ヒイラギ革命 ラセルside

 ルナキシアはルーカスの首では賠償金免責にはならない、と手紙に書いて、ルーカスに随行していた魔術師達に持たせた。


 メリルの港は間近に見える。ナルメキア海軍の軍艦は10隻。碌に海上戦を経験していないのだろう。動きにもたつきを感じさせる。


 ナルメキアは海はあるものの、主戦場は陸だ。陸続きの小国を蹂躙し、ここまで大きくなった。現国王の代でも何カ国か潰された。


「次は王太子が来ますわね」


 サリエラは、魔術師達が去って行く船を見つめてそう言った。腕には相変わらず猫を抱いている。


 サリエラは気丈に振る舞ってはいるものの、戦場は初めてだ。まだ21歳の女性。よくよく見ると足が震えている。サリエラの腕にいるのは、ラセルの末の弟であるコリン王太子配。心配そうに頭を擦り付けている。


 今回の謀略にはサリエラも深く絡んでいる。自分が行ったことに対する結末を見届けたいと、共にこの地へやってきた。


「王太子は殺さずに帰そう。俺たちが殺すべきじゃないだろう」


 ラセルはサリエラへそう言った。ついでに弟王子の首を撫でる。


「うまくいっているようで安心したよ。弟を大切にしてくれてありがとう。貴方はいい為政者になるだろう」


「……義兄上にお礼を言われる筋合いはありませんわ」


 サリエラはぷいっとラセルの傍を離れ、猫を抱いたまま甲板を後にした。



「サリエラに口説かれていたんだって?」


 ルナキシアがラセルをからかうと、ラセルは遠い目をした。


「昔の話だよ。当時の俺は彼女の魅力に気づかなかったんだ。失礼な態度を取ってしまった。今思い返せば、本当に申し訳ないことをした」


 当時、ラセルは20歳、サリエラは17歳だった。馴れ馴れしく髪を触って、と怒りを覚えたが、あれは彼女なりの必死のアピールだった。


 彼女の気持ちを思いやることができなかった。もう少し真摯な態度を取ることができたのでは、と、弟を慈しんでくれているサリエラに対し申し訳なく思っていた。


「彼女は俺よりも大人だ。素晴らしい為政者になるだろう。叔母上のような」


「女王の時代か。確かに、サリエラは母上に似ているな」


 ルナキシアと共にメリルの港を眺めた。これからあの街が血に染まる。きっかけを作ったのは間違いなく自分たちだ、とその責任に胸が潰れる思いだった。



は人数分渡したのか?」


「あぁ……50人分ね。少ないだろ。50対10万の戦いだ。もし成功すれば、歴史に燦然と名を残すだろう」



 成功するように数々の布石は打ったつもりだ。後は祈るだけ――彼らの勝利を信じて。


 聖なる光の加護エクリプスディバイン完全治癒パーフェクトヒール力を上昇させる術プリズムルミナのすべての魔術を付与したおまもりを、ナルメキア解放軍へと渡している。


 彼らの行為は反逆であり、謀反だ。だが、彼らがナルメキアよりも国民に愛される国を作ることができれば、彼らはやがて英雄と呼ばれることだろう。



「10日で落とせよ、アイゼル」


 


◇◆◇



 兵を引いてくれと土下座する王太子に、お引き取り願った。


 国王からの、アイゼルを王にするから兵を引け、という都合のいい手紙には呆れるばかりだ。親から駒としか思われていない――自分と同じ境遇に、外道な王太子にも同情を覚えた。



 そしていよいよ開戦の時が来た。当初のシミュレーション通り、連合軍全体で囲い込むようにナルメキア10隻を包囲し、投降を促す。


 果敢に攻める軍艦もあったが、大半が投降した。そこでカグヤ連合軍からの攻撃は止めた。いつでも上陸できるよう準備だけは整える。


 開戦の合図と同時に、周辺諸国からも随時進軍を開始する。ナルメキア軍総勢10万は各地に分散された。


 そこでナルメキア解放軍50人が、ピエニ王国から挙兵する。


 ナルメキア第四王子・アイゼル、ナルメキアでもトップクラスの剣士であるレイチェル・キングダム、大魔術師であるモエカ・ヒイラギ、そして、ナルメキアの侵略により祖国を焼かれ、奴隷にまで落とされた亡国の兵士達。


 彼らが剣を持って立ちあがった。


 渡したおまもりには17日間という時間制約が付与されている。カグヤが開戦するまでの7日、開戦してからの10日。それまでの期間で首都制圧までこぎつけなければならない。



 ナルメキア解放軍は、予定よりも早い5日間で王宮まで制圧した。国王と王太子は囚われの身となり、メリルの街の国民広場で磔にされた。



 11年前、その場では亡国となったミクロス王国の12歳の王子が同様に磔にされ、衆人環視のもと惨殺された。ミクロスを攻め滅ぼす決定を下したのが国王、公開処刑を仕切ったのは王太子だった。



「オリオン――見えるか? 君が味わった恐怖や哀しみ。痛みや悔しさをこいつらに味あわせてやる」



 処刑場に現れたアイゼルは、磔にされる二人を断罪しながら左目を押さえ、歓喜の涙を流したという。


 こうしてナルメキア王国の長い歴史は幕を閉じた。



◇◆◇



「ところで義兄上、ルナキシア殿下。賠償金のためにここまで来たのではなくて?」


 からかうような目で、サリエラはラセル達を見上げる。


「ふふ。賠償金を払ってくれる国がなくなっちゃったからね。まぁ、賠償金なんてなくたって、うちもおたくらも、充分儲かったでしょ?」


 ルナキシアは二人に微笑んだ。


 今回の件で、ナルメキア周辺諸国には武器をバンバンと売りつけた。死の商人と呼ばれ、批判されることだろう。歴史書には、自分達は大悪党と記載されるかもしれない。だが、後悔はしていない。


「これからも儲かるよ。ナルメキアがいなくなったことで、交易もスムーズになるし。アイゼルが一番いい魔鉱石の山を押さえられると思うから、そこからも輸入が増えるだろう。これからは武器ではなく、生活に便利な魔道具を売り上げていこう」


 ラセルはほっとした笑みを浮かべた。とにかくアイゼルの勝利を喜びたい気持ちでいっぱいだった。


「それにしても、いくら友達だからって、アイゼルに肩入れしすぎじゃないのか? おまもりの他にも、アイゼルの両翼に秘策を授け、小細工をしかけたんだろう?」


 ルナキシアはラセルへにやりと笑った。


「アイゼルに肩入れしてたのは、俺よりシリルの方だよ。初めての友達だからな。あいつは人当たりはいいけど、他人に心を開かないからさ」


 シリルは、平民を下に見るあの第五、第六王子に深く失望し、それを咎めない当時のキャッツランド王室に強い苛立ちを覚えていた。それを書きなぐったのが「公僕論」だった。しかしその著書は、本国のキャッツランドでは受け入れられなかった。


 発禁書にはならなかったが、当時の宰相が出回らないように手を回した。シリルは優秀ではあるが、明らかに異端児だった。ラセルはそんな著書の存在すら知らなかったが、外交特使の時に会ったアイゼルが嬉しそうに本を見せてきたのだ。


 その時、二人に面識はなかったはずだ。しかし、著書の存在で二人の志は既に繋がっていたのだ。


 シリルはレイチェルへ神力を授け、モエカには、ラセルとシリルしか成功しなかった「誓約無効結界」の方法を伝授した。方法自体はキャッツランドやカグヤの魔術師達も知っていたが、成功したのはラセルとシリルだけだった。ルナキシアでさえ成功しなかった。魔力が圧倒的に足りなかったのだ。


 モエカは難なくクリアした。キャッツランド兄弟が成功したのは神力によるものだ。神力もない、純粋な魔術師として数えるのならば、モエカは二人目の成功者となる。


 モエカは「誓約無効結界」を張った上で、威力の高い攻撃魔術を撃つことができた。その点では開発者であるサイラン・アークレイも凌駕する。まさに世界一の大魔術師である。


 ナルメキアは、おまもりを作ったカナ、そして大魔術師のモエカの二人を召喚した。


 かつて聖女召喚をきっかけに領土を拡大したナルメキアが、今回は召喚した二人の力を借りて消滅させられた。皮肉なものだと、ラセルは思った。


 しかし、今後は時間制約をつけたとしても、おまもりを味方に貸すのはやめようと決意する。なくても勝てることがわかった。


 ナルメキア解放軍がまともに戦闘したのは、序盤のみ。中盤以降は、シリルとサリエラが行ったもう一つの調略が成功し、戦闘することなく進軍できた。


 攻め込んだ領地の領主は、アイゼル達に必死の抵抗を試みた。しかし、領民と兵士がそっぽを向いたのだ。広められたアイゼルの愛読書「公僕論」が彼の後押しをした。民衆の支持を得たのだ。


 民衆の支持。それはどんなおまもりや魔術より勝る。


「それにしても、シリルは凄いね。あれだけ凄い男なのに、ずっとナルメキア解放軍の人達は、彼を可愛いゆるキャラ女子だと思ってたみたいだね」


 ルナキシアは思い出したように笑いだす。


 ラセルもぷぷっと噴き出した。今回の一番の立役者はシリルだ。しかし、ナルメキア解放軍の面々は、最後までシリルを「シリルちゃん」と呼び、マスコット扱いをしていた。



 旧ナルメキア領は、ナルメキアに蹂躙され続けた周辺諸国と、アイゼルが打ち立てた「ヒイラギ皇国」で分割されることになった。分割の協議は難航したが、ダビステアとキャッツランドが間に入り、時間をかけて調整をした。



 アイゼルは王にはならなかった。「ナルメキア」の国名はもう使えないという判断からだった。


 ナルメキア王族でもない、貴族でもないモエカを皇帝へと戴き、アイゼルは皇配となって彼女を支えた。


 こうしてヒイラギ皇国の歴史が始まった。ヒイラギ皇国は皇族が国民の公僕となる、という理念を掲げ、福祉国家としての道を歩み始めた。

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