おまもりの効果とシリルの考え

 結局、私とルナキシア殿下の好奇心で、色々な種類のおまもりを作ってしまった。



「カナ様。どう見ても失敗ですよ。本当に困ったものを作って下さいましたね……」


 ビスが私を恨めしい目で見ている。そしてキースも、カグヤの近衛騎士団長や、王太子秘書官も同様の表情だった。


「本当にごめんなさい……」


 私はおまもりに手を出したことを後悔していた。やるんじゃなかった……。



「死ね!」


「君が死ねばいいだろう!」


 王族とは思えない暴言を吐きながら、戦闘狂の二人が激しく応戦している。


 ラセルとルナキシア殿下は朝一番に稽古を開始し、夕方までほぼ休みなく打ち合いをしている。周りが「そろそろやめませんか?」と進言しても、聞く耳を持ってくれない。


 二人が首からぶら下げているおまもりは、聖なる光の加護エクリプスディバインと、完全治癒パーフェクトヒール力を上昇させる術プリズムルミナのすべての魔術を付与したものだ。


 聖なる加護のおかげで打撃が致命傷にならず、さらに完全治癒の効果で、疲労と怪我が完全に回復してしまう。


 そして、力を上昇させる術を付与したおかげで、能力が想定を上回るほど上昇してしまった。二人の打ち合う衝撃に剣が耐えきれず、20本ほど剣が使いものにならなくなった。


「ぶっ通しで何日間も戦闘が可能ってことですよね?」


「理論上はそうなるね」


 ビスとキースが溜息をついている。


「本当にごめんなさい。私が変なおまもり作ったせいで」


 カグヤの騎士団長さん達にも、改めてそう謝った。


「いえいえ、どうせうちの王太子が我儘を言ったんでしょう」


「聖女様はお気になさらないでください。王太子殿下も、ラセル殿下がいらしてくれて本当は嬉しいんですよ。あそこまで対等に戦える相手はなかなかいないですから」


 カグヤの秘書官と近衛騎士は、主君に渋い表情を向けつつも、私を優しく慰めてくれる。


「もう、二人ともやめてください! そのペンダントは没収します!」


 一息ついたところで、二人から無理やりペンダントを奪う。これは私が預かっておこう……。


 ちなみに実験として、第七騎士団やカグヤの騎士団の人でも試してみた。


 騎士団の中で実力は下位レベルの人を選び、力を上昇させる術プリズムルミナを付与したペンダントを身に付けてもらう。


 結果として、ペンダントを身に付けた人の実力を、騎士団長に迫るレベルまで引き上げられることがわかった。


 このペンダントを国の正規軍すべての人に身に付けてもらったらどうなるか――聖なる光の加護エクリプスディバインと、完全治癒パーフェクトヒールの力で、朝から夜中まで、それどころか数日徹夜での進軍が理論上は可能になり、敵の攻撃を受けても致命傷には至らない。


 そして力を上昇させる術プリズムルミナによって戦闘力が跳ね上がる。


 ラセルの懸念したことが現実味を帯びてくる。このペンダントを付与された軍団を複数作れば、世界征服も可能になる。


「なぁ、カナ。今晩月の神殿に行かない?」


 水分補給を済ませたラセルが、私に声をかけてくる。


「俺も聖女様に会いたいし、それに次期国王陛下にもご報告があるからな」


 ラセルはシリル殿下へ手紙を書いていた。その返事が返ってきたのだろう。


「そうだねぇ。カグヤへの国籍変更はあれだけ反対していたのに、変更しないと王宮から出してくれなくなっちゃったもんね」




◇◆◇




「初めまして、聖女様! 俺がカナの旦那のラセル・ブレイヴ・キャッツランドです!」


 カナの旦那、を強調して、ラセルは満面の笑みでルナマリア様に自己紹介をした。


『きゃぁ~! カッコ可愛い! ハグしたくなるキュートさね!』


 ルナマリア様も大喜びだ。私もカッコ可愛い旦那様で鼻が高い。


「これから、先日ルナキシア殿下がしたみたいに、弟を呼び出して話がしたいんですけど、その話って聖女様も混じれたりします?」


 ラセルはおまもりについての意見を、ルナマリア様からも聞きたいみたいだ。


『うーん、別にいいけど。でもそれって、キャッツランドさんの内密の話じゃなくて?』


「全然内密じゃないです。ぶっちゃけ、ルナキシア殿下がいてもいいくらいですし。ただ、邪魔くさいから連れてこなかっただけで……」


 それならば、ということでルナマリア様はキャッツランドからシリル殿下を呼び出した後も、その場に留まってくれた。



「おぉ~透けてるけどシリルだ!」


 呼び出されたシリル殿下を見て、ラセルは大喜びしだ。透けているシリル殿下に抱きつこうとしている。


「兄上、ルナキシア殿下にまさか負けてないですよね? ここで負けたらキャッツランドに帰ってくることは許しませんからね!」


 シリル殿下も私を巡っての勝負を知っているので、そんなことを言っている。でも勝負と言っても、私の気持ちは決まってるので勝負も何もないんだけどさ。


「大丈夫ですよ、シリル殿下。帰る頃には、シリル殿下の本当の義姉上になりますから」


 始めからシリル殿下は、クズではない独身の兄のことを思って、姉上と呼びたいと言ってきたんだと思う。


 シリル殿下は次期国王候補。為政者だ。キャッツランドに繁栄をもたらす聖女をカグヤへ譲ることは、大反対だったはずだ。


「それはそうと、シリル。先日、カグヤの書庫で聖魔法関連の書籍を見てさ」


 シリル殿下へ、おまもりの威力を話す。そしてそれを見に付けた結果、ラセルとルナキシア殿下が無限戦闘が可能な戦闘狂と化し、防具や剣を都度破壊するほどのステータス上昇を見せたことを伝えた。


「俺はこれを実用化するべきじゃないと思ってる。為政者としてのお前……いや、貴方の意見を聞きたい」


 ラセルはお前ではなく、貴方と呼んだ。つまりシリル殿下を次期国王とみなしての発言だ。


「……お前でいいですけどね」


 シリル殿下は、兄から貴方と呼ばれることが少し嫌そうである。


「私としては、寡兵で大軍を相手にする、しかも、侵略ではなく侵略される側……大軍に責められる小国という立場なら、使っても責められないと思うんですよ。ただ、それを使うといずれ立場は逆転しますからね。パンドラの箱のようなもの。今の我が国やカグヤ国には不要なものです」


 ハッキリと不要、と言ってくれた。ほっとする。いくら私の意思を守ると言ってくれても、あのシリル殿下のうるうる目で「全兵士分作ってほしいなぁ~」なんて言われたら断るのは難しそうだもの。


「聖女様はどうでしょう? あのおまもりによって世界地図が随分変わったりしました?」


 ルナマリア様へ話を振る。でもルナマリア様も「うーん」って顔をしている。


『私は完全治癒のおまもり以外作ってないの。だから、カグヤ国の領土は今も昔も変わらないわ。ナルメキアでは色々な種類のおまもりが作られたみたいだけど』


「昔作られたおまもりって、まだナルメキアにあるんですか? だったら危険だ」


『おまもりは500年以上前のものだから、もう効力はないはずよ。カナが作ったおまもりも徐々に効果をなくして、100年経ったころには単なるペンダントになるわ』


 それもまたほっとする。大変な大量破壊兵器作っちゃったって思ったからさ。


「おまもりもそうですが、それを応用して兵器……例えば魔導砲、そういった兵器にそのおまもり効果を付ける方が実用的かもしれません。今のおまもり技術を応用すれば不可能じゃない。ただ……それも今のキャッツランドには不要です。今ある技術革新だけで勝負していきましょう」


 シリル殿下は少し未練がありそうな風で、でも最後は高いモラルで野心を押さえてくれた。とてもいい賢王になりそうな風格がある。


「そうそう、後さぁ、お前が国籍変更反対してたけど、ここの女王に養子にならないとここから出さないわよ! って言われてるんだけど。ちなみにお前のことはクソガキって言ってたよ」


 クソガキ発言も交えてラセルが報告すると、シリル殿下は吹き出した。


「まぁ、カグヤの女王陛下からしてみれば、私なんてクソガキもいいところですよ。でも、大丈夫。そのうち解放してくれますよ」

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