こいつをぶつけてみよう サイランside
失敗に終わるのは想定内ではあったが、意外なのは、クソガキがあっさりとあの二名を解放したことだ。
やはり甘い性格だ。自分の力を過信しているのだろう。
今回わかったことは、クソガキが童貞であること、そしてキャッツランド王族の生命力の秘密だ。
キャッツランド王族は結婚相手としては人気が高い。なぜか男ばかり大量に生まれる王室なのだが、王配や大貴族の婿でまず第一に申し込みをかけるならキャッツランド王国とも言われている。
もしかするとその生命力の強さ。その血を入れるメリットもあるのかもしれない。
ただ、キャッツランドの王子輸出外交も、実は世界征服を企んでいるのでは、と疑われる要因だ。国の中枢にキャッツランドがいるのだからいつ乗っ取られてもおかしくはない。
ナルメキアでは、キャッツランド王族との婚姻について、明文化されてはいないが禁止されている。やはり仮想敵国。警戒するに越したことはない。
しかしなぜあの容姿で童貞なのだろう。女にはモテそうな感じだが。
男から見ればひたすらクソガキにしか見えないのだが、女の魔術師なんかに話を振ってみると「カッコいいじゃないですか~」と言われる。
魔術師界の中でクソガキは有名だ。王族で上級魔術師という資格持ちはそう何人もいないからだ。キャッツランドではどういう立ち位置なのだろうか。
気になったので、キャッツランドから魔術アカデミーに留学している人物に探りを入れてみることにした。
◇◆◇
サイランはルーカスに許可を取り、魔術アカデミーの一日臨時講師を務めることにした。キャッツランドから留学している人物と、疑われることなくコンタクトを取るためだ。
ターゲットに選んだのは、キャッツランドでは男爵家に当る家系で、中級魔術師を目指せるレベルの青年だ。
「やぁ、君の書いた高等魔術理論はなかなかよかったよ」
そんなに良くはなかったのだが、機嫌を取るためにあえてそう伝えた。真面目だけが取り柄といった冴えない魔術師の卵だ。
「あっ……アークレイ先輩!」
サイランはアカデミー始まって以来の天才と呼ばれているため、声をかけられると大抵の後輩は舞い上がる。
世間話を少ししたあと、クソガキの話を持ち出す。相手の国の王族だ。悪口は禁物だ。間違ってもクソガキと呼んではいけない。
「あぁ……ラセル殿下ですか」
そうそう、ラセル殿下という名前であった。毎日プロフィールを眺めているのにクソガキという認知しかしていないのは問題だ。
「王族で上級魔術師は珍しいからね。お国元ではどんな評価なのか気になってね」
そう言うと、彼は満面の笑みを浮かべる。
「私は憧れてますね。やっぱりカッコいいですし」
やはり顔か。顔がいいのは得だな。
「話したことありますが、とてもいい人でしたよ」
いい人、いいヤツ。クソガキを知る人物は、ルーカス以外は皆こう言う。
「ただ、王宮魔術師の方達とはあまり仲が良くないようでして。やっぱり殿下というご身分でああいう実力があると敵視されてしまうようでして」
なんと。これは朗報だ。クソガキがこちらの攻撃に対し、国元の魔術師を組織的に動員するという可能性はないということだ。
「それに、あまり政治の中枢からもあまり……。やはり、殿下はいろいろと素行が……」
国元でも素行不良が問題になっているのか。やはりクソガキはどこへ行ってもクソガキということだ。これでクソガキを抹殺しても、良くやったと言われることはあっても、国が怒り狂って戦争を仕掛けてくるということはなさそうだ。
キャッツランドでの情報で安心材料を得たところで、いよいよ次の暗殺者の投入だ。次を外したらいよいよサイラン自身が出向くしかあるまい。
アカデミーに来たのは改めてクソガキの記録を確かめるためだ。
そしてこの男に辿りついた。
◇◆◇
フランツ・ホールデンはクソガキと同期で、剣術の成績がクソガキより上だった。つまりはクソガキより強い。クソガキより魔術では劣るが、フランツほどの剣士と相対して魔術を撃てるほど余裕はないだろう。
近衛第四騎士団に所属し、副団長を務めている。本来であれば、国王付の騎士団で団長を務めるくらいには実力があるが、元々の身分が低すぎるからこの地位に留まっている。そして、彼には親が事業に失敗した際の借金がある。ここに付け入る隙がある。
ルーカスに相談したら、暗殺者になるのであれば代わりに払ってもいいと言ってきた。
さっそくルーカスの部屋へ呼び出すことにした。
「なぜ、第四騎士団の私をルーカス殿下が?」
第四王子とルーカスは仲が悪い、というよりは一方的にルーカスがいじめている。そんなルーカスにお呼び出しがかかったわけだから、警戒されるに決まっている。
「お前の剣の腕を見込んで頼みがある。ついでに所属は第二騎士団に移してもいい」
「いえ、私は第四のままでいいです」
「遠慮するな。出世の見込みのないアイゼルのところにいてもつまらないだろう」
フランツは「お前も出世なんかしないだろ」という顔をしているが、そんなこともない。聖女さえ手に入れば。
さっそく聖女が実は他にいた、その聖女はキャッツランドのクソガキに攫われた、誰にもバレることなくクソガキを抹殺し、聖女を奪還するように伝える。
「あのクソガキはキャッツランドの上層部からはクソ嫌われている。キャッツランドもクソガキを殺しても何も言ってこない、むしろ感謝するかもしれないが、念のためナルメキアのものとわからないように殺し、聖女を奪ってこい」
フランツの目が恐怖に
するとルーカスも畳みかける。
「あのクソガキ、すげぇムカつくんだよな。思い出すだけでもう10発くらい殴りたくなってくる。もちろんお前の借金はチャラだ。これでチャラにしてこい。引き受けるならな」
ドンッと大金をテーブルに置いた。ルーカスの目が泳ぐ。
「できません……。そもそもその聖女様を追い出したのは我が国ですよね? ラセル殿下はその聖女を保護したんですよね?」
「違う! 追い出したのは王太子である兄上であって国ではない! 兄上が全部悪いんだ。ちなみにクソガキは保護ではなく誘拐だ。間違えないように」
王太子の行動、イコール国の行動とも言えるのだが、ルーカスは力業でかなりムリのある答えを返す。
一方、フランツは涙目だ。
「聖女様は大切にナルメキアで保護するということですよね?」
「もちろんだ」
ルーカスが自信を持って頷く。
「それをラセル殿下にお伝えし、ラセル殿下がご納得されれば殺さなくてもいいのではないでしょうか」
甘いことを言う。それで納得するクソガキではあるまい。
「クソガキが黙って引き渡すはずがない。ヤツは童貞で聖女に惚れている」
「ラセル殿下が童貞のはずはないと思うのですが」
「本人が童貞だって言ってるんだから童貞なんだ」
「はぁ……。しかしあの方は学生時代、私が風邪を引いて授業を休んだ時にノートを貸してくれたんです。それなのに」
そんな小さい恩義にこだわるとは、面倒くさい男だ。
「お前に断る自由はない。借金で首が回らないんだろう? そろそろ妹が結婚する頃だな。資金は足りるのか?」
そう脅すと、フランツはうつろな表情で金に手を伸ばした。
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