敵襲! そして結界破り! ラセルside

「あの使役鳥は魔術で作ったものか。アークレイ本人がこの付近にいるはずだ」


 ルナキシアは警戒するように辺りを見渡した。


 カナはこわばった顔でラセルに視線を移す。


――俺が守るから安心しろ。


 ラセルは思念をカナへ送った。


「打ち合わせ通り、ダンジョン通りの広場に向かおう」


 ルナキシアはラセルにそう告げてから、来た道とは反対方向へと歩き出す。そこで敵を迎え打つ予定だった。


 ラセルもルナキシアにあわせて振り返った。その瞬間、強烈な違和感を覚えた。音が無音になり、人が消えている。


 ルナキシアとラセルは同時に動いた。


氷壁アイスウォール


 挟みうちにされる形で炎の攻撃魔術に襲われる。防御魔術で壁を作って対処した。


 パニックに陥りそうになった騎士団員にも「落ちつけ! 防御魔術で応戦しろ!」と激を飛ばす。


――今のは明らかに攻撃魔術だ。なぜだ……?


 通常、対人戦闘で攻撃魔術を使うことはない。闇の精霊との誓約により、使用した瞬間、魔術師が闇の世界に引き込まれてしまうからだ。


――捨て身の攻撃? 俺がフランツにしようとした時と同じ……。


 あの時、ラセルは死を覚悟したうえで攻撃魔術を撃とうとした。目の前のフランツを倒せるのなら、自分はどうなっても構わないと思った。


 しかし、サイラン・アークレイはどうなのだろうか。死を覚悟したうえで攻撃魔術を使うメリットはないはずだ。


 今度はルナキシアに向かって、雷の矢が飛んでくる。すばやく防御魔法で応戦したが、なかなかの威力だ。


 第二波の攻撃がきたということは、敵は闇に呑まれていない。


「そうか! 特殊な結界だ。闇の精霊との誓約を無効にするような、特殊な結界に俺達は閉じ込められたんだ!」


 ラセルはルナキシアにそう言うと、ルナキシアは驚きに目を見開いた。


 これまでも、闇の精霊との誓約を無効にする方法は模索されてきた。ダンジョン以外での攻撃魔術の対人使用が解禁できれば、紛争時の戦略に大きな幅ができる。


 魔術師は、闇の精霊との誓約縛りがあることによって、騎士より下に見られがちだ。誓約無効にすることは、魔術師の悲願でもある。


 歴史上、数多くの魔術師が研究を重ねてきたものの、実現に漕ぎ着けたものはいない。


「やっぱ、アークレイ先輩はすげぇな。史上稀に見る最高の魔術師じゃんか!」


 ラセルが素直にサイラン・アークレイを褒めたたえるが、ルナキシアも周りの騎士団も苦い顔だ。


「……君はそんなにアークレイが好きなのか。残念だったな。君はアークレイからは蛇蝎のごとく嫌われている。それに今は、そんなこと話してる場合じゃないだろう!」


 ルナキシアはイライラしながら、次から次へと襲ってくる攻撃に防御魔術で対抗している。


「よし、わかった。この俺も天才と呼ばれた魔術師だ。ルナキシア殿下、ビス。天才魔術師が結界を破るから、それまで時間稼いで」


「えっ……そんなの」


 できるんですか? と言いかけてビスはやめた。ビスも、ラセルの魔術師としての力量は知っているのだ。


 結界は、外から破るよりも中から破る方が難易度が高い。


 あのおまもりは既に身に付けている。おまもりの効果だけでもいけそうな気もしたのだが、ラセルは念には念を入れて剣を取り、掌を斬った。


「キャッツランドの大いなる女神・テトネスの名において命ずる。我儘の力でこの空間を消去せよ。超破壊結界ファイナルデレンスバリア!」


 耳をつんざくような破裂音が響き、隔離された空間から、雑多な街並に戻った。


 結界が壊れると同時に、敵の気配も消えた。


「殿下、じゃなかった。団長、大丈夫ですか?」


 ビスがラセルに肩を貸す。くらくらと目眩がした。



 今の魔術は、キャッツランド王族の血を引く人間限定の秘術だ。身体に流れるキャッツランド王族の血の力で、王家を守る神の力を借りるのだ。


 ルナキシアから教えてもらった技なのだが、ルナキシアよりもラセルの方がキャッツランド王族直系のため、高い威力を出すことができる。


「ラセル、まさかしょっちゅうそれ使ってないよな?」


 ルナキシアは顔を曇らせて、ラセルにヒールを施した。


「使ってないよ」


「それならいいが……絶対に乱発するなよ」


 秘術として教えてはくれたが、ここぞという時にだけ使えと念押しされていた。ラセルもそこはちゃんとわきまえている。


「帰ったら、私の部屋に来てくれ。今日の反省と得た情報を元に作戦会議だ」


 偵察の小鳥は飛んでくると予想していたが、魔術で直接攻撃を仕掛けてくるとは。敵は想定以上に手ごわそうだ。


 でも、王宮に帰るその前に。


「……殿下。俺、ちょっと疲れちゃった。帰りの馬車、一緒に乗せてくれない?」


 ラセルはデート妨害も忘れない。二人の世界には絶対にさせないと、ウキウキしながら馬車に乗り込んだ。


 

◇◆◇



 ラセルはお気に入りの騎士団長服を着たまま、ビスを伴ってルナキシアの部屋に入った。


 隠密騎士団長と、白いローブを来た魔術師団長、そしてカナも座っている。ルナキシアは中心の、いわゆるお誕生日席に座り、メンバーを見渡した。


「サイラン・アークレイは見つかったか?」


 そう隠密騎士団長へ尋ねた。


「いいえ、まだ……」


 隠密騎士団長がそう答えると、ルナキシアは「もういい」と告げた。


「今回の敵には、騎士団よりも魔術師団をぶつけた方がよさそうだ。ラセル、またアレやってくれないか。魔術師団長にも共有したい。大丈夫だ、君は嫌われものじゃないから。あ、この子はちょっとやんちゃだけど、国元で嫌われてるとかウソだからね。むしろ人気あるほうだからね」


 クソガキ映像を送られる前に、ルナキシアは魔術師団長にフォローを入れてくれる。


「えーと、これは前に捕まえた刺客の記憶を読んで、それを映像化したものなんだ。えぐいくらい俺の悪口でいっぱいなんだけど……俺はそんなには……嫌われていない……ハズ」


 最後は自信なさげになってしまった。魔術師団長はラセルに同情するよりも、記憶を読んで映像化のほうに驚愕していた。


「そんなことできるんですか!? さすがラセル殿下……。天才と呼ばれる魔術師なだけありますね」


 褒められてちょっと気を良くしたラセルは、魔術師団長にもサイランとルーカスの映像を送る。魔術師団長もまた、ラセルと同門の学校を卒業している。



「彼がアカデミー始まって以来の天才ですか。仕えた主君が悪いのか、本人が愚かなのか……。勿体ないものです」


 魔術師団長は、後輩であるサイラン・アークレイの映像を見て嘆息した。


「しかし誓約無効の結界……当然、敵だけでなく、我々の誓約も無効化されるわけですよね?」


 魔術師団長がラセルに聞いてきた。ラセルが首をかしげると、代わりにルナキシアが答えてくれる。


「理屈としては無効化されるだろう。しかし、試すリスクが大きい」


「では毎回結界を破る戦術ですか? しかし我々にもできますかね?」


「あれは、キャッツランド王族の血を引くものにしか使えない秘術なんだ」


 それを聞いて、魔術師団長は肩を落とした。


「ただ、ラセル。さっきも言ったけど、起死回生の策だからね。普段使いしないように。この魔術は身体へのダメージが大きいんだ。わかったね? わかったら返事しなさい!」


「……はーい」


 ルナキシアは魔術の師匠でもある。渋々と返事を返した。



 ◇◆◇



「ラセル」


 後ろからカナに呼びとめられた。そして思いっきり髪を引っ張られる。


「あんたね……」


 視線が殺気を帯びている。やはりお怒りだ。


「カナ、ほんとごめん。少し散歩しようよ。ちょっと言いわけさせて」


 二人は庭に出て、しばらく歩く。そして、枯山水の前のベンチに腰かけた。



「その服、カッコいいね」


 カナは少し機嫌悪そうに、ラセルの格好を褒めてくれる。ラセルは途端に満面の笑みになった。


「やっぱりそう思う? この制服、国元でも人気があってさ。俺の人気もあって、入団希望者がすごくてねー」


「あんたって、嫌われものなのか人気ものなのかハッキリしないね。どっちなのよ?」


「俺はカナに好かれてればそれでいいよ」


「答えになってないでしょ、それ」


 しばらく無言で月を眺めた。昨日よりも少し太い綺麗な三日月だ。


「……今日のデート、敵をおびき寄せるために、あなたとルナキシア殿下が仕組んだんでしょ?」


 かなり不機嫌そうだ。


「本当にごめん。ごめんなさい」


 ラセルは真摯な気持ちで謝った。


「土下座して」


 カナはツンツンしている。ラセルは素直に地面に土下座をして、「申し訳ございませんッ!」と頭を下げた。


 そして土下座のまま言いわけをする。


「偵察の鳥は来ると思った。それに追跡魔術付けて追えたらいいな、的な。軽く考えていたんだ。あそこまで大がかりなやつがくるとは思わなかったし。言わなかったのは、単純にカナには観光を楽しんでほしかったんだよ」


 しばらくカナは無言だった。


「……私、ナルメキアに行こうかな。このままだとあなたやみんな……カグヤやキャッツランドまで巻きこんじゃう」


 ラセルは土下座をやめて、慌ててベンチへ移った。そしてカナを抱き寄せた。


「それはダメ。カナがナルメキアに行くことによって、聖女の力がナルメキアに利用される。ルーカスと先輩に世界征服されたら困る。それに、本当にヤバいヤツはルーカスではないかもしれない。それ以上の……」


 テロ行為の主犯はルーカスとサイランだ。彼らだけが、キャッツランドの第七王子が聖女を連れていることを知っている。


 しかし、このことがナルメキア国王に知られたらどうなるだろう。現国王の代になって、攻め滅ぼされた

小国もある。ルーカスのような小悪党とは違う。本当に危険なのは絶対的権力を持つ国王の方だ。


 そんな男の手にカナが落ちたらどうなるのか。ナルメキアの世界征服が現実味を帯びてくる。


「俺を信じてくれよ。天才魔術師だって言ってるだろ? ついでに顔もいいし、剣も強いし、猫にもなれるし。カナを絶対守るから」


 ラセルはカナの頬に手を伸ばし、優しく口付けた。

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