ナルメキア亡国の危機③ ルーカスside


「これは亡国の危機だ。どうしてくれるんだルーカス!」


 王太子はヒステリーを起したようにルーカスの胸倉を掴み、二発目をぶん殴った。


「危機どころじゃない。亡国だ。ルーカスの首でなんとか収められないか、確認の書状を送ろう。ルーカス、お前が持って行け!」


 国王は、殴られて鼻血を出しているルーカスへ手紙を投げてよこした。


「もし、ルーカスの首で収まらないようなら、サイフォン、お前が行け。首を差し出して来い!」


 王太子は顔色を変える。


「な、なぜですか!? 私は何もしていないじゃないですか! あのレイチェルのブロマイド云々は、ルーカスが勝手に……!」


「うるさい! それしかないんだから仕方がないだろう!」


「私は唯一の跡取りじゃないですか。だったら賠償金を払って兵を引いてもらいましょうよ!」


「バカもの! 我が国は相次ぐ内乱で貧乏なんだ! 利子で膨れ上がった賠償金なんて払えるか! それに跡取りなら、アイゼルがいる」


 ルーカスも王太子も顔色を変える。


「「ど、ど、どういうことですか!? あの男は奴隷と手を組んだ謀反人ですよ!?」」


 国王は外道な笑い方をし、二人の息子を見渡した。


「フン、奴隷に身を売った汚らわしい愚か者だが、利用価値はある。キャッツランド国王に、アイゼルを後継者にすると手紙を書こう。キャッツランドはアイゼルに肩入れしてるから、兵を引くようにカグヤに言うだろう。ヤツらが兵を引いたタイミングで、アイゼルは惨たらしい方法で公開処刑だ。真の後継ぎはこれから頑張って私が作ろう。私はまだまだ現役だ。あ、お前達はお払い箱だ。後の事は気にせず死んでくれ」



◇◆◇



 ルーカスを乗せた船は、ナルメキア海軍の冷たい視線を浴びながら国境へと向かう。


「ふーん。ミクロスっていうのは昔あった国の名前ね。そういや聞いたことあるなぁ」


 暇つぶしにラオスが無理やり押し付けてきた「公僕論のその先に」をぺらぺらとめくる。


 著者であるキャッツランド王弟が、ピエニ王国に滞在した時に書いたエッセイのようである。ピエニ王国の豊かな自然を称賛する序盤は、普通のエッセイと変わらない。


 しかし中盤から後半にかけて、ピエニ王国の隣に位置していた、親戚国であるミクロス王国の歴史、前国王の善政、そして言いがかりとしか言えない理由で攻め込まれ、滅ぼされた悲劇がつらつらと書かれている。


 牧歌的なエッセイを装いつつも、ナルメキアへの断罪本である。良心なんてかけらもないルーカスでさえ読むのがうんざりするほど、ナルメキア軍の非道さが詳細に書かれている。


 王族、上位貴族は皆殺し。街は蹂躙され、国民は皆奴隷に落とされた。その奴隷というのが、アイゼル配下にいるものたちのようだ。キャッツランドは、アイゼルのスポンサーである。アイゼルの正当性を訴えた著書とも言える。


「こんなもんが巷に広まってるのかぁ」


 呑気にそう呟くルーカスを、船を風魔術で操縦する魔術師たちが冷やかな目で見ている。


 国境付近にはカグヤ艦隊、ダビステア艦隊、キャッツランド艦隊の合計42隻が威圧的に構え、定期的に威嚇の空砲を放っている。空砲が放たれるたびに船が振動で揺れ、ルーカスは海に投げ出されそうになる。


「呑気に本読んでる場合じゃないですよ。その本は没収します」


 魔術師は本を奪い取り、自分の懐に入れた。下級官吏には人気のあるシリーズのようである。後でこっそりと読むつもりなのだろう。


 ルーカスが暇つぶしをしている間に、一番大きな軍艦の前に辿りついた。拡声器で自分がナルメキア国王の使者であるルーカスだと名乗ると、美しい銀髪をたなびかせたルナキシア王太子がルーカスを見下ろしてきた。


 王太子の部下が、船まで上がってくるように命令してくる。屈辱的な思いで、魔術師と共に飛行魔術で船に移動した。



 鮮やかな蒼の軍服を身にまとったルナキシアが、笑みを浮かべて佇んでいた。


 ルナキシアの右側には、グレーの軍服を身にまとい、金髪を縦ロールに巻いた可愛らしい女がいる。ルーカスを見下すような笑みを浮かべ、腕に茶色の愛らしい魔獣を抱いている。


 こんな場所でもルナキシアは女を侍らせている。やはり男の敵だ。


「私はダビステア王国王太子・サリエラです。以前、ナルメキア王家から、貴方の婿入りを打診されたことがありましたわ。秒で断りましたけど」


 グレーの軍服女・サリエラが歩いてくる。腕の中の魔獣が、シャーと不思議な威嚇をしてくる。ルーカスは味方の魔術師達に強引に跪かされた。


 ナルメキアでは、ルーカスと第三王子のローガンを、外国の王女の婿にしようと試みていた時期があった。どこも引き取ってくれなかったため、今に至るのだが。


 ダビステア王太子・サリエラの夫は、キャッツランドのクソガキ国王の実弟だという。結託して悪事を働いていたのは、義理の兄妹だからなのか。


 ダビステアとキャッツランドは、カグヤの古くからの同盟国だ。三年もの歳月をかけて、周到にナルメキアを滅ぼす算段をつけていたのか。


「ルーカス殿下、久しぶりだな。あまり元気そうじゃないな」


 ルーカスの背後から、聞きおぼえのある声がする。


 振り返ってギリッと睨むと、美しい黒髪をたなびかせたクソガキ――キャッツランド国王がそこにいた。


「俺さ、貴方の国のこと、色々調べたよ。資源は他の追随を許さないくらい恵まれてるし、教育の水準も高い。優れた魔術師もたくさんいる。でも、官吏や軍のまとまりは悪いし、見逃しちゃいけないところを見逃してる」


 国のダメ出しをしてくる。しかしルーカスにダメ出しをされても意味がない。幽閉された、雑魚王子なのだから。


 そんなルーカスに、クソガキ国王は温かみのある笑みを浮かべた。


「ルーカス、貴方の本当の罪は、俺やルナキシア殿下を殺そうとしたことじゃない。貴方は王族でありながら、国民がどんな生活をしてるか知ろうともしなかった。貧しい庶民がいる中で、くっだらない暗殺計画に無駄金使いやがって。王族は恵まれている。その分責任があるんだ」


 クソガキが断罪を口にした。その言葉の意味は、さきほど読んだ本にも繋がる。国民のことを考えない王族なんて不要、害悪。


 しかし、ナルメキア王族はそんなことをかけらも考えたことがなかったのだ。


「貴方は知らないだろうが、このメリルの街には人攫いが横行していてね。人攫いは役人に袖の下を渡して見逃してもらっていた。そしてその金、最終的にはどこにいってたと思う? 貴方の兄上、王太子殿下のところだよ。王太子の隠し金庫の中には、罪のない女性を攫って手に入れた金がある。貴方は王太子の悪口ばかりを口にしていたが、肝心なところを断罪しなかった。その罪もまた重い」


 王太子――イケメン面には似合わず好色な男である。金のみではなく、気に入った女は味見くらいはしただろう。ルーカスにはそれを悪いことだと思う倫理観がなかった。知ったところで「兄上だけずるい。俺にも味見させろ」くらいしか思わなかっただろう。


 ルナキシアが剣を抜いて、ルーカスの元へと歩いてくる。首を落すつもりなのだ、とルーカスはガタガタと震えた。


「そして私達の暗殺を企てることによって、攻め込むための絶好の口実を与えた。君のような愚かな王子がいて、この国は不幸だね。ただし、この国は生まれ変わるだろう。多大な犠牲をかけることによって。貴方はの養分となった。誇りに思いなさい」


 クソガキはルーカスの首にペンダントをかけた。ペンダントが七色の光を放ってルーカスを包む。


「これは……なんだ?」


「それは、祝福のペンダントだ。せめて来世は幸せにと願いを込めてるんだよ。次は間違えないでほしい。人を思いやる、優しい心を持った人間へと生まれ変わってほしい」


 クソガキは真摯な表情だった。


「じゃあ、当初の打ち合わせどおり、私が彼の首をもらうからね。来世ではお幸せに」


 そう言って、ルナキシアは剣を一閃させた。そこでルーカスの意識は途切れた。







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さらばルーカス……!!


余談ですが、ルーカスは来世はおまわりさんになります。

【転生したらスパダリだった!?~】でお墓参りに行くアレクに手を振っていたおまわりさんです。


街の人々に慕われる、優しいおまわりさんになりましたとさ。めでたしめでたし。


外道と悪党と謀反人ばかりのこの作品で、ルーカスとサイランは、結果的に誰も殺していない(雑魚で無能だからですが笑)珍しいキャラなので幸せにしたかったのですが、どうしてもストーリー的にこのような最期は避けられず、来世へ幸せを丸投げした形となりました。


すっ飛ばした118話~119話の三年間は、近日公開予定のスピンオフ作品【ヒイラギ皇国建国記~その男の娘は革命軍を勝利へと導く~】で書きたいと思います。

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