たこ焼きデート
お妃教育の後に、月の神殿に遊びに行くことが多くなった。ルナマリア様とのお喋りが本当に楽しいからだ。
ルナマリア様も、私のことを歓迎してくれた。
『それでねー、カレー屋さんも作ったのよ。キャッツランドにいいスパイスがあってね……』
ルナマリア様は、楽しそうに生前の事を話す。たこ焼き、お好み焼きのお店があることは知っていたけど。カレーまで普及しようとしていたとは。
「じゃあ王宮の夕飯も、頼めばカレーが出てきたりするんですか?」
『そのはずよ。カレーはカグヤ人の大好物だもの。うちの王太子ちゃんが言うには、ラセル陛下……あ、殿下か。ラセル殿下もカレーが好きみたいよ』
なぜ、いつも陛下と言い間違えるのかな。うちのラセルは、国王ではなく、八百屋になる男なのに。
突然、ルナマリア様が鼻をくんくんさせた。
『いい匂いがするわ。カナの旦那様が美味しいものを持ってきたみたい。早く行ってあげて』
神殿を出ると、辺りはもう暗い。神殿の前でラセルが胡坐をかいて座っている。ラセルからいい匂いがする。
私を見上げると、嬉しそうに笑う。
「なにを持ってるの?」
ラセルは得意気に袋を見せてくる。
「たこ焼き。こないだのデートで買えなかっただろ? 騎士団の連中に言って、買ってきてもらったんだ」
ラセルは立ち上がって私の手を取った。
「デートしよ。俺たち恋人同士なのに、全然二人きりになれないじゃん。いいところに連れてってやるよ」
「王宮から出ちゃダメなんじゃないの?」
「王宮からは出ないよ。俺が子供の頃から気に入ってた場所があるんだ」
そう言って、私を神殿の周りに広がる、深い森の中に連れて行ってくれる。遠くから水が流れる音が聞こえてくる。しばらく進むと音はだんだんと大きくなって……。
「うわ、こんなところに滝が!」
立派な滝が流れている。滝の前の岩に、二人で腰かけた。
「子供のころ、よくここに来たんだ」
たこ焼きをつまみながら、ラセルは話し出す。
「ラセルは昔、どんな子供だったの?」
「うーん……天才でイケメンで、でも泣き虫で胃が弱い子供だった」
「イケメンの子供? 変なの。でも、子供の頃のラセルが泣いた顔は、可愛いだろうなぁ」
私も笑いながら、たこ焼きを口にする。すごい。日本のたこ焼きと同じだ!!
「カナは……どんな子だった?」
ラセルは優しい眼差しで、私を見つめた。甘い雰囲気にドキドキしてきた。
「私は……目つきの悪い子供だったよ。親が子供のころに亡くなって、親戚中にたらいまわしにされてさ。どこへ行っても邪魔もので……そんな暮らしをしてたら、笑うことも段々なくなってきて」
子供のころの寂しい思い出が蘇ってくる。鼻の奥がツンとしてきた。そんな私を優しくラセルが抱き寄せてくれる。
「つらい思い出が多いのに、ニホンが恋しいんだな。たこ焼きを食べたがったり、聖女様に会いに行ったり。ニホンに帰りたいか……?」
ラセルには、たこ焼きが日本の食べ物であることや、ルナマリア様に日本の記憶があることを話してある。ルナマリア様と仲良くすることを、故郷を恋しがってるって思っちゃったのか。そんなんじゃないのに。
「……カグヤは、聖女様の影響でニホンの文化が色濃く残ってる。もしかしたら、カナはカグヤの方が合ってるかもな」
「あんた、また変なこと考えてないよね? 私をルナキシア殿下の嫁に、とか? 考えてたら許さないんだからね!」
ラセルの髪を思いっきり引っ張った。ラセルはなぜか嬉しそうに痛がっている。そうだった。この人はマゾだったんだっけ。
「違うよ。このまま女王陛下の言うとおり、カグヤに移住しようかなぁと思い始めたんだ」
意外なことを言う。ラセルの表情を伺うと、私を見て甘く微笑んだ。
「女王陛下に、王子じゃなくて、八百屋か騎士じゃダメか聞いてみる。なんか、そっちの方がいい気がしたんだよね。俺にとっても、カナにとっても」
「なんで? キャッツランドに帰りたくないの?」
「うん……あまりあの国に思い入れがなくてさ。昔から、大人になったらカグヤで騎士になろうと思ってたんだ。カナも、ニホンに雰囲気が近いカグヤに住むほうがよくない?」
そして、ラセルの声のトーンが急に暗くなる。
「それに……こないだシリルがいかにも俺が国王だぜ! って感じで会議を仕切ってたじゃんか。まぁ……あの人なら向いてると思うし、応援したいと思うんだけどさ」
ラセルが俯く。とても言いづらそうにしている。
「なに? 実はシリル殿下と仲良くないとか?」
「いや、兄弟の中じゃ一番仲がいいのがあの人だよ。尊敬してる。けど、カナも知ってるだろ? クズ兄貴のこと。シリルがあの兄貴達をどうするつもりなのか聞いてないけど、嫌な未来しか想像できなくて。シリルは甘い男じゃない。兄貴がルーカスのようなことをやらかす前に、きっと……」
宰相たちを従えて、堂々たる為政者の姿だったシリル殿下。そう遠くない未来に、シリル殿下が王位継承者となる日がくるのかもしれない。
その時に、自分と対立していた親族をどう扱うのだろうか。ルーカスのような真似をクズお兄様が行えば、キャッツランドという国の亡国の危機だ。それは政治の素人の私でもわかる。
「俺、兄貴のこと嫌いだけど……そんな未来、間近で見たくないんだ。ルナキシア殿下には兄弟がいないし、誰かを粛清する必要もない。だから…………。なんか俺、最低なこと言ってるな。シリルに全部嫌なこと丸投げして、国を捨てるんだから」
ラセルははっきりとは言わないけど、ニュアンスでわかる。国王となったシリル殿下は、実の兄を粛清する可能性がある……その可能性が高いということ。
そして、ラセルの言っていることは、王族としては甘くて弱いのかもしれない。シリル殿下の兄としては、最低なのかもしれない。だけど、私にはラセルの気持ちが痛いほどわかった。
「ラセルが楽な方でいいよ。私はカグヤでも、キャッツランドでも、ラセルと一緒ならどこでもいいや」
そう言うと、ラセルはほっとしたように、張りつめていた表情を緩めた。
「明日は満月だな。ずっと二人で仲良く暮らせるように祈ろうか」
ラセルが丸くなってきた月に向かって、穏やかにそう言った。
私とラセルの関係に終わりがくることなんて、この時は考えもしなかった。ラセルの事が大好きで、この気持ちが揺らぐなんて想像すらしていなかったから。
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