ダンスバトル
「カナ、今日はダンスの授業があるんだろ? キャッツランドチームからは、ビスに相手役として出てもらうことにしたからな!」
朝食時、ラセルに変な宣言をされてしまう。
基本、朝食はラセルやキース、レイナや騎士団の子達と過ごしているけれど、いきなりなんなのだろうと首をかしげる。
「どういうこと?」
「ラセルとルナキシア殿下が勝手に賭けをしちゃったんだよ。ルナキシア殿下とうちのチームで相手役をそれぞれ出して、どっちがダンスうまいかを競う。そして、勝った方がカナのデートの相手になる、みたいな」
私が睨むと、ラセルではなくキースが答えてくれた。
「デート!? 誰が、誰と!?」
「えーと……多分、うちは負けると思うから。カナと、ルナキシア殿下がデート?」
は!? 私がルナキシア殿下とデート!?
「あ、あんたねっ!」
ラセルに掴みかかろうとするが、ビスと二人に「まぁまぁ」と宥められる。
「しかも、多分負けるってどういうことよ!?」
「そりゃ、ビスはこのチーム内では一番うまいけど、相手は舞踏会の華と呼ばれるルナキシア殿下だからねぇ。それにここはカグヤだし、完全アウェーじゃない?」
キースはへらへら笑ってる。笑ってる場合じゃないのに!
ラセルも自分の恋人がライバルとデート危機だと言うのに、呑気なものだ。
「俺ってなんであんなにダンス下手なんだろ。俺もカナと一緒に習おうかなぁ」
習おうかなぁ、じゃないってば。なんなのよ一体。
「でも、どうせラセルは八百屋かヒモになるんでしょ? 踊れなくてもいいじゃんか」
「なに言ってんだよ。第一希望は近衛騎士だよ。近衛騎士は貴族扱いだし、ちょっとは踊れた方がいいだろ?」
「無駄なことはやめときなよ。ていうか、聖女様のパートナーなら、近衛騎士よりも八百屋のほうがいいんじゃないの? 美味しいトマト販売してガツガツもうけなよ。俺もバイトするからさ」
ラセルとキースは、八百屋をどう展開していくのか、に夢中になっている。呆れたよ。変な賭けをしておきながら。
「いいなー。私もカナ様の八百屋で働きたくなってきました! 私は八百屋の奥様になっても、カナ様にずーっと付いて行きますからね!」
レイナまでなんなのよ。
八百屋のことより、ダンスで勝つ作戦考えてよ……。
◇◆◇
部屋に入ると、うっとりした表情のチェルシー先生とルナキシア殿下が談笑していた。
私はルナキシア殿下に近付いて、「聞いてませんけど!」と詰め寄ると、ルナキシア殿下は目をうるうるし始めた。
泣くの!? そういえば、ラセルと泣き虫で張り合おうとしてるんだっけ。
でも、これって嘘泣きじゃないの?
「だって、私のことをもっと知ってもらいたいじゃないか……グスッ…………グスン……ただ、無断で人の彼女を連れ出すと言うのも気が引けてさ……うぅ……そんなに怒らないでくれ……グスグスッ……」
綺麗なサファイヤの瞳から涙が溢れている。私も先生も、いきなり泣きだす王太子にオロオロとしてしまう。
「で、でも! 勝手にあなたとラセルでデートの話進めるなんて酷いじゃないですか!」
私はラセルのものじゃないのに! ラセルが了解すればデートができるなんて冗談じゃない。
「デートっていうと大げさだけど……グスン……ここは私の国だ。ぜひエスコートさせてほしい。それでもダメかな? ダメじゃないよね? ね?」
泣きながら訴えてくるイケメン王太子。
チェルシー先生は「いいじゃないですか。こんな素敵な方からデートの誘いなんて滅多にないことですよ」なんて言って、完全にルナキシア殿下の味方だ。
そして、ビスが黒猫を抱いたまま部屋に入ってきた。
ルナキシア殿下は黒猫を見ると、涙を浮かべたままキッと睨んだ。
「ビス、君が参戦するのは構わないよ。でもここは動物は立ち入り禁止だからね。ねぇ、先生?」
ルナキシア殿下はチェルシー先生に同意を求めるも、先生は突如現れた黒猫に魅せられてしまった。
「なんとまぁ可愛らしい。この子は貴方のペットなのかしら?」
尋ねられたビスは「違います」と憮然と答える。まるでこんなペット嫌です、みたいに聞こえる。
「俺はルナキシア殿下が余計なことしないか見張り役として来た。気にしなくていい」
いきなり猫からイケボが飛び出して、フェルシー先生はびっくりしている。そしてやっと、「まぁ!」とこの猫の正体に気付いてくれたみたいだ。
ルナキシア殿下は黒猫をつまみ上げた。
「君に魅了のスキルがあることはわかっている。先生を魅了して、自分に有利な判定へ誘導したら許さない。わかったね?」
「俺がそんな卑怯な男に見えるのか。心外だな」
つままれた猫を慌てて先生が抱き上げる。
「殿下! こんな可愛い猫に乱暴はいけませんわ」
「その猫の正体は全然可愛くないんですよ、先生」
フンッと黒猫は毛を逆立たせる。
「ルナキシア殿下だって魅了のスキル持ってるじゃんか。俺が知らないとでも思ったか。あんたが魅了を使ったら、俺も魅了を使って効果を上書きする。そのために魅了スキルがある猫になったんだ」
チッという悪い顔で、ルナキシア殿下は涙を拭った。
本当に魅了使おうとしてたのか。最低じゃないの。
勝負はとりあえず置いておいて。
基本的な動きは、先生とペアを組んでマスターする。足を踏まないように、踏まないように……。
何回か動きを繰り返して、なんとかサマになってきたようだ。
「しかし君も、こんな勝負に引っ張り出されて大変だね。本当にラセルのダンスは下手すぎて見てられないんだ」
「あぁ……まぁ……はい。そうですね」
「運動神経は悪くないのに、どうしてあんなに下手なんだろう。どうだい? ラセルの騎士なんてやめて、カグヤに来ないか?」
「引き抜きするな。そしてネチネチ俺をいじめるな。ビス、主君が辱められたんだ。意地でも勝てよ!」
私が練習してる最中から、ラセルとルナキシア殿下の間でバトルが始まってる。仲がいいんだか悪いんだか……。二人に挟まれているビスが気の毒だ。
そして、いよいよダンスバトルが始まる。初回の相手はビスだ。
「なんかごめんね。ビスにすごく迷惑かけてるよね」
「そんなことないですよ」
謝ると、ビスは優しく微笑んでくれた。
でも、あの従兄弟達に囲まれてた時は、すごーく渋い顔をしてたよね。
曲に合わせて、ゆっくりと優雅に踊る。確かにビスはリードがうまい。そして躍りやすい。一回も足を踏まずに終えることができた。
「足踏まなくてよかった~。ビス、本当にありがとう」
お礼を伝えると、ビスはまた優しく微笑んでくれた。
「ビス御苦労だった。よかったぞ」
黒猫は尻尾をぴーんと立てて喜んでいる。ビスは苦々しい表情で黒猫を抱き上げた。
「なかなかうまかったよ、ビス。ラセルとは雲泥の差だね」
さらりと嫌味を言ってから、ルナキシア殿下は魅惑の微笑を浮かべ、私の手を取る。
ビスの時は感じなかったけど、好意を持たれている異性のせいか、手が触れると緊張してしまう。
「少しは私のことを意識してくれてるって思っていいのかな?」
耳元で囁かれて、心臓がドキドキしてくる。この人のこと、恋愛感情で好きではないはずなんだけど。
ダンスを始めると、緊張のあまり思わず踏んづけてしまう。合計3回ほど足を踏んでしまった。
「本当にごめんなさいっ」
「いいんだよ、君から与えられる痛みなら宝物だ」
謝ると、なぜか頬を染めて嬉しそうな表情だ。
それを聞いた黒猫が、尻尾をぶんぶん振ってお怒りだ。
「ふざけんな! 俺だって踏まれたい! なんで殿下だけ!」
ちょっとおかしいでしょそれ。マゾなところまでそっくりな従兄弟。女子の好みが120%被ると言ってたけど、性癖まで同じとは……。
「先生、判定をお願いします」
ルナキシア殿下が先生に結果発表を促した。
「サーディン様も素晴らしかったけど、やはり殿下の華には敵いませんわね。フフフ」
先生は優雅に扇子を扇ぎながら、勝負の結果を伝えた。
おかしい。
私はビスを1回も踏まず、バランスを崩さずに終えたのに。踏みまくったルナキシア殿下の方が評価高いの!?
「わかった。先生を買収したな。俺には魅了するなと言っておきながら。最低の王太子だ!」
「殿下、落ち着きましょう、そんなの想定内でしょう」
飛びかかろうとする黒猫をビスが必死に宥めている。
「さて、カナ。どこに行こうか?」
こんなイケメンとデートとか、冗談じゃないわよ。
「とりあえず、聖女様から聞いた、たこ焼き屋さんに行ってみたいです」
でも仕方ないので、そうリクエストしておいた。
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