キャッツランド軍との合同軍事演習


 ルナキシア殿下から、キャッツランドと合同軍事演習の打ち合わせをしたいと話があった。


 今回は、シリル殿下以外にも呼び出したい人がいるもよう。そしてカグヤからも隠密騎士団長、王国軍軍団長、王国軍魔術師団長が参加するようだ。


 私とラセル、キースやビスも出席する。みんなでぞろぞろと神殿へと向かう。


「今回の会議で、カナに頼みたいことがあるんだ」


 ルナキシア殿下が魅惑の微笑みを浮かべながら、私に頼みごとをしてくる。 


「頼みってなんですか?」


「聖女様がしてくれる、キャッツランドの人と交信する魔術。あれをカナにも手伝ってほしいんだ。多分、聖魔法の数値が高い人にしかできないからね」



「あーあ……宰相閣下も国王陛下も来るのかな。嫌だなぁ……」


 ラセルは憂鬱そうな顔をしている。宰相とは仲悪いと聞いていたけど、どうしてお父様まで嫌がるのかな。お父様はラセルの髪の事をやたらと気にする人だよね。


「今日もラセルの髪は綺麗だよ。お父様が来たっていいじゃないの」


 そう言っても浮かない顔だ。


「だって、俺が騎士か八百屋かヒモになりたいって手紙書いてもずーっと無視だしさ。やっと返事来たって思ったら、新しく開発されたトリートメントの話しか書いてなかったし」


 トリートメント! 本当にお父様はラセルの髪にしか興味がなさそうだ。


「でもさ、騎士と八百屋はともかく、息子がヒモになりたいって言ったらお父様怒るんじゃないの? 怒ってるから無視してるとか?」


「……怒らないと思うけど。俺の事なんて興味ないと思うし。犯罪犯さなきゃ何やってもいいって人だよ」


 よくわからないけど、相当こじらせた親子関係のようだ。

 

「大丈夫だよ、今回は国王陛下は来ない。うちだって母上は参加しないだろう」


 ルナキシア殿下はそう言って立ち止まる。そしてラセルを見つめた。


「今回の話は、合同軍事演習で、離島を拠点とする海賊を討伐しようということなんだが……恐らくこの海賊は、サイラン・アークレイとも手を結んでいるはずだ」


 そして私の方へ視線を移す。


「カナが私の妻になれば、恐らくアークレイは手を引く。王太子妃を攫おうとするほど大胆ではないだろう。軍事演習自体はやるが、意味はまた違ってくるだろう。君は我々を巻き込むくらいならナルメキアに行ってもいいと言っていたようだが」


 そこでラセルがルナキシア殿下の胸倉を掴み、慌てて私は止めに入った。


「あんた本当に卑怯だな。アークレイ先輩の一味をネタにして、カナを妻にしようだなんて」


「使える手段は全部使う。それが私のやり方だ。カナ、君が私の妻になれば、君の恋人であるラセルを危険に晒すこともなくなるんだが」


 確かにこのやり方は卑怯だ。ラセルを守るためと言われると、心が揺れる。でも、そんなことをしたらラセルはもっと傷ついてしまう。


「ルナキシア殿下、確かにラセルを危険には晒したくないです。でも……そのためにルナキシア殿下と結婚なんてできないです。だって、そんなことしたらラセルは水害レベルで泣いてしまいますから」


 ラセルもフンッと鼻息荒く、胸倉を解放する。


「俺の涙でカグヤ王宮を水没させてやるよ。泣き虫舐めんなよ!」


 ルナキシア殿下はフッと笑うと神殿へと入って行った。



 聖女様はあらかじめ、ルナキシア殿下からお手伝いの話を聞いていたのだろう。私に誘いかけてくる。


『一緒にやりましょう! さすがにこの人数を一人で交信させるのは大変だもの』


 そして私と聖女様は同時に唱えた。


「『遠くの地との交信アストラルエクリプス』」


 すると、キャッツランド側のシリル殿下とその他数人のおじさま達が現れた。


「今日は、キャッツランド軍軍団長と、王宮筆頭魔術師、宰相も連れてきました」


 宰相と聞いて、ラセルはブルりと身を震わせた。そんなラセルを見て、キースはくすりと笑う。


――ねぇ、どの方が宰相閣下なの?


 思念でラセルに聞くと、右端の淡いブロンド髪をオールバックに整えた人だと教えてもらう。なかなかのイケオジさんだ。


 宰相閣下もラセルの方をちらっと見て、なぜか目を逸らした。


――目を逸らしたよ。なんで?


――さぁ……。こんな大勢の前でお説教できないからじゃねーの? 余計な仕事増やしやがって……って思ってるに違いないからな。


 すると、キースも思念の会話に参加してくる。


――違うよ、きっと。シリル殿下が国王なら、ラセルは宰相の上の王兄になるからだよ。だから怯えてるんだよ。



「この度は、私達の大切な王子であるラセル殿下を保護していただき、誠にありがとうございます。ラセル殿下はキャッツランドにはなくてはならない方で……」


 宰相閣下がルナキシア殿下にお礼を言っている。


 そして、筆頭王宮魔術師の方も後に続く。


「ラセル殿下はキャッツランド魔術師界の宝です! その宝物を守ってくださって本当にありがとうございます!」


――ほら、「なくてはならない方」なんて今まで言ってなかったじゃんか。筆頭王宮魔術師なんて、ラセルのこと嫌ってたじゃん。ラセルが王兄になったら粛清されるって思ってるんだよ。


――うっぜぇぇ。俺はぜーったいに王兄なんて引き受けないからな! 八百屋になるって決めたんだからな!


 騎士とヒモはやめて、八百屋一本に絞ったのか。


 八百屋の話はさておき、今回、ラセル一行がカグヤを発つ時は、いつものキャッツランドの船ではなく、カグヤの軍艦一隻で向かうことになった。


 その裏で別働隊として、艦隊も別経路で向かわせる。海賊をせん滅させるためだ。そしてキャッツランドからも艦隊を出撃させる。


 海賊が拠点としている離島は無人島で、一般の住民はいない。大砲で攻撃を仕掛け、上陸したら一気に魔術師団と騎士団で協力して畳みかける作戦だ。


「地形もナルメキアのメリル港に近いです。この海岸線から入り、この経路で攻めます。メリアの街はこの辺りに軍事拠点があり……」


 シリル殿下が地図を広げ、我々に説明をしている。


――なんでナルメキアのメリル港のことばかり話してるの?


 よくわからないので、またラセルとキースに思念で話しかけてみる。


――なんか不穏な感じがするねぇ。シリル殿下は何考えてんだろ? ラセルは聞いてる?


――俺が聞いてるわけねぇじゃんか。でも、シリルとルナキシア殿下は直でやりとりしてんのかもな。ナルメキアを攻める気だったりして。


 そして話題は、ラセルの憧れの先輩である、サイラン・アークレイに移る。あの誓約無効、攻撃魔術撃ち放題の結界の話だ。


「いろいろと調べてみたのですが、あの誓約破りの結界は相当リスクが高いですね。二回は作れないと思いますよ。闇の精霊との誓約を破るわけですからね」


 カグヤの魔術師団長はそう言った。


「それもこちらで破れる魔術師がいるとわかっているのに、あえて仕掛けてきますかね


「私なら使わない。ただ、冒頭ではなく、ラセルと対峙するときに使用する可能性はある」


 ルナキシア殿下はしばらく考えた後に、そう答えた。


 敵も破ったのがラセルだとわかっているはず。そして、アークレイの狙いは私よりもむしろラセルのような気がする。


「敵は結界を維持しながらの戦闘だから、例え俺と先輩で実力差があっても勝てるかもしれないな。がっつり攻撃魔術をお見舞いしてやるぜ」


 ラセルもやる気満々で答える。攻撃魔術を撃つ気なんだ……。


「でも、万が一、こちら側の攻撃だけは闇に呑まれるなんてことはないですよね? ラセル殿下様にもしものことがあったら大変ですから……ッ」


 キャッツランド側の王宮魔術師が揉み手をしながらラセルにお伺いを立てている。相当ラセルに怯えているのか、殿下と様で二重敬語になってるし。


「殿下様とかいらねーよ! ぜんっぜん俺に敬意なんてないくせに! 闇に呑まれる時は、闇が背中まで迫ってくる感覚があるんだよ。その感覚がなければ撃ってOKってこと。やってみなきゃわかんないけどな」


 ラセルがぷんぷんしながら答えた。王宮魔術師は「敬意たっぷりありますよぉ。むしろ敬意しかないですぅぅ」と悶えている。


「その際は私も参戦しよう。2対1なら勝機も増すだろう」


 ルナキシア殿下は王宮魔術師を無視して、参戦の意を伝える。


「愛する聖女を守るためだ。たとえ闇に呑まれたとしても私は後悔しない。王太子としてあるまじき考えだが……」


 ルナキシア殿下は卑怯だし、従弟の彼女を横恋慕なんてモラルがない。でも、私に対しての気持ちだけは真摯なものなのかもしれない。


 それに応えることはできないのだけど……。

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