いつもの戦略 キースside

「もぉぉぉ、ほんっとうに嫌になった! 宰相にチクろうかな」


 副官の部屋に入り、キースは本当にチクってやろうかと便箋を取り出す。


「ラセル殿下は今日も勝手なことをしています。自分を殺そうとした暗殺者を勝手に逃がそうと……」


 そこまで書いて気が付いた。それって主君を危険に晒した自分達も叱責されてしまうではないかということに。


「あぁぁぁぁッ! 俺は本当にあのバカと一蓮托生なんだぁぁぁ」


 思いっきり便箋を丸めて思いっきりドアに投げつけると、猫用出入り口から入ってきた黒猫の頭にヒットする。


「いってぇな」


 黒猫は丁寧にまるめた便箋を伸ばして整える。


「ラセル殿下は今日も勝手な……へぇ。チクりの手紙書いてたのか。後で燃やそ」


――案の定ネコでやってきた。どうせいつもの作戦でしょ。


 ラセルとは幾度となく喧嘩を繰り返してきたが、常に喧嘩の後はこの姿でやってくる。これがラセルが使う、相手を丸めこむための常套手段なのだ。


「いい加減機嫌直せよ」


 机に飛び乗って、御機嫌を取るようにキースの腕に頭を擦り付けてくる。


 猫に変身できるわがままな主君というものは本当に厄介だ。もうお前なんか知るか! と思っているのに、猫でやってくるともふりたくなるからだ。


「あのね、俺が超怒っているのは、ラセルのことが心配だからだよ。死なないってわかってるけど、昨日とか超心配したんだから」


 もふもふしていると口調のとげとげしさもなくなってくる。もっと怒鳴ってわめきたいのにそれもできないのだ。


「うんうん。お前の愛はとてもよくわかってる」


 まずい。この流れはいつものパターンだ。これはラセルのいつもの戦略とわかりきっているのに、また引っ掛かってしまう。


「……また似たようなことが起きても、また無罪放免にして転職先も斡旋すんの?」


「そうだなぁ。今日みたいなやつらだったらそうするかな。そうじゃないと平等じゃないからな」


 やはり丸めこまれるわけにはいかない!


「……やっぱり怒られるの覚悟の上で、宰相にチクろう。バカな王子は国の恥なので連れ戻して王宮の地下牢に閉じ込めておいてくださいって」


 本気で便箋を出すと、猫が便箋を思いっきり散らかしてしまう。


「そうはいくか。お前は俺が地下牢で寂しく鳴いていても心が痛まないのか!」


「痛まない! 呆れてなにも言えないよ! ビスはなんか言ってなかった?」


「殿下のなさっていることは秩序を乱すって言ってた。でも俺が秩序乱してるのって今始まったことじゃねーよな?」


 溜息しかでない。もう本当に地下牢で閉じこもっていて欲しい。


 便箋を掻き集めて、猫に散らかされないようにまとめて机の中に戻した。


「けどさ、キース。あいつらが転職先で「ラセル様はイケメンで優しくて素晴らしい方なんです~」って宣伝してもらえれば、俺のバイトの受注も増えるかもしれねーじゃんか」


「……結局私利私欲なわけね」


「そのとおり。俺だって優しさだけでできてるわけじゃないんだぜ」


 ラセルの小遣い稼ぎバイトは、ダンジョン攻略から魔獣退治、要人警護、人探しまで幅広い。大体がラセルが知り合ったアカデミー時代の友人やら、その友人の友人、他国に婿入りした兄王子やその友人、といったツテで広がっていった感じだが、外交特使と王子の肩書きの信用性から、その他の貴族や、なかには大商人といった平民富裕層にまで広がっている。


 たまに無償でそんなに裕福でもない農家の手伝いなんかもやっている。希少な土魔法を使って。


 その関係で、ラセル殿下は超いい人でなんでも手伝ってくれる人、という有名人ポジションを確保している。


 それに巻き込まれるキースは大変なのだが、よい金になることもあり仕方ないと容認している。騎士団員の中にはいい経験ができたと喜ぶものも多い。


「ところで、黒幕は前回の人攫いと同じ人?」


 そう聞くと黒猫はうーんと首をかしげた。


「多分変装してるんだと思うけど、同じ魔術師協会のプロフィールで説明してたし、説明するときクソガキ連発してるのも共通してたから、同一人物だと思うな。そこまでクソガキかな?」


「クソガキでしょう、どう見ても。クソガキ以外にラセルを形容する言葉はないね」


 そう言うと心外だとばかりに尻尾を振る。


「俺はもう20歳になったんだ。アルコールも飲めるからガキじゃない。クソだけにしてもらいたいものだ」


 そこか? というこだわりで機嫌を悪くする猫。しかし魔術師でラセルをそこまで憎む相手……。


「それって本当にナルメキアの人かな」


「ん? どういうこと?」


「いや……なんかお前、キャッツランドの王宮魔術師とも仲悪いからちょっと気になって」


 殺したいほどの憎しみとなると、妬ましいだけでは生まれないはず。そうなると、地位を脅かすなど、具体的な脅威となる場合に限られるのではないか。


「ラセルは王子でありながら魔術の腕はキャッツランドナンバー1じゃん。だからさ」


 そこまで言うと、ラセルは耳を垂れてしまう。人に嫌われるのが怖い猫なのだ。


「俺、別に生意気なこと言ってないと思うんだけど。なんか気に入らないみたいで。嫌われたくないんだけどな。あーあ、俺は胃が痛いよ」


 へにゃんとしたまま寂しく部屋を出ていく猫。どうせカナのところにでも行くんだろう。


 キースは兄に、魔術師協会の方で何か怪しい動きはないか手紙を書いた。




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