもあの二人からもドロップ品とかもらっちゃったしぃ~。チクるなんてできないよ。貴方も魔術師協会で有名な人でしょ? 名前うろ覚えだけど……」
魔術師くんはかなり渋っている。先にお金をくれたほうに義理を感じているようだけど……。
「ダンジョンで決闘するのは犯罪だからね! 犯罪者からものもらっちゃダメでしょ! それは捨ててこのお金をもらいなさい!」
ルナキシア殿下はお金をどんどん上乗せしていく。そんな様子を私達が嫌な予感を感じつつ見守っている。
「えーと、名前は本当にうろ覚えなんだ。なんだっけ? アークなんとか? アがつく名前だった気がしたけど。結構有名な人で……」
「アークレイ?」
「あー……そんな名前だったかも? 確かナルメキアで、正式な魔術師団の幹部だったような?」
「金髪の短髪で、クソ生意気そうなヤツ?」
「まさにそんな感じの人だったよ」
本当にうろ覚えの魔術師くんを、ルナキシア殿下が真っ青な顔で誘導していく。想像が当って欲しくないのだが。
「もう一人は? 黒髪で背の高い、クソ生意気そうなイケメンじゃなかった?」
「クソ生意気というか、感じのいい人だったよ。確か、キャッツランドの序列が低い王子様だった気がするけど。王子様ってだけで名前は……えーと、なんだっけ?」
「…………王子様だけで充分だよ。キャッツランドの王子様で上級魔術師のライセンス持ってるの一人しかいないから」
ルナキシア殿下も、キースもビスも真っ青な顔で項垂れた。私も足がガクガクと震える。
ダンジョンで決闘をする魔術師が後を絶たない話は、以前にビスから魔術を習った時に聞いた気がする。まさかラセルがそんなことをするなんて……。
日本にいた時に聞いた「無敵の人」というワードを思い出した。ラセルは今、恋と夢と地位……すべてを失った。もう何も失うものがないと彼が感じても不思議ではない。まさに無敵の人状態になってしまった。
ラセルは死ぬ気なのかもしれない。
目の前が真っ暗になるような絶望を私は感じていた。
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